01 ピンクブロンドなんてなんにもいいことがない
第一の罠を逃れたピンクブロンドは、会場での喜劇を回想する。
目の前で、見事なピンクブロンドの髪が揺れている。
アタシだ。
馬車の真っ暗な窓に映ったアタシだ。
キラキラ輝くピンクブロンドの髪は、くるくるとカールして、実に忌々しくも愛くるしい。
そして、ぱっちりとした青い瞳、愛らしい唇、実に保護欲をそそる。
砂糖菓子みたいなピンクのドレスに包まれてるそいつは、かなり大多数の男にとって美味しそうに見えるのだろう。
その上、腕とか肩とか透けて見える。
これは貴族のご令嬢が着るドレスじゃない、娼婦が着るモノだ。
ああ、恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
早く髪を真っ黒に染めたい。
この品の悪いドレス着替えたい。
ダサイ伊達メガネかけたい。
「くっくっく。面白かったね。
君に殴られたザッハトルテの白目剥いた顔!
思い出すだけで笑いがこみあげてくるよ! くっくぷぷぷぷ」
アタシは対面に座る少年を睨み付けた。
「アンタにとってはね。さぞや珍奇な見世物だったでしょうよ。
当事者のアタシにはぜんぜんおもしろくないわよ」
少年はニヤニヤ笑いをやめない。
偉そうに脚なんか組んじゃって、なにもかもカンに触る。
このクラスメートとは関わりたくなかった。
ごく平凡な容姿、平均的な背格好。
僅かにカールがかかった黒い髪も特徴というほどではない。
下級貴族と平民の子息が通う学園に違和感なく溶け込んでいた。
誰もがこの見た目にだまされてる。
目つきが他の学生達と違うのだ。
ひとりだけ檻の外から中を見ているような眼差し。
娼館街や貧民窟にたまに視察と称してやって来ていた貴族どもの目つきにそっくりだ。
好奇心と無責任さの傲慢さの絶妙なブレンド。
珍奇な動物の生態を見ているような眼差し。
「くくっ。あんまりに予想外の展開だったんで、
追いかけてくるヤツもいないようだね」
馬車は凄い速さで夜を駆けていく。
速さは重要だ。
報せが届くより早く屋敷へ帰らねばならない。
事前の打ち合わせの通り、会場を出たアタシは、すぐ後から出てきたコイツの馬車に乗せてもらったのだ。
「それにしても、いかにも殴り慣れてる感じだったね」
手に嫌な感触が残っている。
「……人を殴ったのは4年ぶりよ」
娼婦の登録が済んでいないアタシを、力尽くで犯そうとしたヤツを殴って以来だ。
全く。最低の夜ね。
なにが
『フランボワーズ! 今夜の君はなんて綺麗なんだ!
ああ、あのいけすかないマカロンに無理矢理させられている姿とは見違えるよ!』
アタシ、無理矢理着せられてるなんて一度だって言ってない。
こんな服を着たいとか言ったこともないし、何かをねだったこともない。
なぁにが。
『かわいそうなフランボワーズ!
ボクは決めたんだ! 君をあの高慢なマカロンから救うって!
平民の血が半分入っているとはいえ君にだってしあわせになる権利があるんだ!』
高慢なのはアンタだバカチンポン。
そもそもアタシを令嬢として扱ってるなら、呼び捨てにしないでよ。
ああ、いやだいやだ。
『ボクは君をしあわせにするよ!
だから、ボクはアイツとの結婚を破棄する! うれしいだろ!』
しあわせなのは、ホイホイ欺されて婚約破棄へ誘導されるアンタのオツムでしょうが。
『ああボクを心配してくれているんだねフランボワーズ!
確かに、婚姻を勝手に破棄するのは難しい。
でも、ここにいる人達の前で宣言すれば、父上も母上も認めざるをえなくなるんだ』
認められた後のことを考えなさいよ。
考えないからあんなことをしでかすわけだけど。
しかも、アタシの両肩をぐっと掴んで迫ってきやがった。
アホかと。
あの愚母に何を吹き込まれていたんだか知らないけど。
パーティ会場のど真ん中で、婚約もしていない相手に迫るなよ。
しかもドレスの中に手まで入れてきて!
目撃者多数のいる前で、既成事実化するつもりだったんでしょうけど。
サイアク。
でも、アタシも甘いよね。
バカの行動は予測通りだったし、生き残るためには、人前でああするしかなかったけど。
何度も止めようとしてしまった。
目の前で人が破滅へと踏み出すのも、人を殴るのもいい気分じゃない。
そいつが救いようのない低脳だったとしてもね。
だけど、これで終わったわけじゃない。
これからアタシはマカロン嬢――淑女の中の淑女と対決しなきゃならないのだ。
そのためには、目の前のニヤニヤ野郎がどうしても必要なのだ。
保険として、ジョーカーとして。
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