18 ピンクブロンドはヒロインに激怒する。
「うん。伝えとく。
君はやっぱり面白いなぁ」
「面白くないわよ。
それで、どうしてマカロンお嬢様は破滅したの?
そのなんとかで下手打ったとしても、あの人には何の危険もないじゃない」
ニヤニヤ少年は小首を傾げた。
そして、少しだけ考えてから。
「さっきも言ったでしょ。
彼女は淑女の中の淑女。芯まで貴族だって」
「ああ、言ってたわね」
「マカロン嬢は、君を叩き潰すのに失敗した。
『ピンクブロンドの呪い』を解けなかったわけ。
しかも二度も失敗した。これってメンツを大いに傷つけられたってことになるんだよね」
「……それは判るけど。どこが破滅してるのよ?」
よくわからない。
買収工作で資産は目減りしただろうけど。
あの屋敷を売らなきゃならなくなったり、明日の生活にも困るって程じゃない。
「うーん。わっかんないかな。
つまりね。彼女にはこれから一生ついてまわるんだ。
『あの女公爵は、ピンクブロンドの呪いを解くのに失敗した』ってさ」
「……お貴族様ってそういう風に考えるものなの?」
「メンツとハッタリとマウント合戦の生き物だからね。
そんなのにこだわっても、人生ツマンナイと思うけどさ」
「あんたも貴族でしょうが」
「くっくっく。下級貴族だからね、平民みたいなもんさ」
あーはいはい。
アタシがある程度気づいてるって知ってるくせに、白々しい小芝居ありがとう。
でも、コイツ、下級貴族うんぬんはともかく、本当にそう考えてんのかもしれないけどね。
貴族の人生つまらなそう、ってところは同感だわ。
「……よくわかんないけど、貴族って大変ね」
やっぱ、なりたくないわ。
「モンブラン女公爵は、
あれだけ権威が落ちると、政治で力をふるうことは出来ないと思うよ。
婿とりだって、条件悪くなるだろうね。
侯爵家を乗っ取る意図がみえみえの婚姻だって飲まなきゃいけないかもだしさ。
貴族同士で取引をする時も、あそこは間抜けだってなめられる。
お義姉ちゃんのために、今から鉱山送りに志願でもする?」
「するわけないでしょ。
アンタが破滅とか言うから、もう関係ないことをさんざん聞かされたわよ。
で、話はこれで終わり? んじゃ、ね」
立ち去ろうとすると。
「どうせクラス一緒じゃん。一緒に行こうよー。つれないなぁ」
「勝手に来ればいいじゃない」
回り道してコイツと別の道を行くのも、面倒だ。
「ああ。忘れるところだった。あとひとつあるんだ」
ニヤニヤ少年は、制服のポケットから小さな黒い袋を取り出した。
手のひらに収まるくらいの大きさしかない。
「マカロン嬢から、君が鉱山送りになった時に渡される筈だったプレゼント。
モンブラン侯爵家の手の者が君に渡したがってたから、預かっておいた」
「……」
あの人からのプレゼント?
警戒心しか湧かない。
触りたくもない。
手を伸ばそうともしないアタシを見て、ニヤニヤ少年は、口角を吊り上げ。
「クックック。受け取らなくて賢明だと思うよ。
これ猛毒だから」
「はぁっ!? なんで判んのよそんなこと」
「実はボクさ。
小さい頃から毒に慣れるために、ほんのちょっとずつ嘗めさせられてるんだよね。
だからその辺のことはよーく知ってるんだ」
「こわっ。なによそれ」
あれ? そういうの聞いたことがある。
確か……元貴族の娼婦からだ。
王族は小さい頃からそういう訓練を受けていると。
って、考えない考えない!
「アンタだけじゃなくて、アンタのうちって変態ぞろいね。
まともじゃないわ。
余程後ろ暗いことばっかりしててきたのね」
「と、言うのは冗談で。
手紙が入ってたんだよね。マカロン嬢から君への」
「勝手に読んだの!?」
「ん? だってどうせ君、受けとんないでしょ。
読まずに捨てるなら、ボクがゴミ箱から拾って読むのも、先に読んじゃうのも同じでしょ。
で、そこに――」
「自分で読むわよ!」
アタシは黒い袋をひったくると中を開けた。
透明の液体が入った小瓶と、小さく折りたたまれた手紙が入っていた。
綺麗な字。
アタシにもこんな字が書けたら……
「『どんな時にもこれを飲めば楽になれます。
貴女の姉になれなかったわたくしが、
姉として送れる唯一の贈り物です』……ってなんじゃこりゃ!」
なによこれ!
アタシの人生をメチャクチャにしようとしていた当人が、アタシに死ねってか!?
死ぬ時まで勝手に決めてあげるって言うのかい!
大きな大きな大きすぎて理解不能でいらないお世話!
お貴族様って最低!
怒りにブルブルと震えているアタシに、ニヤニヤ野郎はお気楽な口調で。
「この瓶ってさ、奥歯に糸をひっかけて喉に隠しておけるようになってるんだよね。
君が鉱山で男達のオモチャにされたり、
鉱山を経営しているスケベ貴族に好き放題されて、
お腹が大きくなっちゃったりして人生に絶望したら、
飲めってことでしょ。愛だなー」
「なーにが愛よ! お貴族様は高尚すぎてわからんわ!」
そんなら最初から、アタシの人生メチャクチャにしようとすんな!
「だよねー。だって君は殺されなきゃ最後まで諦めないタイプだもんね。
ボクもちょっと迷ったんだよ。
鉱山かスケベオヤジの館でボロボロにされた君を頃合いを見計らって助け出して、
ひねくれた感謝の言葉をもらうのもいいかなってさ――って、
どうしてここでボクの首絞めるのかな?」
アタシは、ここにいない人相手の遣り場のない怒りにかられて、
イラッとするヤツの胸ぐらつかんで、ぶんぶん振っていた。
「アンタがアタシをイラッと、いえイライラッとさせるのが悪いのよ!
このまま二度と物が言えないようにしてやろうかっ!
我ながら名案だわ!」
「それ殺人。
君の未来パーだから」
アタシは胸ぐらから手を離した。
「……悪かったわ」
「くっくっく。生まれて初めてだよ。
首を絞められかけたのは。
君はやっぱり面白いなぁ」
アタシは、手紙をビリビリに引き裂いて。
小瓶を地面に叩きつけてやろうと手をあげて――やめた。
「あーもう頭くる! こんなもん突っ返してやるわ!」
アタシは大股で歩き出した。
怒りのまま足早に歩いた。
あのお屋敷へ乗り込んで、このフザケた小瓶をマカロンお嬢様に突き返してやる!
大きな大きなお世話だって!
後ろからとぼけた声が聞こえた。
「あれれー?
全教科無遅刻無欠席を途絶えさせるの?
特待生なのに? 高等部へ進学できそうなのに?」
「あ……」
足が止まってしまう。
「それに、お屋敷へ行く途中、不審者だって警邏に捕まってその小瓶見つかったら。
毒物もってうろついてたってコトで人生終了だろうね。
貴族を毒殺しようとしてたことにされたら、君のバカな両親よりも重罪になるかも。
せっかく助かったのに、面白い結末だねー」
「う……」
アタシは落ち着くために深呼吸した。
小瓶の中身は捨てて、小瓶はよく洗ってしまおう。
お屋敷には、外出届を提出して認めて貰う手続きをしてから行こう。
来週の日曜日は、アンナと初めてのお出かけだから。
行くとしたらその次。
「……行くのは再来週にするわ」
「クックック。それがいいと思うよ」
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