00 楽しいショーのはじまりだよ!
今夜もまた、ピンクブロンドの髪の娘が破滅しようとしている。
彼女は、ふしだらなテクニックで、義姉から婚約者を奪ったのだが、その先に待っている破滅を知らない。もちろん周りはみんな彼女が破滅することを知っている。
さぁ楽しいショーのはじまりだ!
ワッフル侯爵家が主催するパーティは、いつにも増して盛況だった。
今夜、10年に一度の起きるか起きないかの珍事が見られるという噂が広まっていたからだ。
珍事のお題は『呪われたピンクブロンド』
主役はふたり。
一人はすでにスタンバイ済み。小柄な娘だ。
会場の隅に立つ姿は壁の花だ。
だが欺されてはいけない。あれは会場の男の品定めをしているのだ。
腐臭を放つふしだらな花なのだ。
娘は、見事なピンクブロンドの髪の持ち主。
淑女の中の淑女と言われる、モンブラン侯爵家令嬢マカロンの義妹。
マカロン嬢の父が、屋敷勤めの侍女に誘惑されて関係をもち産まれた娘だ。
当然ながら、侍女もまた見事なピンクブロンドの髪の持ち主だった。
ピンクブロンドと関わるとろくでもないことになるのだ。まさしく呪い。
ふしだらな侍女は、出産もしないうちに、たっぷりと手切れ金をせしめて家から出て行った。
んが、浪費の結果、すぐに金を使い果たし身を持ち崩し娼館へ墜ちた。
うんざりするほど良くある話だ。
だが、令嬢の父とあばずれピンクブロンドの関係は続いていたらしい。
マカロン嬢の母が亡くなると、父は忌日があけた途端、娼館から女とその娘を引き取った。
こうして不義の娘は、マカロン嬢の義妹となった。
せっかく追い払った卑しい血が侯爵家へ舞い戻ってきたのだ。
娼館で生まれ育った娘は、当然娼婦。
その証拠に、高貴な人々の集うパーティに出席しているとは思えないドレスを着ている。
透け透けの部分ばかりで、肩や腕どころか、股下ギリギリまで丸見えだ。
しかも胸の部分は大きく開いて、小柄な割には豊満な乳房が、先端がギリギリまで覗いている。
まっとうな貴族の令嬢なら、恥ずかしさの余り、卒倒する格好だ。
恥知らずで破廉恥な女なのだ。呪われたピンクブロンドだから当然だが。
卑しく強欲な母と娘は、屋敷で我が物顔にふるまっているそうな。
淑女の中の淑女と呼ばれたマカロン嬢は、哀れ本宅を追い出され、あばら屋同然の離れへ追いやられ。
全てのドレスと宝飾品を奪われ、服装は使用人なみ、食事は残飯同然。
マカロン嬢に味方する奉公人達は次々とお屋敷を追い出された。
おいたわしいことだ。
卑しいピンクブロンドの義妹の欲望は、美しく不幸な義姉から全てを奪い取るまでとまらない、
次なる標的は、マカロン嬢の婚約者。
オペラ侯爵家の令息、ザッハトルテだ。
彼こそが二人目の主役。
ザッハトルテは、顔はそこそこ整っているが頭はからっぽ。
こういう珍事の登場人物には、お誂え向きのキャラクターだ。
淑女の中の淑女と呼ばれるマカロン嬢とは全くつりあっていない無能だ。
何でも出来るマカロン嬢をうとんじ。
彼女からの真っ当な忠告を、すべて小うるさい説教と見なすバカさ加減。
婚約したその瞬間から仲は急速冷凍。
絶対零度まで冷え切った頃合いで、ピンクブロンドの娘にあっさりと目を奪われ。
娼館上がりのテクニックにすっかりのぼせあがり、吹き込まれたウソを頭から信じた。
今や、ザッハトルテの脳内お花畑では、自分こそが騎士の中の騎士。
義姉である高慢なモンブラン嬢に虐げられるピンクブロンドの乙女を助ける正義の男なのだ。
今月今夜この場所で、貞淑なマカロン嬢との正しい婚約を破棄して。
淫らで卑しいピンクブロンドと婚約宣言をするつもりなのだ。
ついに彼が現れた! 正義の男が現れた!
