13 ヒロインの失敗 フランボワーズという少女(義姉視点)
ピンクブロンドが襲来した日は、快晴でした。
冬の澄み切った青空でした。
初めて見たピンクブロンドの姿は、予想通り。
くるくるふわふわとカールした見事なピンクブロンドの髪。
造りが小さくて愛らしい顔。
可憐な唇と大きな瞳。
目が痛くなるほど安っぽく下品なピンクのドレス。
大きく開いた胸元から飛び出そうな乳房。
見境なく男を銜え込む淫乱な娼婦という情報から想像できる通りの姿でした。
耐える3年間が始まりました。
元奉公人の母親は、娘と同じくピンクブロンドで、毒々しい色気を振りまく女でした。
愚かな父と女は結託し、わたくしから全てを奪おうと動き始めました。
母の残した家具調度全てを売り払い下品なものに交換しようとし。
わたくしの持っている服や宝飾品類を、全てとりあげようとし。
わたくしを母屋から、離れに移そうとし。
わたくしの食事を残飯にするように命じ。
奉公人達を次々とやめさせようとしました。
余りに典型的なので、思わず嗤ってしまいそうになるほどでした。
ですが、ピンクブロンド当人の反応は大方の予想とは異なりました。
家具調度の交換の件では、こういうものの方がお貴族様らしくて好きと、ゴネて止めさせ。
服や宝飾品にの件では、派手な美人である母や自分には、地味なわたくしのものは似合わないと、反対して止めさせ。
部屋を代える件では、離れの部屋が凄く気に入ったと、ワガママを言って止めさせ。
残飯の件では、そんなことを外で言いふらされたら、金に困っていると思われかねないからやめてほしい、と文句を言って止めさせ。
奉公人達の件では、身元がはっきりした奉公人を、怪しげな奉公人に代えたら、何を盗まれるか判らないから怖いと、怯えて止めさせ。
二人の愚かなふるまいを、ほとんど阻止してしまったのです。
愚かな父と下品な女が我が物顔であるのは不愉快であるものの。
それさえ無視すれば不快という程でもない3年間の始まりとなってしまいました。
何より計算外だったのは、ピンクブロンドがわたくしのモノを欲しがらないという事でした。
宝飾品や服だけでなく、婚約者まで!
美しい義妹の存在を、知り合いの口を通じて伝えると、ザッハトルテはすぐ動きました。
人の話を聞かない傾向のある彼は、『ピンクブロンドの呪い』の事すら知らないのです。
そして現金なことに、近頃はすっぽかしてばかりだった婚約者同士の親睦お茶会にやってきました。
ピンクブロンドには、奉公人の口を通じて彼の来訪をさりげなく伝えました。
わたくしの婚約者に興味をもち、その姿を見ようとするはずです。
ザッハトルテは、頭こそ低劣ですが、顔の造りだけはかなり優秀です。
娼館生まれで淫乱で男好きなピンクブロンドは、すぐに欲しがることでしょう。
ですが、見張りをさせていた奉公人によれば、お茶会の間中、ピンクブロンドは離れの部屋から出ませんでした。
机について、ずっと書き物をしていたようです。勉強をしているようにしか見えなかったと。
勉強をしているのはフリだと判っていますが、誰に見せるでもなく何故そんな演技をしていたか謎です。
その後、何度か開かれた親睦の茶会でも、ピンクブロンドは姿を現しませんでした。
わたくしの婚約者に興味がないと言っているようでした。
本を読むフリをしたり、勉強をするフリをしていたようです。
ならば、わたくしがピンクブロンドを義妹として紹介してしまう……と言う訳にはいかないのです。
本人達に伝えるわけにはいきませんが、ピンクブロンドは養子でなく猶子にすぎません。
法律上は、モンブラン侯爵家に何の権利もない存在で、当家で養ってやっているだけなのです。
限りなく当家に関わりない存在を、婚約者に紹介するのは不自然なのです。
何回目かの茶会で、ついにザッハトルテはわたくしを責め始めました。
なぜ美しい義妹をボクに紹介しようとしないのだと。
お前はボクが美しい義妹に心奪われるとおそれているんだな! 醜い嫉妬だ! なんて女だ!
