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芽吹きの魔女

「あの巨大な花の下で、ジャックの魔力の気配がします。犯人を捕まえたんでしょう。人型で歩いて来るとしても、そう時間はかからず戻ってくると思いますよ」

「良かった」


 デイジーは魔力感知能力が低いため、離れた場所で魔力が使われたかどうかの確認は出来ない。しかし、マシューがジャックの魔力だというのであれば間違いないだろう。

 デイジーは胸に手を当て、安堵の息をつく。


「あれが『芽吹きの魔女』の花……圧倒されますね。美しく大胆な魔法で」


 青年の声に振り返ったデイジーは、少し困った顔で返答する。


「母の趣味なんです。なんでも大きく育てるのが」

「面白い方なんですね。お屋敷にもあのような物があるのでしょうか?」

「ええ。温室を埋め尽くすくらいに」

「それはぜひ一度拝見させていただきたいものです」

「植物にご興味が?」

「そうですね。植物にも興味があります」


(植物にも?にもって、他にどんな興味が?)


 不思議そうな顔をしたデイジーを見て、青年騎士はふっと笑った。緩んだ目元は優しく整った顔立ちがより一層輝いて見える。


「ブレア家の方々は個性的な方が多いと友人が言っていたのを思い出しました。時間があればいろいろお話を伺いたいところですが、鞄が戻り次第納品に向かうとのことですからお忙しいでしょう。私はこれにて失礼致します。どうか今後とも街歩きにはご注意下さい」


 一礼し、立ち去ろうする青年をデイジーは慌てて呼び止める。


「お待ちください、騎士様!何かお礼をしたいのですが」


 わざわざ重い荷物を運んでもらったのだから、何か渡したい。けれど何を?明らかに年下の自分がお金を渡すのもおかしな話だし、今渡せるもので何か価値のあるものは?

 デイジーが直ぐさま思い付いたものは馬車に常備しているものだった。


「マシュー、馬車から救急箱を出してくれる?」

「はい、承知致しました。騎士様も少々お待ちくださいませ」


 青年は、なぜ救急箱を持ち出すのか検討もつかなかったが言われるままに足を止めた。

 馬車から持ち出した箱には幾つかの小瓶が収まっていたが、デイジーが取り出したのは丸く平たい容器だった。


「助けて頂いたお礼にこちらをどうぞ」


 デイジーは笑顔で手渡した。


「これは?」

「私が作った傷薬です」


 掌よりも小さな陶器の蓋には家紋と名前を組み合わせた魔法印が刻まれている。魔法薬は調剤したのが誰なのか一目で分かるように必ず示さねばならない規約があるのだ。


「開けてみてもよろしいですか?」

「はい。通常のものとは全く違う香りがしますので、ぜひお試しください」


 そっと蓋を開けると中には乳白色のクリームが詰まっていた。顔を近付ければ、果物のような甘さとスパイスを混ぜたような奥深い香りを感じられる。


「傷薬とは思えないほど良い香りですね」

「ボスウェリアの精油を手に入れることが出来まして、このような香りを持たせることが可能になりました。この傷薬はちょうど昨日仕上げたものなのですが、騎士様であればお仕事や訓練などで擦り傷など出来ることもおありでしょう。よろしければお使い下さい。ここ最近作ったものの中では一番の自信作なんです」

「ボスウェリア?それはかなり貴重品ですよね?いくらなんでも木箱一つ運んだだけで頂くことなど出来ませんよ。お気持ちだけで十分です」


 デイジーは、青年がボスウェリアの名前を知っていることに驚いた。ボスウェリアとは気温の高い地域でしか育たない樹木で、樹液に皮膚再生や抗炎症の作用があるだけでなく香りの良さから香水の材料にも使われる素晴らしい素材だ。

 しかし、この国の気候では育てることが出来ず輸入しなければ手に入らない。そのため、ボスウェリアの精油は貴重であり金と同等の価値があった。

 もちろん傷薬を作る度、大量に投入するわけではない。通常のものより高額になるが、買い手がつかないほどの値段では作る意味がなくなってしまう。魔法を使って精油の効能を高めるためクリーム一個あたりに使用するのは数滴だ。


「いえ、これは売り物ではなく試作品ですから、どうぞ遠慮なく。あ、もちろん試作品といえども安全性と効果のほどは確認済みですよ」


 魔法薬を手渡す際には、出来るだけ自信満々な態度にしなさいと母から教わっている。母曰く「不安げな顔をした魔女の薬ほど恐ろしいものはないわよ。私だったら絶対に使わないわ」とのことだ。

 言われてみれば確かにその通りで、デイジーは今も母の言い付けを守っている。


「では、せっかくのご厚意なので有り難く頂戴致します。大切に使わせてもらいますね」


 青年は小さな容器をポケットに入れ、爽やかな笑顔を残して立ち去った。






 その後、幾ばくかの時間が過ぎ、ジャックが戻って来た。


「デイジー!遅くなってごめん!」


 大通りの向こう側から掠れた声を上げ、走り寄ってきたジャックの手には赤茶色の鞄と金属の輪が握られている。そして、背後にはおどおどとした様子の少年が付いてきていた。

 服装は街で見かける平民のものだが、髪は乾燥して艶がなく櫛が通りそうもないほど絡まっている。視線も定まらず、デイジーやマシューをちらりと見たが直ぐさま足元を見たり、ジャックの背中を見たりと忙しない。明らかに普通の少年ではない。


「これはまた注意すべきことが増えたようですね」


 隣に立つマシューの声がいつもより低く、眉間には深いシワが寄っている。


(ジャック……どこから連れてきたのよ)

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