高貴な者揃いの出席者はさりげなく彼に注目する。
片眼鏡の紳士はよく見えるように微調整し、淑女達は広げた扇子の陰から盗み見る。
これからどんな珍事が見られるかという期待を上品さの仮面に押し隠している。
正義にのぼせあがったザッハトルテは、そんな周囲の視線に全く気づかぬまま、ピンクブロンドに急接近。
まずは、透ける肢体や胸の谷間を見て、ゴクリとつばを飲み込む。
相手が高貴な令嬢なら、それだけでも咎められる行為だが、元娼婦のピンクブロンドには正しい態度だ。
「フランボワーズ! 今夜の君はなんて綺麗なんだ! 女神かと思ったよ!
ああ、あのいけすかないマカロンに無理矢理させられている姿とは見違えるよ!」
そうなのだ。
ピンクブロンドは、正義の男の前では、ことさら地味で冴えない服を着ているらしいのだ。
なんという狡猾さ。
その知能を、高貴な生まれの方々の礼儀作法を身につける事に使っていれば、三流令嬢に化ける事くらい出来たかもしれないが、それが出来ないからこそ呪われたピンクブロンドなのだ。。
さぁ、ピンクブロンドの返答だ。
耳を澄ましている周囲は、あけすけな媚び媚びの台詞を期待しているぞ!
「アタシはああいう服装が好きなんです。
今夜、この場にいて、こんな格好をしているのこそが無理矢理です」
……。
周囲が期待した台詞ではなかったが、そんなのは後で修正すればいい些細な事だ。
そもそも、こんなまともな台詞をピンクブロンドが言う筈がない。
周囲は空耳だと正しく結論づけた。
「かわいそうなフランボワーズ!
ボクは決めたんだ! 君をあの高慢なマカロンから救うって!
平民の血が半分入っているとはいえ君にだってしあわせになる権利があるんだ!」
ほら。正義の男の方は珍事に相応しい台詞を垂れ流しているじゃないか。
だから、ピンクブロンドの方もそれに相応しい台詞を言ったはずだ。やはりさっきのは空耳だ。
もし違ったとしても、後で話題のネタになった時には正しくふさわしく訂正されているだろう。
「ボクは君をしあわせにするよ!
だから、ボクはアイツとの結婚を破棄する! うれしいだろ!」
さぁピンクブロンドの返答だ!
今度こそ期待通りの返答をしてくれよ!
「……やめたほうがいいですよ。
貴族同士の婚約を当主でもない人間が勝手に破棄したら後で何が起きるか考えるべきでしょう」
……。
周囲が少しざわめく。
おかしい。
今夜はことのほか空耳が多いようだ。
余りにも耳を澄ませすぎたせいで、かえって幻聴が聞こえてしまうのだろうか?
高貴な人々の婚約の常識を、ピンクブロンドが知るわけがないのだから。
恐らく、周囲の高貴な人々の脳は、余りに非常識な言葉を理解できなかったのだろう。
だからまっとうな言葉に超訳してしまったにちがいない。
「ああボクを心配してくれているんだねフランボワーズ!
確かに、婚姻を勝手に破棄するのは難しい。
でも、ここにいる人達の前で宣言すれば、父上も母上も認めざるをえなくなるんだ!」
正義の男ザッハトルテは、周囲の期待通りのバカトークを続ける。
まさしくバカであるアホである。
だが本人だけは格好いいつもりなのだ。
ああ、なるほど。と周囲は納得。
まともで冷ややかさえ聞こえたピンクブロンドの台詞だったが、それは、ザッハトルテを婚約破棄宣言へ誘導するためだったのか。
ピンクブロンドの卑しい女は、中途半端に狡猾だと相場が決まっている。
正義の男は、ピンクブロンドのあらわな肩をぐっと掴み、暑苦しくも情熱的に迫る。
未婚の娘に肉体的に迫るとは、なんというふしだらな振る舞い。
貴族の子弟としてあるまじき行為。
だが、ピンクブロンドの呪いに囚われた哀れな男は、既に紳士でない。
そして、ピンクブロンドはまぎれもなく娼婦なのだ。
「人前でも人前でなくても、こんなことはやめてください」
心底嫌そうな声だが、これこそが手管。
嫌よ嫌よも好きなうちなのだ。こうやって獲物をますまその気にさせるのだ。
恐るべきピンクブロンド。
「大丈夫だよ。
さぁ、俺達の愛の深さを周りにしらしめてやろうじゃないか」
来る! 来る! 来る!
会場のボルテージが密やかにあがる。
高貴な方々は精一杯耳を澄まし、さりげない風で何も見逃さぬ構えだ!
いよいよ、いよいよだ。婚約破棄宣言が来る!
