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空白の時間

「びっくりした!驚かせないでよ」


 デイジーの苦情に顔を上げた黒猫は、瞬きを一つする間に少年の姿になった。ジャックはさらりとした前髪を軽く整え、ポケットから魔石を三つ取り出した。


「はい、どうぞ」

「……ありがとう。でも、その前に挨拶と謝罪ね」


 デイジーは立ち位置を変えて、ジャックとハリーが向かい合うようにした。


「あー、はい、はい。――おはようございます。お話し中驚かせて申し訳ありません、ハリーさん」


 おざなりな返事の後で、ジャックは双子の騎士の名前を正しく呼び薄く笑った。睨んではいないが、瞳に敵意のようなものが滲んでいる。

 あからさまな威嚇に、体格では勝っているハリーの方が気圧された。無理に笑顔を作ろうとしているが頬がひきつっている。


「いえ、こちらこそデイジー嬢の作業の手を止めさせてしまって申し訳ない。自分はそろそろ失礼しますので、どうぞ作業を再開して下さい」


 ハリーは軽い会釈とともに踵を返した。

 そそくさと立ち去るハリーの背中にデイジーは「お疲れ様でした」と声をかける。

 すると彼は、パッと振り返り「また明日の朝に」と言って片手を上げた。


「はい!また明日」


 デイジーも片手を小さく上げて返事をした。


「また明日って何のこと?」


 ジャックの方に顔を向けたデイジーは、あまりにも近距離に顔があったため思わず一歩下がった。

 再三注意をしているにもかかわらず、使い魔が全く言うことを聞いてくれない。


「ハリーさんも実験結果が知りたいんだって。だから明日の朝もここに来るのよ」

「ふーん」

「もちろん魔石に誰の魔力が入っているのかは言ってないわ。だから問題はないでしょ?」

「ああ、うん。実験のことはいいんだけど」

「いいなら、どうしてそんな不満そうな顔してるの?」

「僕が?不満そうな顔なんてしてる?」

「してるわよ」


 デイジーの言葉にジャックは両手を頬に当てて表情筋を揉みほぐす。


(今までこんなに長く人型だったことなんてなかったから分からなかったけど、ジャックって気持ちが全部顔に出るタイプだったのね)


 デイジーは黙ったまま受け取ったばかりの魔石を軽く握りしめた。手の中で三つの石が擦れ合いカチカチと小さな音が鳴る。

 魔石は小石のような大きさだが、硬質で割れることが滅多にない頑丈な代物だ。そして、魔術師が魔力を込めることにより本来灰色の魔石は色変わりする性質がある。

 込める魔力が火魔法であれば赤銅色となり、水魔法であれば藍色、風魔法は白色、土魔法は黒色となる。

 魔石は魔力持ちでなくともその力を利用することが可能になるため、国内の様々な場所で便利な道具として活用されていた。


「養成所だと遊びに魔法を使うのは魔力の無駄遣いだって注意されるんだよ」


 噴水で白鳥を作り上げたジャックがそう言った時、デイジーはもしかしたら王女の悩みを解決出来るかもしれないと思った。

 魔力が突然発動することに悩んでいる王女。

 初めは魔法薬でなんとかならないかと考えていた。ブレア家にある先祖代々受け継がれてきた蔵書の中に、何かヒントがあるかもしれないと。

 しかし、それよりもシンプルな解決策を試してみるのもいい。

 定期的に魔力を体外に排出してしまってはどうだろう?目的はなんでもいいのでとにかく多くの魔石に魔力を込めて無駄遣いする。そうすれば体内に宿る魔力が激減し、突然魔力が発動することもなくなるかもしれない。

 そして、王女の魔力属性について考えた。人の感情が見えるというのは火・水・風・土のどれにもあてはまらない。しかし、母のように魔力属性は複数持つこともある。

 毎日王女が散歩している東庭園の薔薇は圧倒されるほどの花数だ。もしかしたら、それは王女の土属性の魔力が足元から溢れているのではないだろうか?

 自分が城に滞在する期間は短い。その間に出来ることは試したい。

 デイジーは練習日が決まった時、ジャックに頼み事をしておいた。


「ジャック、魔力制御の練習のことなんだけど、効率よく魔力を魔石に込める方法をロザンヌ殿下に教えてほしいの。それから比較対象としてお兄様にもこの魔石に土魔法の力を込めてもらってきてくれる?」


 デイジーは屋敷を出る際、兄に話しかけるなと言われていたため研究所に出向くわけにはいかず、ジャックを介して魔石を預けた。

 そんな訳で、今デイジーの手の中にあるのはアイザック製の魔石だ。兄の魔力量は平均的なものであり、基準とするのに最適だ。


「お兄様に魔石を渡したら何か言われた?」

「んー、最初は断られた」

「訝しんでた?」

「まあ、そんな感じだった」

「でも、借りがあるから仕方ないって魔力を込めてくれたよ」

「借り?あ、買い物のこと?」

「そう。本当に困ってたから今回は協力してくれたみたいだよ」

「いったい誰に渡したのかしら?ジャックは知ってるの?」

「いや、知らない」

「そう、残念〜。私は興味あるんだけどな。でも、きっと私が聞いても詳しい話はしてくれないわよね」

「だろうね」


 デイジーの問いかけにジャックも大きく頷いた。

 それでも(ろく)な説明もないまま魔石に魔力を込めてくれた兄は優しい。誰かに好意を抱いているならば上手くいくといいなと思う。


「それより早くそれを埋めよう。もうすぐ朝食の時間だよ」

「それもそうね」


 さて、どのあたりに植えようかと辺りを見渡すと、少し離れた場所にいた庭師と目が合った。

 埋め込み作業は自分でやるので本来の仕事を進めて欲しいと伝えたが、やはり王女付きの侍女を放置しておくわけにはいかなかったのだろう。

 会話の邪魔にならないよう程々の距離を取って待機していたようだ。

 本当に手伝いは不要であることを伝えるためにデイジーが口を開く。しかし、すぐ隣のジャックの方が先に声を上げた。


「イーロンさん!作業は僕がやるので仕事に戻って大丈夫ですよ!」


 張りのある声が庭園に響く。

 それに応えるように庭師のイーロンは頭を深く下げてから踵を返した。


「どうして名前を知ってるの?」


 副料理長の時も思ったことだが、ジャックはいつの間にか城内の人と知り合いになっている。確かに登城してから幾度もふらりと姿を消すことがあったが、今まで詮索することはしなかった。しかし、さすがにデイジーも空白の時間が気になった。


「私の側にいない時って、いったい何してるの?」


 立て続けの質問に対する答えは簡潔だった。


「ん、散策だよ」


 黒猫改め、黒髪少年の唇が弧を描く。

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