魔石の活用法
王城では多くの人々が早朝から働いている。
特に身分の低い下働きの者達は、上級使用人よりも早く起き、城中の窓を拭いて床を磨く。厩舎では馬の餌やりに汚れた敷き藁の交換、馬具を磨く仕事が始められていた。
そして、西庭園にいた庭師も同じく早朝から水撒きや花ガラ摘み、雑草を抜き取る仕事をしていたのだが、すぐ近くで小柄な侍女がスコップを握りしめ土を掘り起こしたことにギョッとして仕事の手を止めた。
「侍女どの、どうかお止め下さい!ドレスに土が付いてしまいます。私が代わりに掘りますから、どうぞ指示だけにして下さいませ」
前日の夕方、城内の職人達を束ねている職長より庭師に連絡があった。早朝、王女付きの侍女が西庭園で実験をしたいというので作業を手伝うようにと。
しかし、まさか侍女本人がいきなり庭土を掘り起こすとは思いもよらずに慌てふためいた。
王女付きの侍女の身分が低いはずはなく、間違いなく「ご令嬢」だ。何かしらの不興を買っては罪に問われるかもしれない。
「お気遣いありがとうございます。でも、土がつかないようにドレスの裾は持ち上げてますし、全然問題ありませんよ。庭師さんはどうぞ、ご自身のお仕事を続けて下さいませ」
「いえ、それこそが問題です」
デイジーはドレスの裾を抱え込んだまましゃがみ、小さなスコップを地面に突き刺している。そのせいで白い脚は膝下まで見えてしまっていた。
常識的に考えれば脚を人前に晒すなど貴族の娘がすべきことではない。たとえ見ているのが初老の庭師であっても見過ごすことなど出来ないはしたない行為だからだ。
しかし、森の中で育ったデイジーはその当たり前というべき事柄が抜け落ちていた。気にする様子は皆無であり、眉をよせる庭師に笑顔で答える。
「すぐ終わりますから気にしないで下さい」
「しかし、脚が見えております。たとえ私が目を逸らしても、他の誰かが見てるかもしれません。お願いですから、どうか裾を上げるのはお止め下さい」
「脚?」
デイジーは視線を下げ、自分の脚がかなり見えていることを確認するとスッと立ち上がった。
「それは、お目汚し大変失礼しました。では、もう一箇所だけ掘ったらやめますね」
「いっ、いいえ!もう本当にお止め下さい!」
庭師が必死の形相で制止しても、デイジーはきょとんとした表情をしている。
デイジーにしてみれば庭師の反応はだいぶ大袈裟なものに感じた。しかし、自分は多くのご令嬢達との交流がなく、貴族としての感覚がずれている可能性が考えられる。
少しは人目を気にした方がいいかもしれないと思い直したデイジーは、キョロキョロと辺りを確認し数歩横に移動してから再びしゃがみこんだ。
「ここなら垣根の影になるので大丈夫ですよ。手早く終わらせますね」
そうして庭師の心配をよそに、ザクザクと小さなスコップを地面に突き刺して穴を掘り、ポケットから魔石を取り出して落とし込む。
実は庭師に見つかる前から作業を始めていたので、埋めた魔石は今ので五つ目だ。
(これでよしっ!)
最後の魔石にも土を被せ、デイジーが満足げな顔で立ち上がると、垣根の向こう側を歩いていた青年騎士と目が合った。
「あ、デイジー嬢!おはようございま――え、何を?」
デイジーの姿はちぐはぐだった。上質なドレスを着ているというのに嵌められた手袋には土が付いているし、右手にはスコップが握られている。
侍女という立場の者は、花を摘むことはあってもスコップを握ることはない。それは庭師の仕事であるし、そもそも貴族の女性は土に触ることを嫌がる。
青年騎士は通常ありえない様子に目を見開き、足を止めた。
(立場的にちょっと非常識だったかな)
庭師だけでなく青年騎士にも若干引き気味の反応をされれば、さすがにデイジーも自分の行いがまずかったのだと悟った。しかし、今さら汚れた手袋を外しても意味はない。
とりあえず笑顔で「おはようございます」と挨拶を返し、彼の名前について考える。顔は知っているが、正しい名前が分からないのだ。
「ごめんなさい。まだ分からないんですが、今朝はトーマスさんですか?ハリーさんですか?」
「ん、ハリーですよ」
デイジーからの問いに、双子の騎士ハリーは驚愕の表情を解いて小さく笑った。
オリバーに紹介されたため、食堂で会えば挨拶を交わしているが、トーマスとハリーは顔が全く同じで着ているものも同じ騎士服。外見だけで区別するのはかなり難しい。
