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ジャックの仕業

 デイジーの前に立ったジャックは笑顔で鞄を差し出した。その瞳は期待に満ちており、キラキラと輝いている。


「はい、どうぞ。鞄は無傷だから安心して」

「ジャック、ありがとう。大切な鞄を取り戻してくれて。怪我はしてない?迷惑かけてごめんね」


 デイジーは鞄を受け取りながら差し出されたジャックの手に傷がないか、衣服に破れた箇所がないか素早く確認する。

 ジャックは手を握られたままじっと動かず、上下左右に動く主の視線の全てを受け止める。心から感謝され、心配されることは何度味わっても気分が良いものだ。そんな思いがジャックの口元を緩ませる。


「大丈夫。もちろん僕も無傷だよ」


 しかし、その声は掠れており語尾が聞き取りにくい。んんっと声を漏らすと喉の奥からケホっと咳が出た。


「喉が痛いの?大丈夫?」

「ああ、うん。少し埃っぽい場所にいたから喉が変なんだ。でもたいしたことないから大丈夫だよ」

「そう?水で口をすすいだ方がいいんじゃない?」

「うん。そうするよ」


 心配そうな顔をするデイジーの背後から、すっとマシューが前に出た。


「私が喉の具合を見ましょう」


 優しい言葉とは裏腹にマシューの表情は固い。


「あ、本当にたいしたことないから大丈、うげっ」


 マシューは乱暴にジャックの顎を掴んで上向きにすると、更に力を込めて口を開かせたため呻き声が漏れた。


「なるほど。確かに少しばかり腫れているようだ」


 細めた目は冷たく、いつも穏やかなマシューとは違い静かな怒りを感じる。顎を押さえる指先には必要以上の力が込められ、喉の確認を終えても弛められることがなかった。


「ちょっとぉ、いたいんだぁへど」


 ジャックは顎を押さえられたまま苦情を述べるが、怒れるマシューの表情に動揺している様子はない。


「とりあえず説教は後にしよう。まずは状況を説明しなさい。手に持っているのは足輪か?」


 マシューが押さえ込んだ顎からパッと手を離すと、ジャックは身を引いて距離を取った。


「そう。アランカールの足輪」

「アランカール?じゃあ、その少年は」

盗人(ぬすびと)にこき使われていた奴隷」


 ジャックは後ろを振り返りながら答えた。


「えっ」


 デイジーは驚きの声を漏らし、ジャックが握っている黒ずんだ金属の輪と少年をまじまじと見つめた。


 この国に奴隷制度はなく、他国から買い入れることも禁じている。だからこそ王都の街中を奴隷が歩いているなどとは誰も思わない。

 歴史の授業で、南に隣接する国「アランカール」では未だに奴隷制度があり、黒い足輪を嵌められ労働を強いられている人々がいることを知った。だが、話に聞くのと実際に目にするのでは全く違う。

 アランカールの国民は、南国らしく日に焼けた褐色の肌をしており、目鼻立ちがハッキリとしている。髪も濃い色味が多く、金色や銀色の者はいない。

 しかし、少年の肌は白く髪色は明るい薄茶色だ。目が大きく鼻は丸いが、あまりアランカール国民らしくない容姿をしている。おそらく混血なんだろうと思われる。


「保護施設に入れたいと思って連れてきたんだ。マシューなら施設長と知り合いだから、上手くやれるよね?」

「――ジャック、それは私の一存では決められない。他国民の子供を我が国の施設に入れるというのは簡単ではないんだ。たとえ奴隷だということを差し引いても難しい」

「分かってる。でも出来ないとは言いきれないよね?」

「ああ、出来ないとは言わない。けれど、可能性は限りなくゼロに近いだろう」


 マシューの言葉にジャックは視線を下げ、足輪を握る手にぎゅっと力を込めた。長い睫毛が伏せられ、金色の瞳に影を落とす。

 気落ちしている様子のジャックに、デイジーはそっと手を伸ばした。二の腕に触れ、その先にある黒ずんだ足輪を見る。

 それは真っ二つに割れており、断面が露出していため分厚く重い鉄で出来ていることが分かる。


(あんな物が子供の足に……)


 奴隷の少年は身長の割に細い。袖口から見える手首も折れそうなほどに細く、肩周りも身体の厚みを感じさせないほど華奢だ。まともな食事を取っているとは思えない。


(何か私にも出来ることがあるかな)


 無理を承知の上で連れてきたならば、自分もジャックの気持ちを汲み取りたい。デイジーは顔を上げ、背の高いマシューと視線を合わせる。


「マシュー、一応お父様に相談してみない?」

「お嬢様……この少年を屋敷に連れて帰るつもりですか?」

「子供を一人ぼっちにすることなんて出来ないわ。安全のために保護しないと」

「この少年は奴隷ですから主の元に戻すのが正解です」

「え?まさか、この子を盗人の元に連れていくの?!」

「いいえ、王都警備隊詰所に連れていき判断を委ねます。他国の奴隷を領地に連れ帰るわけには参りませんからね」

「でも……まだ子供よ」

「ですが、奴隷です。誘拐されてこの国に連れてこられた被害者ではありません。アランカールでは違法ではなく、奴隷は購入者の所有物として認められているのです」


 デイジーとマシューのやり取りを黙って聞いていたジャックは、項垂れていた頭を上げた。


「じゃあ、奴隷の証拠を消せばいいよね?」


 その声に沈んだ様子は一切なく、むしろ嬉々としている。


(ん?)


 頭に疑問符が浮かんだデイジーは、ジャックに二の腕を掴まれ後ろに押された。


「危ないから少し離れてて」


 忠告の言葉を発すると、(まばた)きを一つ。金色の瞳が太陽の光を浴びた硝子のように煌めいた。

 ジャックの手元から白い煙が立ち上がる。握られた金属の足輪は暗赤色になり、徐々に輝黄色に変わった。色は更に変化を続け黄白色となった鉄は形を失い、どろりと足元に落ちた。石畳の上でジュッと音を立てた鉄は、小さく平たい塊となった。


「マシュー、足輪なんて元々無かったということでいいんじゃない?」


 満面の笑みでそう(のたま)ったジャックは、即座に先輩魔獣からゲンコツを喰らう。


「いいわけないだろ」


マシューの眉間の皺がより一層深くなった。

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