10年に一度くらいやらかすバカは出るが、立ち会える確率は高くない。
高貴な方々は、この珍事を見物する機会に恵まれた幸運を噛みしめつつ、期待と興奮にふるえているのだ。
ここがピンクブロンドの絶頂。そして転落の始まり。
婚約破棄宣言が行われた瞬間、眉目秀麗で知られた第二王子フェルディナンド殿下がさっそうと現れる手はずだ。
尻軽なピンクブロンドは、殿下の容貌にたちまちのぼせ上がり、媚び媚びなふるまいをするだろう。
その卑しさも見逃してはならない場面だ。
高貴な第二王子は、当然それを黙殺し、卑しい平民同士の婚約を認めてやるのだ。
そして、早く報告したいだろうからと、自分の馬車で二人を屋敷へ送り届けようと提案までしてくれるのだ。
拍手喝采の中で、二人はバカな企てが成功したと思い込み、意気揚々と屋敷へ送り届けられ、マカロン嬢の逆襲で、完膚なきまでに叩きのめされる。
かくして『ピンクブロンド』は破滅する。
そして『ピンクブロンドの呪い』は続く。
呪われしピンクブロンドよ永遠なれ。
これは知性に乏しく欲深く身の程知らずな平民どもに、貴族になりあがろうなどとするなという教訓を与える儀式なのだ。
貴族は高貴。庶民とは違う存在。
哀れな平民どもに、繰り返し繰り返し教え込んでやらなければならないのだ。
ピンクブロンドは、その生贄なのだ。
そんな固いお題目はさておき。
10年に一度の珍事を今は楽しみ尽くそうではありませんか。
筋が判っていても、話で聞くだけなのと、実際に見るのでは楽しみが大違い。
だからこそ、今夜のパーティの参加者はいつもより多いのだから。
さぁさぁさぁ婚約破棄宣言を!
ますます高まる周囲の期待。
ピンクブロンドは、狡猾にもまだ焦らす。
「やめてください! ああ、誰か見てないで助けて! やめさせて!」
本当に嫌がっているように聞こえるが、もちろん芝居である。
肩を掴んだ腕を振りほどこうとしているが、これも芝居である。
全くピンクブロンドっていうのは、生まれながらの娼婦で女優だ。
男を煽る手練手管をごく自然に知っているのだ。
もちろん正義の男はそれに乗せられる。
ケバケバしいドレスの胸元から手を入れて、豊満な乳房を揉もうとしながら大声で宣言する。
「オペラ侯爵家のザッハトルテは、ここに宣言する!
モンブラン侯爵家のマカロンとの婚約を破棄し、同じモンブラン侯爵家の――がふっっ」
ザッハトルテが、鼻から血を放物線を描くように噴き出しながら、仰向けに倒れていく。
静まりかえった会場に、人体が床にたたきつけられる音が響く。
大量の鼻血を出して、ひくひくと痙攣している無様な男。
まっすぐに突き出されたピンクブロンドの拳。
「何度もやめてくれって言ったでしょ。
耳がついてないの?」
ピンクブロンドは、汚いものに触れてしまった、とでも言うように、パンパンと手をはたく。
その音は、静まりかえった会場に響き渡った。
ピンクブロンドは、異様な沈黙の中、そそくさと胸元の乱れを直すと。
「人前で女が襲われてるのに、誰一人助けようと――」
最後まで言わず、ピンクブロンドは言葉を呑み込み、周囲をぐるりと見回し。
「皆さん、見ていましたね。
アタシは、モンブラン侯爵家のマカロン令嬢の婚約者に襲われ、
何度も拒んだのに狼藉されそうになったので、やむを得ず自衛しました。
皆さんが証人です。見てましたよね! 助けてはくれなかったけれど見てましたよね!」
その声には迫力があった。
何人かが反射的にうなずいてしまうほどだった。
物陰から踏み出した形のまま静止したフェルディナンド王子までうなずいてしまっている。
「皆さん、お騒がせしました。
アタシは帰らせていただきます。お楽しみを続けて下さい」
そういうと、ピンクブロンドは、いい加減な一礼をして、静まりかえった会場から足早に消えた。
彼女が立ち去っても、しばらくのあいだ誰も何も言わなかった。
正義の男は鼻血で顔を汚したまま、会場の床に横たわり続けていた。
大陸の地図の形に鼻血が池が拡がっていく。
誰かが呟いた。
「……あのピンクブロンド、助かってしまったりはしないよな」
誰かが答えた。
「まさか……ピンクブロンドは破滅するんだ。そうに決まっている」
なんとか第一の破滅から逃れたピンクブロンドだったが、まだ破滅の罠は続く。
彼女は破滅シナリオから逃走できるのだろうか?
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