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王城へ

 エドワード殿下の仕事は早かった。王子と契約を結んでから三日後には受け入れの準備が整ったという手紙と共に迎えの馬車がやってきた。


「デイジー、お城には悪い大人がたくさんいるから騙されないように気を付けるんだぞ。もし、何かされたならこの薬をそいつの顔に向かって投げつけるといい。すぐに瞼が腫れて何も見えなくなるから、その間に逃げるんだよ」

「あなた、変なものを娘に渡すのはやめて下さい。デイジーなら大丈夫ですよ。こんなに小さくて可愛いらしいんですもの、危害を加えられる人なんていませんわ。皆に愛されるに決まっています」


 家を出発する際、両親からかけられた言葉には色々言いたい気持ちになったがグッと堪えて「せっかくの機会ですから、諸々ひっくるめて勉強させてもらいます」と返答すれば、二人は(まなじり)に涙を浮かべて「デイジー!」と叫んで抱きついてきた。

 そんな様子を呆れた顔で兄が見ていた。


「デイジー、どうしてお前が王女様付きの侍女に指名されたのか未だに謎なんだけど、選ばれたからにはしっかり働いてこいよ。ああ、それから城で俺を見かけても絶対に話しかけるな」

「お兄様、どうしてそんなことを言うの?」

「―――――お前に関わるとろくなことがないからだ。絶対に俺を巻き込むな。城では他人だ、分かったな!?」

「お兄様、冷たいわ。かわいい妹が慣れない場所で困っていたら助けましょうよ」

「嫌だ。自分でどうにかしろ」


 アイザックの顔立ちはデイジーとあまり似ていない。父親ゆずりの切れ長な目元に細い顎、そのうえ愛想もなく近寄りがたい雰囲気で、同じなのは髪と瞳の色だけだ。

 現在、兄が妹に冷たいのには理由がある。子供の頃、デイジーのせいで泥まみれになったり川に落ちた。またある時は、木の上から落ちてきた妹の下敷きになり気絶したこともある。そうしてアイザックは悟った。とにかく妹に近づかないようにしようと。

 しかし、そんな冷たい態度を取られてもデイジーは兄が大好きだ。口では嫌がっているものの何かあれば必ず手を貸してくれる優しい兄だと知っているのだから嫌いになるはずがない。

 アイザックは城内にある薬学研究所に勤務している。城に行けば、すれ違うことくらいはあるだろう。王子がブレア家を来訪した日も、兄は休日返上で働いていた。

 同日、両親の方は手紙によって執務室に呼び出され、魔法薬を飲んだ偽物王子ことオリバーから、デイジーを侍女にしたいと打診されていた。もちろん王子からの依頼を断ることなど出来ず、心配しながらも娘を送り出すこととなったのだが、デイジーは両親から城でのことを聞いた時には驚いた。


(王女様の代理を引き受けるかどうか私が返事をする前に外堀は埋められていたってこと?)


 エドワード殿下はふわりとした笑顔の印象から柔和な人柄だと思っていた。しかし、行動が印象とはちぐはぐで何だか先行きが怪しい。憧れのオリバー様に少しでも近づきたいと引き受けた依頼だが、早まったかもしれない。けれど今まで通り、月に一度魔法薬を渡すだけの関係に物足りなさを感じていたのも事実。デイジーは多少の不安はあるものの、変化を求めて一歩踏み出そうという気持ちでいた。


 家族に見送られながら僅かな荷物を馭者に手渡し、デイジーは使い魔ジャックと共に馬車に乗り込んだ。

 自宅を長く離れるのは彼女にとって初めての事であり、緊張しているのか広く柔らかな座席だというのに右側に座ったり、左側に座ったり、そわそわと落ち着かない。

 しばらくそんな様子を眺めていたジャックだが、とうとう苦情を述べた。


「デイジー、いい加減落ち着きなよ。見てるだけで僕が疲れる」

「ごめんね、ジャック。でも今から緊張してきちゃって」

「面倒くさい仕事を安請け合いしたデイジーが悪いんだよ。今更どうにもならないんだから、覚悟を決めて落ち着きなよ」

「分かってるわ、でも出来ないの。っていうかジャックはどうしていつも通りなの?お城だよ?ドキドキしないの?」

「は?何にドキドキするのさ。僕は何も頼まれてないし、ただ寝る場所が変わるだけのことだよ。ああ、でも美味しい物が食べられたらいいなとは思ってる」

「なんて呑気な………じゃあ王女様はどんな方か気にならない?エドワード殿下は極度の人見知りで使用人の数も最小限にしてるっておっしゃってたでしょう?」

「うーん、特に興味ないな。まあ、そんな訳だから僕は寝るよ。お城に着いたら起こして」

「えぇぇ?」


 眉を寄せて不満げなデイジーを横目に、ジャックはしれっと彼女の膝上で丸くなり目を閉じた。


「ジャック、意外と重いんだから座席の上で寝てよ」


 ぼそりと呟かれた言葉を無視して、ジャックは動かない。しばらくするとガタガタ揺れる馬車の音に黒猫の寝息も混じった。


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