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舞踏会が始まる

 舞踏会を開くためには様々な準備が必要になる。

 まずは招待状を送り参加者の数を確認する。当日提供する料理や飲み物を選び、食器に不備がないかも確認しておく必要がある。もちろん招待客の安全を守るため、警備の人員と配置を決めなくてはならないし、来客の馬車の対応も考えなくてはならない。

 通常であれば準備に一ヶ月かかるところを、今回は二週間で行わなくてはならない。

 そんな事態になったのは全て隣国の第五王子ルドルフが王女に会わせろと言ったせいである。


「あぁー!やっと終わった!」


 西食堂の厨房から大きな声が聞こえ、デイジーは驚いて身体をびくりとさせた。


「ん?お嬢ちゃんか、何の用だ?」


 作業台の前に立つ副料理長のカーターがフロッグコートを脱ぎながら、入り口に向かって声を発した。


「ロザンヌ様にオレンジティーをお持ちしたいのですが――すごいですね」


 作業台の上には綺麗にカッティングされたフルーツに、ケーキやプリン、プティシューやクッキーが大量に並べられている。そのどれもが色とりどりで華やかさがあり、クリームの載せ方、器への盛り付け等細部まで気を配られていることが伝わってくる。


「ああ、これね。ほんと疲れた」

「まさかこれを全部お一人で作られたんですか?」

「そのまさかだよ。最終チェックのために俺が一人で全部作って、今やっと終わったところ」


 舞踏会は二日後に開かれる。今日の城内は夜明けとともに慌ただしく、ピリピリとするような緊張感に包まれていた。


「本当にお疲れ様です。ちなみに舞踏会ではどのくらいの数をご用意されるのですか?」

「今回は小規模だから各々100個」

「こんなにたくさんの種類を100個も!」


 デイジーにはカーターの言う小規模の定義が分からない。ただその数に対して驚くばかりだ。


「数的にはたいしたことないんだけど、とにかく準備期間が少なすぎる。メニューがどうこうより仕入れがキツかったよ。まあ、なんとかなって良かった。――で、オレンジティーは一つでいいのか?」

「はい。一つで大丈夫です。お疲れのところ申し訳ありません」

「まあ、いいよ。それも仕事だし、氷はジャックに作ってもらってるし」

「ジャックが氷を?」

「いいよなぁ、ジャック。火風水土、全種類の魔法が使えるなんて。そんな使い魔なら俺も欲しい」

「ふふっ、ではまず魔法学園に入学して魔術師にならないといけませんね」

「来世ではそうするよ」


 肩をすくめ、カーターは脱いだばかりのフロッグコートを再び羽織った。ケトルを火にかけ棚から茶葉とティーポットを取り出す。

 火の魔石を竈に一つ放り込めば火力が増してあっという間に湯が沸く。カーターは保管庫から大きな氷を取り出して砕き、小さなナイフでオレンジをカットした。

 流れるような動作に無駄はなく、デイジーがその手捌きに見とれている間にオレンジティーは仕上がった。

 カーターはナイフとまな板に付いた果汁を洗い流しながら、ふと視線をデイジーに向けた。


「そういえば、お嬢ちゃんは舞踏会が終わったら領地に帰るって聞いたんだが、このまま侍女を続ける気はないのか?」

「……このまま侍女を?」


 エドワード王子に依頼されたのは、舞踏会でロザンヌ王女の代理で見合いをすることだ。用事が済めば、自分は再び屋敷に戻って家業に専念する。

 それは当たり前のことであり、それ以外のことを考えたりしなかった。

 意外すぎる質問にぽかんとした表情をしていたデイジーに、カーターはふっと笑って再び問いかける。


「ロザンヌ殿下に気に入られたら、このまま侍女を続けてほしいと言われるかもしれないだろう?」

「それは、どうでしょうか」


(特別な事情があってお城に来ただけなのに、このまま侍女として働く可能性なんてある?いいえ、ないわ。私の仕事は魔法薬を作ることだとエドワード殿下はご存知だもの)


 このまま王城で働く可能性など全くない。それがデイジーの答えだが、カーターの考えは全く逆だった。


「そもそも今までロザンヌ殿下に侍女が一人だけっていうのが異常だったんだ。増やせるなら増やしたいというのが城側の意見じゃないかな」

「それは、そうかもしれませんが」

「続けたらいいのに――お嬢ちゃんはまだ未成年だから考えないのかもしれないが、貴族のご令嬢ともなれば結婚相手は親が選ぶだろう?

 だけど、城には適齢期の男がうろうろしてるんだ。しかも、いい男っていうのはいつも噂の的だから、年齢、家柄、配属先はもちろんのこと、仕事ぶりや趣味嗜好に至るまで知ることが出来るぞ。

 それを参考に話しかけて親しくなるきっかけにすれば、自分で結婚相手を選ぶことが出来るんだ。

 そんなメリットのある職場を離れるなんてもったいないと思わないか?

 俺はもうしばらく城で働いてみてもいいと思うんだがどうだろう?」

「そんな都合よく事が運びます?」


 デイジーの疑わしげな問いにカーターは大きく頷いて答えた。


「運ぶ。実際、俺は幾つもの成功例を知っている」


 そう言われてもにわかには信じがたい話だった。本人が良くても家族に反対されては結婚できないだろう。特に貴族間の婚姻には様々な思惑が絡む。恋人になれても結婚には至らないのではないかと考えてしまう。

 疑って申し訳ないが、だいぶ話を盛っているような気がして口から出たのは「まあ、そういうこともあるんですね」という微妙な返答だった。


 カーターは木製トレーにオレンジティーを載せると、少し不満そうな顔でデイジーの目を真っすぐ見つめて問いかけた。


「侍女の仕事を続けたいって思わないの?」


 デイジーは即答出来ず、少し考えてから正直な気持ちを口にした。


「答えにくい質問ですね。侍女の仕事はもちろん魅力的ではあります。ですが、このまま続けるのは……」


 屋敷ではほぼ家族としか関わることがなく、魔法薬作りも日々同じような作業の繰り返しである。新しい出会いや新しい仕事というのは数少ない。

 領地内で暮らすというのは、穏やかではあるが変化に乏しい生活だった。

 しかし、王城では今まで見たこともない大きな庭園や、国内随一の蔵書数を誇る図書室、多くの人々が集う食堂があり、新たな出会いも生まれる。そこに魅力は感じていた。


(貴重な体験をさせて貰ってるとは思うけれど、私には本業があるし、あまり長居をしていると国王陛下に呼び出され有無を言わさず王太子妃にされそうで危険だし――やっぱり無理よ)


 カーターに詳しい事情について話すわけにもいかず、デイジーは曖昧に笑ってこの話が終わることを願った。

 しかし、話は終わらなかった。


「俺はぜひとも続けてほしいと思ってる」


 少し長い前髪のすき間から見える琥珀色の瞳は真剣そのものだ。


「えっ?」


 そんなことを言われるとは思いもよらなかったデイジーの顔にはハテナマークが浮かぶ。

 引き止められる理由に全く心当たりがない。仕事上の話はするが、親しみを持たれてはいないだろう。


「頼むよ。今、ジャックがいなくなったら氷を作れなくなる。知っての通りこの国は常に魔術師不足だ。いつ申請通り氷をつくれる奴が派遣されるのか分かりゃしない。夏に氷がないなんて厨房の機能が死ぬ。お願いだから夏が終わるまでいてくれ!もしくはジャックを貸してくれ!」


 ものすごい早口で捲し立てられ、頭を下げられた。


(あっ、そういう都合!?)


 それはとても分かりやすい利己的な理由だった。


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