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【閑話】幸運を呼ぶハンカチ

 王城の壁に数多く配置された窓は細長い。そのため差し込んだ西陽は長く伸び、廊下の最奥にある重厚な扉の前まで床を朱く染めていた。


「オリバー・フロストです。ご所望の品をお届けに参りました」

「入りなさい」


 部屋の中から上司の声がしたため、オリバーは扉を押し開けて入室し頭を下げた。

 大きな執務机に座り、眉間にシワを寄せて羽根ペンを動かしていたエドワード王子が顔を上げた。斜め前にはオリバーが所属する近衛騎士隊の隊長が立っている。


 彼は侯爵家の次男であり、名をサイラス・フォードと言う。鍛えぬかれた体躯は逞しく騎士団の中でも一際大きい。顔立ちも精悍だが貴族特有の線の細さはなく、太い眉と彫りの深い顔立ちのため威圧感があった。

 常に行動を共にしている王子は中性的な顔立ちをしているため、二人が並ぶとかなり対照的な絵面になる。

 彼は長年エドワード王子を守っていたが、近々その役目をオリバーに譲り、団員の指導育成に専念することが決まったばかりだ。


「せっかくの休日に買い物を頼んで悪かったね。しかも入りにくい店なんだろう?」


 王子は手元に広がる書類を片付け、オリバーに労いの言葉をかけた。

 その言葉で、オリバーの脳裏に昼間訪れた店の様子が思い浮かんだ。

 街で人気の服飾店【花園】は女性向けの商品を扱う店であり、店内は可愛らしさを重視した内装となっている。男性が一人で入るには敷居が高かった。

 実際、オリバーも店に入った瞬間息を飲み足が止まったのだが、店主と早々に目が合ったため愛想笑いで乗り切った。


「いえ、確かに内装が独特でしたが幸いすぐに目当ての品を見つけられましたので大丈夫でした。どうぞお気になさらず。――そして、こちらが噂のハンカチになります」


 王子は差し出された小さな紙袋からハンカチを取り出すと、しげしげと観察した。


「うーん、これが『幸運を呼ぶハンカチ』か。特別な魔法でもかかっているのか?」


 白い生地に青い小鳥が刺繍され、繊細なレースで縁取りされたハンカチはいかにも若い女性が好みそうなデザインだが、特別変わったところは見当たらない。

 王子は隊長にハンカチを手渡して意見を求めた。


「いえ、魔法はかけられていませんね」


 魔力を持たない王子に代わり、魔力が込められていないかどうか彼が確認したのだ。隊長はオリバーよりも魔力感知能力が高く、微量であっても正確に判断することが出来る。


「そうか、じゃあなんで人気なんだろうな」


 素朴な疑問を口にした王子に対し、隊長がハンカチを紙袋に戻しながら返答する。


「幸せだと感じる事柄は人其々で基準がありません。元々青い鳥のモチーフは縁起が良く人気がありますから、ハンカチを購入した女性は数多くいたはずです。

 縁起の良いものを手にした後、欲しかった品を贈られたとか、恋人が出来たとか、ささやかながらも幸運だと思える出来事があれば、それらは全てハンカチのおかげだと勘違いする方も一定数いらっしゃったでしょう。

 まあ、噂によると縁談が決まったという話もありましたが、結婚したら案外期待外れのお相手かもしれませんから、良し悪しは時が経たねば判断出来ません。

 それでも幸運を呼ぶなどとの噂が立てば試してみたくなるのが世の常でしょう。私には理解出来ませんが、験担ぎには丁度いいかもしれませんね」


 つらつらと述べる隊長は今年三十歳。男性だということを差し引いても婚期が遅れている。


「――サイラス、そういうことを婚約者の前では絶対に言わない方がいい。確実に嫌われるから。真面目なのはいいんだが、あまりにも夢のない物言いに眉をしかめられる未来が見える」


 王子に呆れたように言われた隊長は、ハッとして一瞬口を閉じた。

 彼には親が決めた婚約者がいる。しかし、婚約しただけで具体的な結婚の日取りは決まっていない。


「エドワード殿下、不吉な予言をするのはお止め下さい。私は、これ以上彼女に嫌われたくありません」

「なんだ。既に嫌われていたか」

「殿下、追い討ちをかけるのもお止め下さい」


 二人の会話に思わず笑いそうになったオリバーは奥歯を噛みしめ、なんとか踏みとどまる。


 サイラスは堅物すぎて女性受けが悪く、親が決めた婚約者に逃げられること二回。三人目の婚約者にまで逃げられたら「次は無いと思え」と両親から釘をさされているという。


「まあ、確かに偶然の出来事もあると思いますが幸運を呼ぶというのは存外本当かもしれませんよ。実は今日、ハンカチを買った後で私にも貴重な出会いがありましたから」


 オリバーの言葉に王子は僅かに眉を上げた。


「貴重?誰と会ったんだ?」

「なんと今年のデビュタント舞踏会(ボール)で噂になっていた魔女のお嬢さんです」

「ブレア家の?」

「はい。エドワード殿下の妃候補に挙がっているデイジー・ブレア嬢です」

「それは凄いな。私でさえ会えていないのに」

「ブレア伯爵が溺愛していて表に出さないとの噂もありますね」

「ああ、それは真実だろうな。父上が茶会の招待状も送ったが良い返事が来ないとかでブツブツ文句を言っておられた」

「国王陛下からの招待を無下にするとは随分豪胆ですね」


 国王からの誘いを断るなど不敬極まりない。処罰されても文句は言えない行いだ。


「ブレア伯爵は父上の古い友人らしいから、多少大目に見ているところはあるな。とはいえ、いつまでも娘を隠しておくわけにもいかないだろうが」

「小柄で可愛らしいお嬢さんでしたから、まだお嫁に出したくないんでしょう」

「そうか、可愛いのか――で、オリバーは何か話したのか?」

「はい。次の舞踏会にはぜひ参加して下さいとお誘いしておきました」

「そうか。そうだな。どのみち社交界への参加は逃れられないのだから早めに慣れた方がいいだろう」


 王子は視線を下げ、ハンカチがしまわれた紙袋を再び手に取るとサイラスに差し出した。


「サイラス、これはお前の為に用意したものだ。近々婚約者どのと会うんだろう?たまには女性が喜びそうな品を贈ることも大切だ。人気の品だから会話のきっかけにもなるだろう」


 サイラスは目を見開き、大きな掌で恭しく紙袋を受けとると深々と頭を下げて感謝の気持ちを述べた。


「――あ、ありがとうございます!」

「サイラスにもハンカチの幸運が訪れるといいな」


 王子もオリバーも女性との会話に苦悩していた彼の縁談が上手くいくよう願っていた。

ジャックがアイザック(デイジーの兄)に頼まれ、【花園】で買ったハンカチはこれと同じものです。

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