使い魔達のジャッジ
「ああぁ、副団長が二人になっちゃったじゃない。もったいない。早く元に戻って!」
「なに、なに?あんたはあんな優男が好みなの?お子様ね~。大人の魅力が分からないなんて」
「副団長はゴツすぎるのよ。程よい筋肉、整った顔、新しい騎士様の方が断然素敵!それに若いわ」
「まあ、確かに若さは必要ね。デイジーはまだ十六歳になったばかりだし、歳が近い方が話しやすいかもしれないわ」
「そういえば王子様とのお見合いの話ってどうなったの?王子様も歳は近いの?」
「ええと、確か二十二歳だったと思う。年齢的には問題ないかもしれないけど。でもねぇ、正直デイジーがお妃様ってどうなのって思わない?人には向き不向きってものがあるし。旦那様も気乗りしないみたいで、のらりくらりと躱してるらしいわよ」
「きっと、デイジーが王太子妃になってしまったら簡単に会えなくなるから嫌なのよ。出来ればずっと一緒に暮らしたいって思ってそう。後継にアイザックがいるのに、旦那様って意外と欲張りさんよね~」
「ちょっと、あんた達。声が大きいわよ。見なさいな、ジャックがこっちを睨んでるから」
「うわ、ホントだ。場所を変えましょう。皆テラスに行くみたいだし、その近くに隠れましょうか」
「そうね。そうしましょう」
窓の木枠に鳩が一羽、ムクドリが二羽。厚みのある窓ガラスに頭を寄せて屋敷の中を覗き込んでいる。
一応声をひそめていたようだが、人間よりも優れた聴覚を持つジャックには彼女達の会話が全て筒抜けだった。
(まったく、ごちゃごちゃと余計な話を。デイジーに聞こえたらどうするつもりなんだ)
窓にいる好奇心旺盛な魔獣達はブレア伯爵の使い魔だ。本来なら食堂の手伝いをしている時間なのだが、どうやら見知らぬ人物が誰なのか気になって覗きに来たようだ。
ジャックは溢れそうになる魔力を抑えつつ、早く立ち去れと言わんばかりに三羽を睨み付ける。その視線に気付いた鳩が慌てたように羽を動かすと、ムクドリ達も揃って飛び立った。
ジャックはその様子を視界の端に収めると、大きなソファーにひらりと飛び乗った。柔らかな座面を踏みしめ、変身が終了したばかりの青年騎士のもとへ歩み寄る。顔を上げてスンッと匂いを嗅ぎ、じっと彼の瞳の奥にあるものを探った。
(本人が言う通り、確かに魔力は少ないな。ああ、嫌だな、この男。まだ番を見つけていないのか)
騎士服に付いた匂いは、男物の香水、馬、皮革、土、汗だけだった。一緒に暮らしていれば必ず付くはずの女や子供の匂いが全くしない。ということは家庭を持っていないのだろう。
(独り身の男は我が家に出入りしないでもらいたいんだけどな)
ジャックは知りたいことの確認を終え、もうこの場に留まる必要性を無くし部屋を出て行こうとしたのだが背中を向けたところで呼び止められた。
「ジャック、待って」
大きく丸い若草色の瞳がまっすぐに自分を見ている。次に言われる言葉はすぐに分かった。
「フロスト様、遅くなりましたが私の使い魔を紹介させて下さい。ジャック、ご挨拶を」
やっぱり、と思いながら方向転換して顔を上げた。視線の先には二人の副団長がいるが、挨拶しなければならないのは手前の男だ。
「――初めまして、騎士様。デイジーの使い魔ジャックと申します。常にデイジーの傍にいることが仕事ですから、お会いする機会も多々あるかと思います。どうぞ、よろしくお願い致します」
ジャックは尻尾と耳をピンと立て、いかにも歓迎致しますという体裁を整えて挨拶をした。不本意だが主の命令には従わねばならない。
しかし、心の中は自由だ。欠片も歓迎していないし、出来ればもっと老齢の人間に担当を変わってもらいたいと思っている。あるいは妻子ある副団長にこのまま役目を継続してもらいたい。
ただでさえ成人したデイジーのもとに、茶会や舞踏会の招待状、見合い話が持ち込まれて鬱陶しいと思っていたのに、これ以上若い男と接触するような機会は増やしたくない。
もしも、デイジーが誰かにうっかり惚れてしまい結婚するなどと言い出せば今の快適な生活が一変してしまう。そんなことになるのは絶対に嫌だ。
(さっさと魔法薬を持って王都に帰ってくれればいいのに)
ジャックは澄ました顔で失礼なことを考えていたが、黒猫の姿をしているため不服そうな口元の歪みに気付く者はいない。
「こちらこそ、よろしくお願いします。――随分綺麗な金色の瞳をお持ちで。頼りがいがありそうな使い魔さんですね。ジャック君とお呼びしても?」
顔も声も副団長だが、話し方は本人のものだ。丁寧すぎる言葉と見た目が噛み合わず、なんだかムズ痒いような気がする。
「ジャックだけで十分です。フロスト様」
