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使い魔の悩みごと

「は?魔力のことを話した?」

「ええ。会ってすぐにジャックから指摘されましたから、隠すという選択肢はありませんでしたわ」


 夕暮れ時、王女は私室で兄に今日の出来事を報告していた。侍女のクロエは隣室に控えており、デイジーとジャックはオリバーに案内され、夕食の時間まで自室で休んでいる。つまり部屋には兄妹の二人きりだ。

 王子にとって今まで自分の魔力をひた隠しにしていた妹が、初対面の者に話すなど思いもよらない出来事だった。

 デイジーに見合い代理を頼む際にも、あえて隣国の王子の何に問題があるのかを説明しなかった。奇異な魔力によって知り得た事柄だから言わない方がいいと思ったのだ。

 ソファーに座る王子は妹の報告を受け、腕を組み天井を仰いだ。そして、しばし沈黙した後に疑問を口にした。


「ロザンヌはジャックの魔力レベルはどの程度だと思う?」

「―――――実はジャックが部屋に入った瞬間、強風に煽られたような感覚がしましたの。そんな感覚は初めてのことで、とても恐ろしく感じましたわ。主であるデイジー様がいなかったら逃げ出していたレベルです」

「まさか!?それほどの魔力がありながら、なぜデイジー嬢と使い魔の契約をしたんだ?ほぼ森の中で暮らしているんだぞ」

「お兄様、それはジャックに聞いてみなければ分かりませんわよ」

「それはそうだが…………デイジー嬢は魔力が少ないのだろう?危険ではないだろうか。主従の力関係が逆転しているじゃないか」

「それでも、わたくしの見る限り仲が良さそうでしたわ。きっと他の魔術師と契約するよりも魅力的な何かをデイジー様はお持ちなのでは?」

「んー、何が違うんだろうか」


 二人が考えても答えは出ない。

 ジャックと養成所で同室だった魔獣のマックスも、なぜ十二歳の子供と契約したのか理解出来ず理由を聞いたことがある。


「理由?純粋でかわいいからかな」


 ジャックが笑顔で答えると、マックスは顔をしかめた。


「は?気持ち悪いこというなよ、お前がそんなこと思うわけないだろーが」

「えー、僕は子供は嫌いじゃないよ。肉質が柔らかくてもちもちしてるし、程よい質量だよね」

「………食うつもりかよ」


 その返答にジャックは「ハハハ」と笑った。その様子を見たマックスはムッとして言った。


「お前、理由を言いたくないから適当に誤魔化すつもりなんだな!?」

「筋肉バカかと思ってたけど、少しは賢くなったな、マックス」


 ジャックはマックスの肩をぽんっと叩いた。

 卒業式の翌日、二人は人型となり身の回りの物を片付けていた。とはいえ、引っ越し先に持っていく荷物などほとんどなく、小さな鞄一つで十分だ。


「最後の最後まで嫌なやつだな、まぁ、いいや。俺はもう行くわ、またどこかで会うこともあるだろう。それまで元気でな」

「ああ、またな」


 鞄を背負ったマックスは片手を上げた後、部屋を出て行った。

 ジャックも荷物を持ち、開けていた窓をピシャリと閉めた。

 養成所は山頂付近にあり、窓の外に見えるのは広い空と山の木々だけだ。魔獣達は皆やっとこの場所から離れられると、嬉々として出ていった。新しい棲み家が快適なものかどうかは分からないが、規則ばかりの養成所は窮屈だったから出られるだけで喜ばしいことなのだ。

 もちろんジャックも晴れ晴れとした気持ちで養成所を出ていった。デイジーの元で働けば、長年悩んでいたことが解決するのだ。足取りは自然と軽くなる。

 そう、潤沢な魔力を持ち、養成所を首席卒業したジャックには誰にも話したことのない悩みがあった。






「デイジー、僕はとても心配なことがある」

「何が?」

「瞳をキラキラさせて、その猫用ベッドを見るのをやめて欲しい。先に言うけど、僕は絶対にそのベッドは使わないから」

「えぇっ!こんなに素敵なのに!?」

「僕にとっては全く素敵じゃない。そんなもので寝たら、自分の中の大切な何かを失いそうだよ」

「………無理かなとは思ったんだけど、私の乙女心を揺さぶるデザインなのよ。今夜だけでいいから寝てみてくれない?」

「そう言うと思ったよ、でも無理っ!!」


 ジャックはチェストの上に置かれた籐製の猫用ベッドを尻尾で叩き落とした。それには花籠のように持ち手がつけられ、赤いミニ薔薇模様のクッションが中に敷き込んである。しかも側面には幾重にも折り畳まれたリボンが巻いてあるという職人の技術を集結したかのような品だ。


「あのキラキラ王子め!僕をなんだと思ってるんだ!」

「ジャック、王子様を罵ってはダメよ!これは好意で用意してくれたものなの」

「ふんっ!」


 ジャックは鼻を鳴らすと、その可愛らしさ満点の猫用ベッドに蹴りを入れた。


「やめてよ、ジャック!壊れちゃうでしょ」


 デイジーは破壊されては大変だとばかりに、猫用ベッドを抱き抱えた。


 二人はオリバーに案内され、王女の私室に近い部屋に通された。その部屋は使用人部屋とは思えないほど上質の家具が置かれ、厚みのある絨毯が敷かれていた。もちろん広いとは言いがたいが、ベッドだけでなく化粧台やソファー、大きな姿見まで揃っている。

 侍女とは主に良家の子女が行儀見習いとして就く職であり、家事労働を行う下級使用人達とは待遇が全く違うのだ。


 デイジーは黙って猫用ベッドをそっと床に下ろし、自分の荷物を片付け始めた。大きなクローゼットに衣類を入れ、化粧品を引き出しにしまう。

 そんなデイジーを横目にジャックはベッドに飛び乗って体を丸めた。


「僕はデイジーと一緒に寝るから、そんなものいらないよ」

「分かってるわよ。ちょっと試しに訊いてみただけ。って、また寝るつもり?そんなに昼寝ばっかりしてたら夜に眠れなくなるわよ」

「大丈夫、デイジーがいれば眠れるから」

「寝てもいいけど夕食の時間になったら起きてよね」

「分かってる」


 そういうとジャックは瞳を閉じた。

 デイジーは仕方なく片付けの手を止めて、黒猫の頭を優しくなでた。


「眠り姫みたい」


 デイジーが呟くと尻尾がしゅっと上がりシーツを叩いた。気に入らないという意味だろう。


 デイジーの魔力には癒しの力がある。触れることによって心身のバランスを整え、治癒能力を高めることが出来る力だ。得意な魔法薬と組み合わせれば効率の良い治療が行えるのだが、魔力が少ないため大怪我や大病を治療することは出来ない。

 しかし、その弱い魔力がジャックにとっては有り難かった。

 ジャックは身体の大きさに見合わない大量の魔力のせいで不眠に悩まされていた。常に身体が熱を帯び、熟睡することが難しく浅い眠りを繰り返す日々。そのせいで体調を崩すこともあったが、自分の弱味を見せたくないジャックは平気なふりを続けていた。

 しかし一度だけ、養成所の所長にうずくまっているところを発見されてしまい、強引に治癒魔法をかけられたことがある。その魔法のおかげで一時は体調が良くなったが、夜になるといつもよりも身体の熱が高くなった。強すぎる治癒魔法を身体が拒絶しているようだった。

 そうして不眠のことはもうどうにもならないだろうと諦めた矢先、ジャックはデイジーと出会った。

 六年前の卒業式でのことだ。

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