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王女の悩みごと

「ようこそ王城へ」

 

 デイジーとジャックを乗せた馬車は、大きく立派な城門をくぐり東棟玄関前で止まった。

 馬車の扉が馭者によって開かれると、そこに見えたのは白銀の髪に藍色の瞳をした長身の騎士だった。


「こんにちは、デイジー嬢。ジャックも一緒に来てくれてありがとう」

「オリバー様!お出迎え有り難うございます!」


 デイジーは満面の笑みで挨拶を返す。

 彼はデイジーの憧れの人オリバーだ。

 端正な顔立ちをしており、肩幅は広いが腰幅は狭く手足が長い。まるで絵本に出てくる王子様のような容姿の為、街を歩けば若い女性が振り返ることも珍しくない。しかも独身近衛騎士で二十四歳。舞踏会ではご令嬢達の熱い視線も集めている。

 しかし黒猫にとっては全く関係ないことで、ジャックは顔見知りの男にいつも通り雑な挨拶をする。


「やぁ、オリバー。暫く世話になるよ。よろしくな」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 失礼な物言いを気にすることなく対応するオリバーは、魔力持ちの為ジャックと会話が可能だ。


「早速ですが、ロザンヌ殿下の部屋までご案内致しますね。エドワード殿下も後からいらっしゃいますが、まずはロザンヌ殿下にお目通りをお願いします。あ、荷物は私が預ります」


 オリバーは馭者から荷物を預かると、微笑みながら右手をデイジーに差し出した。


「ありがとうございます」


 デイジーはドキドキしながら自分の手をそっと乗せ、馬車を降りる。


(あぁ、仕事引き受けて良かった!)


 デイジーは王女の部屋までオリバーの斜め後ろを歩きながら喜びを噛み締める。ジャックはそんな彼女に抱きかかえられながら、胸の内にモヤモヤしたものを感じた。それは今に始まったことではなく、最近よく感じる不調だった。




 エドワード殿下によれば、王女であるロザンヌ殿下はいつも部屋で本を読んだり、庭園を散歩したりして過ごしているとのことだ。極度の人見知りで侍女は一人しかつけず、複数のメイドが部屋に入ってくることも好まないという。

 そんな話を聞いた為、デイジーは王女に対して内気で儚げな美少女を想像していたし、突如やって来た自分は歓迎されないだろうと思っていた。しかし、実際は全く違っていた。

 緊張した面持ちで立ち止まったデイジーの前には、オリバーの背中とマホガニーの重厚な扉がある。

 オリバーが王女の私室である扉をノックし、声を掛けた。


「ロザンヌ殿下、オリバーです。デイジー嬢をお連れしました」


 すると中から扉が開き、侍女が「どうぞ、お入り下さいませ」と二人に会釈をした。


「失礼します」


 と先にオリバーが入室し、後にデイジーが続いた。そして正面に立つ華やかで妖艶な美女と目が合い、驚きすぎて挨拶の言葉が途切れる。


「お初にお目にかかります、ロザンヌ殿下!?」


 不覚にも語尾は声が裏返り、名前も名乗れないほどに動揺してしまった。しかしながら、驚いて声が出ないのは王女も同じでお互いに目を見開き無言となった。


(嘘でしょ………王女様は十六歳になったばかりよね?)


 自分より年下のはずの王女があまりにも想像と違っていたのでデイジーは呆然としてしまったのだ。

 王女と対面して儚げという印象を抱く者はまずいないだろう。彼女の長い睫毛に囲まれた金茶色の瞳は魔力を帯びて煌めき、少し開かれた唇はふっくらと厚みがあり赤い。蜂蜜色の巻き髪が豊満な胸と細い腰にかかっており、年齢にそぐわない色気を放っている。


「デイジー嬢?」


 オリバーが無言の二人を交互に見た後、デイジーに近づき名前を呼んだ。


「し、失礼しました。わたくしはブレア伯爵家が長女デイジーと申します。よろしくお願い致します」


 驚きのあまり準備していた挨拶の言葉は消え去り、なんとか自分が何者なのかだけを伝えた。すると王女もハッとした様子で慌てて言葉を返した。


「いいのよ、わたくしの容姿に驚いたのでしょう?よくあることなの。年齢よりもだいぶ上に見られるのよ。それより腕の中の黒猫さんが気になるのだけど、紹介していただけるかしら?」


 王女の声は軽やかで心地よい。その優しい声で話しかけられ、ふわりと微笑まれたならば男女を問わず幾人も魅了することだろう。しかし、今は残念なことに表情は固く緊張した面持ちだった。


「はい、もちろんです。この仔は使い魔でジャックと言います。いつも私の助手として働いており、今回もエドワード殿下に許可を頂き連れて参りました」


 デイジーの声に耳をピクリと動かし、ジャックは腕の中からすたん!と飛び降りた。


「初めまして、王女様」


 顔を上げ尻尾を真っ直ぐに立てたジャックは、金色の瞳を太陽の光を浴びた硝子のように煌めかせ、王女をじっと見つめた。そうして彼女の金茶色の瞳に宿る魔力を吟味したのだ。

 煌めく瞳は魔力が発動している証だ。王女は自分を探ろうとする瞳から視線を外そうとしたのだが上手くいかなかった。ただ瞼を閉じてしまえばいいというのに、それすらも出来ない。知らぬうちに彼女は(てのひら)を固くぎゅっと握りしめ、全身に力が入っていた。

 しかし、そんな緊張した時間は僅かなものだった。ジャックが一度目を閉じ、再び開いた時には瞳から魔力の煌めきは消えていた。


「王女様は面白い魔力をお持ちなんですね。けれど、その力を上手く制御出来ていない」


 ジャックは王女の方へ歩み寄り、目を細めて言った。


「僕が魔力制御の方法をお教えしましょうか?もちろん追加料金をいただきますが」

「ジャック!」


 デイジーは突然押し売り営業を始めた使い魔を慌てて腕の中に拘束し、王女に深く頭を下げた。


「不躾で申し訳ございません!」


 ジャックにしては珍しく丁寧な言葉使いだったが内容が酷すぎる。なぜ出会い頭に押し売りを始めるのか、イラッとして腕の締め付けがきつくなった。


「おわっ!デイジー、苦しいから離して!」


 ジャックの文句は無視して更にぎゅっと締め付け、耳元に囁く。


「ジャックが余計なこと言うのが悪いのよ」

「親切で言ったんだよ!困ってるはずだから」


 腕から逃れるべく手足をばたつかせ、ジャックが反論する。


「―――――デイジー様、どうか離して差し上げて。確かにジャック様の言う通り、わたくしは自分の魔力を制御出来ずに困っています」


 王女は表情をより一層固くし、全身を強張らせていた。

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