まだ二人との会話は少なく、すれ違いざまに声をかけられる程度だが存在感のある兄弟だなとは思っていた。彼らが食堂に現れるといつも自然と周りに人が集っている。
どんな話をしているのかデイジーも興味はあったのだが、ジャックが賑やかな場所を好まないため、いつも彼らとは離れた場所で食事を済ませていた。
そんなわけで、今のところ双子の騎士とデイジーは親しいとは言えない間柄だ。しかし、そうは言っても幾度も名前を聞くのは心苦しい。
「すみません。お二人の容姿を見分けるのは難しくて」
「いや、全然大丈夫ですよ。最初は区別出来ない人がほとんどですから。そんなことより、もしかして今は護衛君はいないんですか?」
葡萄色の瞳が素早く左右に動き、近くに黒猫も黒髪の少年もいないことを確認している。名前を幾度も聞かれることについては本当にどうでもよさそうだ。
「はい。ジャックにはお使いを頼んだのでここに来るのはもう少し後になります」
デイジーの返事に明らかにホッとした様子のハリーは、声のボリュームを落としてその理由を口にした。
「ああ、そうなんですね。良かった。デイジー嬢に近寄ると睨まれるから」
「睨む?」
「あれ、知りません?隊長とか副料理長はいいけれど、俺達と話すのは駄目らしいです。いつも護衛君の眉間にシワが寄ってるし、なんか近寄るなオーラを発してますから――って、すみません。こういう言い方は失礼ですね」
ハリーは自身の髪に指を入れ、クシャクシャとかき混ぜると眉を下げた。
「いえ、教えていただけて良かったです。睨むのは良くありませんから、後できちんと注意しておきます」
デイジーは表情を引き締めきっちりとした口調で言った。
主の責任として、直すべきところがあるならば指導しなくてはならない。
「まあ、なんとなく理由については察するところもあるんですが、出来ればやめてもらえると助かりますね。――ところで、こんな朝早くから何をしてらしたんですか?」
ハリーの視線はデイジーの手に握られたスコップに注がれる。
「あの、ちょっとした実験を」
「スコップを使う実験なんですか?」
「はい。特別な魔石が手に入ったので、薔薇の根元に埋めてどんな影響があるか観察しようと思っています。たぶん、早ければ明日の朝には変化があるかと」
「そんなに早く?」
「はい。魔石なので即効性があるんです」
いつも王女の散歩している東庭園と同じように西庭園にも多くの薔薇が植えられている。品種も同じだと思われるが、花数は圧倒的に東庭園の方が多かった。
手入れ方法は同じはずなのに、花数に違いがあるのは日照時間によるものなのか、土壌の違いによるものなのかは分からない。
しかし、魔石の効果を確認するにはちょうどいい状況だ。うまく作用すれば花数が増えるため変化が確認しやすい。
「へぇー、それはぜひ結果が知りたいな。俺もまた明日見にきてもいいですか?」
「はい。もちろん私の方は大丈夫です。でもハリーさんも朝はお忙しいのでは?」
「いや、そうでもないです。今夜も夜勤なので朝には仕事が終わりますよ。ちょうど今頃、寮に帰る時間なんです」
城内では衛兵だけでなく、近衛騎士にも夜勤がある。王族を守る近衛騎士は精鋭揃いだが、その分人数は多くない。三勤一休で働き、昼夜も交代制だ。近衛騎士は花形の職業ではあるが勤務体制は厳しく、年齢が上がれば別の職場に移動となる。
「夜勤だったんですか。夜に寝れないなんて大変なお仕事ですよね。お疲れ様でした」
「まあ確かに眠気との戦いになりますが、夏は昼間働くより気温が下がるので夜勤は大歓迎です」
「夜勤って、そんなメリットがあったんですね。全く気が付きませんでした」
感心したようなデイジーの返答に、ハリーがふっと笑った。
「デイジー嬢を見てると、俺のイメージする魔女像が塗り替えられそうです。魔女と聞いてまず思い描くのはの養成所所長だったので」
「フラン様は特別ですよ。唯一無二の存在ですから。私が魔法学園で出会った魔女は数名でしたが、魔力があることを除けば皆普通の女性でしたよ」
デイジーにとって苦い思い出が多い学園生活だったが、先輩や後輩も含め女子生徒に対する印象は普通そのものだった。
いい人もいれば、悪い人もいる。魔力と人柄は無関係だと思っている。
「普通ねー。まあ、デイジーの感性はズレてるからなぁ。僕にとっての【魔女】は、だいたいくせ者ばっかりな印象だけど」
聞き慣れた声に思わず大きな声が出る。
「ジャック!」
足音も気配も消して、いつの間にかジャックが黒猫の姿で足元にいた。