「では、私のこともオリバーと呼んで下さい」
終始にこやかに、しかも魔獣に対して敬語を使うその態度にデイジーが驚いた顔でオリバーを見ている。
国内で活躍する魔獣は数多く存在しているが、未だに偏見の目で見られることがある。たとえ人型になれたとしても所詮は獣だと蔑まされ、差別されることなど珍しくもない話だ。
それは多くの魔獣達と共に暮らすデイジーにとって心を痛める事柄だった。
(あぁ、デイジー。そんなことくらいで喜ばないで。僕の心配が増すじゃないか)
デイジーを笑顔にした騎士に対し、ジャックは早くも「危険人物」という判定を下した。
嫌な予感がしたのだ。分かりやすい優しさと大人の余裕、偏見も持たずに魔獣に接する様子は魅力的に映るだろう。
そんな男が毎月屋敷にやってきて、朝食を共にすることになる。それは、もの凄くまずいと思った。
社交界デビューをしていないデイジーは、卒業してから恋愛対象となるような人物と出会う機会がほぼ無かった。だからこそ、比較対象は通り過ぎた思い出の中の同級生しかいない。
くだらない嫌がらせをするような元同級生と、王子の護衛騎士として働く青年を比べるなど馬鹿馬鹿しい話だ。
そして、嫌な予感とはだいたいが当たるもので、この危険人物はとにかくデイジーの気を引くのが上手かった。
例えば、手土産の選び方一つにしても然り。
長くブレア家に通っていた副団長は、朝食のお礼だと言って王都で人気の菓子を持ってくることがあった。それは魔法薬を受け取る仕事を引き継いだオリバーも同じだった。
しかし、その手土産は菓子ではない。
最初の来訪時に持ってきたのはボスウェリアの精油だった。オリバーは南方出身らしく、隣接するアランカール王国からの輸入品が手に入りやすいのだと言う。
「実は、以前頂いた傷薬がもう残り僅かでして。出来れば今度は購入させてもらえないかと思い材料をお持ちしたのですが、どうでしょう?お手すきの時に作っていただくことは可能でしょうか」
「ええ、もちろんです」
「良かった!とても使用感が良くて気に入ってたんですが、同じような薬は見当たらなくて。やはりデイジー譲に直接お願いしようと、ボスウェリアを取り寄せた甲斐がありました」
「気に入っていただけて、私も嬉しいです。ぜひ作らせて下さい」
頬を赤らめて返事をするデイジーに、思わず息を呑む。
確かにボスウェリアの精油は貴重だが、喜んだのは手に入りにくい精油を貰ったからではない。自分の薬を気に入ったからまた作ってほしいと言われたことが嬉しかったのだ。
普段仕事として作っている魔法薬は国から発注されたものであり、種類や量は決まっている。そんな中、自分だけの魔法薬も作りたいと試行錯誤して仕上げたものがボスウェリアの傷薬だった。
傷薬は試供品として幾つかの診療所に置いて貰ったのだが、若すぎる魔女が新たに作ったものに注文は入らなかった。確認は出来ないが、そもそも試供品すら使われていないかもしれない。
デイジーはそのことについて特に何も言わないが、気にならないはずはない。通常の仕事を終えてから、様々な材料を試し、容器にもこだわり作り上げた傷薬だ。
そんな傷薬の良さを他者に分かって貰えて良かったとは思う。
(良かったよ。念願の個人注文が入ったわけだし。……だけどさ、うっかり惚れたりしないよね?)
その後もオリバーは様々なものを持ってきた。南国のドライフルーツやスパイス、色とりどりの貝殻や、青いガラス瓶。それらは全て輸入品であり、王都でも取り扱う店は少ないだろう。
あまりにも気を使った品選びに、最初はデイジーに気があるのではないかと疑った。見た目は幼いが、デイジーの顔は可愛らしい部類に入る。年齢差も六歳であれば、そんなに珍しい組み合わせではない。
しかし、王城には数えきれない程の人間が働いているし、舞踏会に参加したならば見目麗しき騎士様なんて黙っていてもご令嬢達に囲まれるはずだ。
それなのにデイジーを選ぶだろうか?
幼い見た目が好みなのか?
魔女だからか?
けれど、オリバーが仕事以外でブレア家を訪れることはなく、デイジーを見る瞳にも恋情らしきものが宿ることはなかった。
いつでも愛想を振り撒いているが、特別なことではないんだろう。そう結論付けた時、副団長がオリバーのことを「爽やかな笑顔はただの習慣だ」と言っていたことを思い出した。
(余計な心配だったかな。デイジーがどう思おうと相手にされないなら問題ない)
そして、森の木々が赤や黄色に色づき、大きく丸い葉を持つ落葉樹がはらはらと落ちる頃には安心してオリバーを迎えることが出来るようになった。
それなのに、それなのに!




