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暑くて熱いのは夏のせい

作者: 佐藤sugar

 青々と茂る山々。どこまでも青く、吸い込まれそうな空。遠くにそびえたつ積乱雲。

 木々にしがみつく蝉と小川が奏でる大合唱は夏を歓迎している。

 日が西に傾き始め、今は一日で最も気温が高い時間帯だろう。

 そんな猛暑の中、俺たちは屋根のないバス停で、いつ来るかもわからないバスを待ち続けていた。


「…暑い」


 とっくの昔に衣替えした制服も、この暑さには対応できないらしい。汗で湿った服をパタパタと揺らしていることぐらいでしか、俺はこの暑さに対抗できない。


「本当にね~」

 

 そして俺の隣にもう一人、この猛暑に参っている奴がいる。


「……お前さぁ」


 艶やかな黒髪に透き通るような肌。胸元のボタンを開け、俺以上に激しくバタバタと服を揺さぶる彼女には恥じらいというものがないのだろうか。


「え、何?」

「もう少し人目を気にしてほしいんだけど」


 彼女の服の隙間から覗く鎖骨を汗が伝っていき、服にしみこんでいく様は妙に艶めかしい。凝視するのは失礼だろうと思いながらも、彼女に気づかせるためと、俺は視線で彼女に言いたいことを伝える。

 彼女も俺の視線に気が付いたのか、自分の胸元に目線を落とし、そして再び俺を見る。


「…そんなに気になる?」

「できればやめてほしい。俺はどこを見ればいいのかわからなくなるから」

「まあ、いいでしょ。誰も見ていないんだし。どうせこんなバス停誰も来ないよ」

「俺が見ているんだが」

「何?幼馴染にそんな不純な思いを抱いてるの?」


 それを言われると何も言えなくなってしまう。確かに、彼女とは幼馴染だ。家も隣、お互いの両親同士も仲が良く、何をするにしても一緒だった。

 そこまで一緒にいるのなら、彼女のことを好きにならないわけがない。だが、告白すれば最後、今までのような関係は築けなくなるだろう。

 話しやすい性格と人目を惹きやすい容姿。まさに全男子の憧れだ。今まで彼女に思いを伝えてきた男子は数知れずいるが、もれなく全員が散っている。

 にもかかわらず、いまだに彼女を狙う有象無象は多い。かくいう俺自身もそのうちの一人だ。

 恋愛面においては彼女の特別でもなんでもないからこそ、幼馴染というステータスは絶対に失いたくない。

 付き合うことができなくても、このまま幼馴染であり続けるなら、友達としてずっと彼女のそばにいることができる。


「…んなわけ」


 だから俺は嘘をつく。こんな嘘つきに彼女の幼馴染である資格があるのかと自分でも思うが、俺はそれでも彼女の隣にいたいのだ。


「ふぅん…」

「それよりももう少しそっち行けよ。俺汗くさいぞ」

「別に良いよ。どれだけ一緒にいると思ってるの?汚いことも、ほかの人には見せられないようなことも、なんだって知ってる」


 そういうつもりで言ったわけではない。これ以上は目に毒だから、少し距離を置きたいのだ。というか、俺はそんなに彼女に自分の秘密を打ち明けたことがあっただろうか。何を知っているのか少し怖い。


「じゃあ、言い方変えようか。そっちの桜の木の下のほうが日陰になってて涼しいぞ」

「……ありがとう」


 俺の言葉に一瞬目を見開いた彼女だったが、お礼を小さく呟くと、ベンチの端のほんの日陰になっている部分に座った。


「にしてもバス遅いな」

「仕方がないよ。こんな田舎のバスだよ?一時間に一本も通っていない上に時刻表もあてにならないんだから」

「そうだな…」


 そのやり取りを最後に俺たちは話すことがなくなってしまった。沈黙が苦になるわけではないが、どうにも居心地が悪いのは事実だ。

 どれだけ時間がたっただろうか。長いこと日に当てられ、湿っていた程度の服がぐっしょり汗で濡れてしまった。これではなおさら彼女に近づけないな。


「ねえ、こっち来なよ。少しはマシだよ?」


 唐突に彼女は言葉を発した。


「いや…」


 無論、YESと答える俺ではない。


「じゃあ、私がそっち行く」


 おいおい、勘弁してくれ。せっかく距離をとることができたのに、また近づかれるのは困る。どれだけ俺が我慢しているというのだ。


「いや、本当に俺汗くさいから」

「大丈夫だって言ってるでしょ。好きな人と一緒に居たいのがそんなにダメ?」

「いや、ダメっていうわけではないが……、は?」


 彼女の口から信じられない言葉が出たような気がする。理解ができない。自分の脳が己に都合の良いように変換しただけだよな。


「夏、お前今なんて───」

「あ!バス来た!」

「お、おい!」


 俺の問いかけは彼女の言葉とバスのエンジン音にさえぎられる。そして狭い曲がり角から現れた小さなバスは俺たちがいることに気づき、停車した。


「乗らないの?」


 走るようにバスに乗り込んだ彼女は放心状態の俺を見る。どこかその顔が赤く見えるのは、バスの塗装に光が反射しているだけだろうか。


「の、乗るよ」

「早く」


 俺の返答を受け取った彼女はそれだけ言うと、後方の席に走って行ってしまった。


 蝉の声も、小川の音も、風の音も、すべてが大きく聞こえる。日差しはいまだ強いが、さっきまでこんなには暑くなかった。

 その理由はわかっている。今まで散々噓をついてきたが、俺の身体は思った以上に正直だったらしい。


「あー、暑いし、熱いな」


 今まで一番熱い夏だ。





 


 



 

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