その醜く歪んだ顔を見ていてわたくしは悟りました。
義妹は『卑しいピンクブロンド』ではなく『卑しく狡猾なピンクブロンド』だったのです。
よりタチが悪い存在だったのです。
ザッハトルテの前に姿を見せないことで、一層、彼の好奇心を煽り。
更に、義妹に会わせようとしないわたくしに対して、ザッハトルテが悪印象をもつようにという意図だったのです。
全てが繋がりました。
一見ワガママにふるまわないのは、無害さをアピールし、こちらを油断させるため。
あわよくば、奉公人のうち何人かを味方に引き込むため。
モノを欲しがらないのは、どうせ後で全て手に入るのだから、今は好印象を植え付けようということだったのです!
狡猾なピンクブロンドは、更に手を打ってきました。
愚かな両親を強引に説得し、屋敷を出て、グリーグ中等学園の学生寮へ入ってしまったのです。
相手をただの『卑しいピンクブロンド』と見なしていたままだったら、こちらも混乱させられたでしょうが。『卑しく狡猾なピンクブロンド』だと判っていれば、行動の狙いは明白です。
義姉であるわたくしの意地悪で、貴族の子女が通うモンベルテ中等学園に入れなかった。
自分は義姉にいじめられている可愛そうな義妹なのだ。
周囲にそう印象づけるためなのです。
実際、わたくしの周囲の一部――モンブラン侯爵家と別陣営の子女の方々――は、その噂を広めておりました。
『ピンクブロンドとはいえ、一応義妹になったのだから、モンペルテにいれるのが普通。なのにマカロン嬢は、嫌がらせのためにわざとグリーグへ入れたのだ』と。
そういう点で、ピンクブロンドの狙いは成功したようです。
もっとも、そういう噂を信じたがる方々は、この件がなかったとしても別陣営なので、交友関係に影響はありませんでしたが。
謎だった行動原理も、相手の正体が判れば、恐れることはありません。
対処法を少し変えればよいだけですから。
狡猾と言っても所詮はピンクブロンドの浅はかさ。
愚かな父親や、邪悪な母親は、典型的な振る舞いを見せるので、対処法に大きな変更は必要ありませんでした。
徹底してないあたりがピンクブロンドです。
ピンクブロンドが我が儘を言わないなら、その愚かな両親を横暴に振る舞わせればよいのです。
ピンクブロンドが我が家にいない以上、愚か者達の暴走を止める者はおりません。
わたくしの生活環境は、一気に悪化しました。
愚かな義母に、服飾品の類いは全てとりあげられ、食事も粗末なものに代えられてしまいました。
態度が悪いと義母に殴られることもありました。
いいドレスを着ていると、その場で脱いで寄越すように命じられる事もありました。
一度など、そうして脱がされて下着まで取り上げられて、冬の庭へ追い出されたことも。
奉公人達も、計画通り、何人かは辞めさせられました。
愚かな二人は我が物顔にふるまい。
モンブラン侯爵家の資産を勝手に使い豪華な生活をするようになりました。
ですが、どんなに虐げられても、わたくしの心には余裕がありました。
全ては予想の範囲内でしかなかったからです。
本当に価値のある宝飾品やドレス、美術品の類いは、事前に安全な場所へ隠しておきましたし、忠実な奉公人達がこっそり美味しい食事を運んで来てくれました。
義母に暴力をふるわれても、相手は、なんの心得も無い非力な女にすぎません。
侯爵家の当主になるべく、武芸の手ほどきを受けたわたくしとって、殴られたふりで受け流すのは簡単な事でした。
彼らの浪費さえもこちらには好都合でした。
全て記録しているので、わたくしが当主になった暁に、彼らを横領犯として断罪するコストだと思えば安いものです。
そのうえ彼らは、娘かわいさで、学園の寮にいるピンクブロンドへ宝石や服飾品を送りつけ、娘も横領に巻き込んでくれました。感謝したいくらいです。
下女として仕事をさせられている時でも、奉公人達がわたくしを見下げるような事はありませんでした。愚か者達の目が届かないところでは、助けてくれました。
これは、わたくしにとっても良い経験で、奉公人達は日々こんな大変な仕事をしていたのかと、改めて感謝する機会にもなりました。幾つもの改善点にも気づかされました。
この馬鹿馬鹿しい茶番が終わったら、少しでも良き当主になろうと心に誓う日々でした。
それに、もうひとついいことがありました。
漏れ聞こえてくるわたくしの窮状を心配した第二王子フェルディナンド様が、しばしばお忍びで屋敷に来てくださるようになり、ピンクブロンドを処理する計画にも、大いに力を貸してくださるようになったのです。
以前から学園の生徒会で、節度ある距離を保ちつつも、友好な関係を築いていただかせておりましたが、その距離が徐々に近づいていくのを感じました。
わたくしを見る彼の目の奥に、親切と労りと心配以上の熱を見るようになり、同様の感情がわたくしにも芽生えていることに気づきました。
全ての茶番が終わって、わたくしの婚約が解消された時は……ああ、それ以上考えてはなりません。ですが……その時には、何か新しい事が始まる予感に胸がときめいてしまうのでした。
一週間に一度くらい帰ってくるピンクブロンドは、愚かで醜い両親の愚行を、懸命に止めようとしていました。
ですが、その程度で、欲にまみれた愚か者達の行動を止められるわけがありません。
そのうち帰ってくるのは間遠になり、月に一度帰ってくるか来ないかという頻度になり。
3年目となると、義母が強い口調で帰ってこいと書いた手紙を書かないと、帰宅しないようになりました。
手紙がないと帰ってこないのは、わたくしにとっても好都合でした。
忠実な奉公人に盗み見て貰えば、ピンクブロンドが帰ってくる日付が判るからです。
ピンクブロンドが帰ってくる日付を、奉公人のひとりが、わざとザッハトルテにご注進してやると、バカなザッハトルテは、その日に押しかけてくるようになりました。
わざと離れへ行けるように、あちこちの鍵を開けさせておいたので、ついにザッハトルテは義妹に遭遇しました。
わたくしの妨害のせいで、長年会いたくても会えなかったと思い込んでいる彼は。
わたくしという高慢な義姉に虐げられた可愛そうな義妹にたちまちのぼせあがりました。
計算通りです。
ピンクブロンドの方は、バカからの熱烈な口説きをのらりくらりと交わして、ますます熱を煽るのです。
何回か出会わしただけで、ザッハトルテはピンクブロンドしか見えなくなり。
ついには、君をこの牢獄から解放する! あの高慢ちきな女との婚約は破棄する!
とか、わめくようになりました。
それに対してピンクブロンドは、一見迷惑そうな顔をしていましたが、内心では歓喜の叫びをあげていたことでしょう。
その瞬間だけ、わたくしとピンクブロンドの心の裡は一致していたことでしょう。
全てが計算通りになったと。
ザッハトルテは、ピンクブロンドの母に、わたくしとの婚約を破棄し、ピンクブロンドと結婚すると宣言。愚かな父も含めた3人は画策し、ついに、あの婚約破棄宣言の夜になったのです。
全てはわたくしの手のひらの上。
その夜。
18歳になったわたくしは、婚約者も含めた4人を見事に断罪し、モンブラン侯爵家15代目当主の初仕事とするはずでした。
ですが、ピンクブロンドは、わたくしの罠を全てかいくぐってしまいました。
その狡猾さに利用価値を見いだしたわたくしは、面憎いがモンブラン侯爵家のためだと考え、寛大にも手を差し出しましたが、意外なことにその手はあっさりと払いのけられました。
そして、何の未練もない様子で、出て行ってしまったのです。
窓からピンクブロンド……いえ、義妹フランボワーズが振り返りもせず去って行くのを見て、わたくしはようやく悟ったのです。
最初から間違っていたと。
彼女は『卑しいピンクブロンド』でも『卑しく狡猾なピンクブロンド』でもなく。
生き残るのに必死な、フランボワーズという一人の少女だったのだと。
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