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魔道具の鞄

 城内の長い廊下を歩きながら、オリバーは隣を歩くデイジーに言った。


「その鞄、だいぶ艶が出てきたね」

「あっ、はい。大事な物なので艶出しオイルを小まめに塗り込んでいるんです」


 デイジーは手持ちの四角い鞄を見ながら答える。

 その鞄の中には魔法薬【(ミラー)】が入っている。毎月王室に納めているものとは別に舞踏会用と練習用、そして予備分を含めた三本を屋敷から持ってきていた。


「手入れの仕方が丁寧なんだね。前に見た時よりも深みが増してる」

「そ、そう言ってもらえて、とても嬉しいです」


 優しい微笑みとともにかけられた言葉に、デイジーの心音は忙しくなる。登城した時と違い、今はオリバーの後ろではなく隣を歩いていた。そのせいで妙な緊張感があり、言葉はどもるし、あせった気持ちが足に伝わり思わず早歩きになってしまう。

 しかし、隣の騎士様は重たく大きな姿見を抱えているために少し歩きにくそうだ。デイジーはひっそりと息を吸い込んだ後、オリバーの歩みに合わせて歩幅を調節した。

 彼に運んでもらっているのは先ほどのダンスレッスンで使用した姿見だ。

 ダンス終了後、続けて王女の魔力制御練習を行うこととなり、ジャックとクロエは部屋に残った。そして、本来ならば王子と共に執務室に戻るはずのオリバーは、荷物持ちとしてデイジーに貸し出された。

 魔力制御に関して自分が出来ることなどなく、手持ち無沙汰となったデイジーは衣装部屋から持ち出した姿見を片付けてしまうことにした。

 しかし、立派な木枠に嵌められた鏡は重く、小柄なデイジーが気合いを入れて持ち上げると足元がふらついてしまった。その危なげな様子を見た王子が「オリバー、私は先に執務室に戻るから鏡を運んできてくれ」と指示を出したため、現在彼は荷物持ちとしての役目を果たしている。

 では、広間に持ち込んだ時はどうしたのか。運び入れたのは使い魔のジャックだ。魔獣は大概力が強く、細身であろうが小柄であろうが重い荷物を軽々と運ぶことができる。見かけで能力を判断してはいけないのだ。しかし、魔獣と接する機会があるのは限られた人々であり、多くの人々は人型魔獣を見るとつい普通の人間のように扱ってしまう。

 特にジャックのように少年の容姿をしていれば尚更のこと甘く見られる。魔獣同士であるならば、出会った瞬間に力の差を感じ取り身を固くするというのに、全く危機感のない人々が怒りを買い事件が起きることがある。

 もちろん、使い魔として働く魔獣達には養成所所長のイザベラから手渡されたピンバッジがあるため、魔力を暴走させることはない。とはいえ、乱闘にまでもつれ込んでしまえば、かすり傷では済まされない。魔獣が目立つ場所にピンバッジをつけているのは、人間側からも認識出来るようにするためだ。

 しかし、残念ながらまだまだ認知度が低くトラブルを未然に防ぐ役割を十分に果たしていない。魔獣達を律し、人々には注意喚起を促すことで双方が同じ場所で平和に暮らせるようにしたいとイザベラは長年奔走しているが、現実はなかなかに厳しいのだった。

 魔獣絡みの事件は大小あれど事件の発端は似たり寄ったりだ。ある時、協力を求めにやって来た警史から事件のあらましを聞いたイザベラはこう答えた。


「魔獣は警戒心が強く、信頼を得るのは難しいです。けれど、一度心を許した者に対して危害を加えるような相手が現れた場合、徹底的に痛め付けようとしますから注意しなければなりません」


 その言葉通り、ジャックも事件を起こしたことがある。






 魔法学園を卒業したデイジーは家業である魔法薬作りを仕事とした。母親の指導のもと、調薬だけでなく取引先とのやり取りや帳簿の付け方等、一人で全てをこなせるように多くの事を学んだ。

 そして、成人と認められる十六歳の誕生日を過ぎたある日、初めて王都にある診療所へ納品する仕事を頼まれた。

 領内にある診療所には幾度も納品しているが、王都へ母を伴わず納品したことはない。それは主に治安の問題が大きい。幼い容姿のデイジーとジャックが貴重品である魔法薬を持って歩くのは心許なかったのだ。しかし、容姿を理由にいつまでも母親が付き添っていては一人立ち出来ない。成人したことで区切りを付け、やっとデイジー本人に全てを任せることにした。


「デイジー、仕事の時はこの鞄を使いなさい」


 父ジョセフが誕生日プレゼントに選んだ品は、赤茶色の革で作られた四角い鞄だった。瓶を立てたまま運べるようにマチ幅が広い仕様となっており、開閉部の留め具は赤銅色をしている。形は素っ気ないが、持ち手には鞄と同じ革で作られた名札が下がっており、そこにはデイジーの名前だけでなくブレア家の家紋と一輪の花が刻まれていた。

 仕事用の鞄というものは大抵男性が使うことを前提に作られているため、大きく無骨な品が多い。しかし、デイジーの鞄は明るい色味で小ぶりなサイズ、名札の刻印にも女性らしさが加えられていた。それらの仕様は母リリーが職人に提案したことだ。


「家紋だけだと味気ないでしょう?だから、あなたの名前にちなんでデイジーの花を打刻したの。可愛らしさも大切よね。もちろん、見た目だけでなく使い勝手もいいように大きさや素材も吟味したわ。持ち手を握ってみてごらんなさい」


 デイジーは初めて手にする自分だけの仕事道具に口元がほころぶ。


「とても素敵だし、持ちやすいです」

「良かった!仕事用の鞄だから安心して魔法薬が運べるように、私が強固な盗難防止魔法もかけておいたのよ。さあ、登録しましょう」


 リリーはデイジーの手を取り、留め具の上に乗せた。促されるままデイジーが親指を押し付けると留め具の色が赤銅色から銀色に変化した。

 両親が用意したのは持ち主の指紋を登録すれば本人以外が鞄を開けることが出来なくなる魔道具の鞄だった。

 デイジーは鞄を胸に抱きしめ、感謝の言葉を口にする。


「お父様、お母様、ありがとう!大切に使います」


 そうして受け取った鞄が、まさか記念すべき一人立ちの日に早速役に立つことになろうとはこの時、全く予想出来なかった。


 その日、デイジーは人型となったジャックを伴い馬車に乗って王都に向かっていた。馭者は父の使い魔であるマシューが務めている。彼の本来の姿はふさふさとした毛並みを持つ大型犬なのだが、今は青年の姿で窮屈そうに馭者台に座っていた。人型になっても標準より大きくがっしりとした体躯、ミルクティーのように淡く長い髪は本来の姿の特徴を残している。彼は寡黙だが優しい性格でジャックがブレア家に来るまで、デイジーの護衛兼家庭教師を務めていた。ブレア家では一番長く一緒にいる魔獣であったため、心配性の父ジョセフが娘のために本日の馭者に任命したのだ。


「なんか、今日は随分静かだね。もしかして緊張してる?」


 のほほんとした声でジャックが問えば、窓の外を見ていたデイジーが車内に視線を戻した。


「少しね」


 デイジーにとって通い慣れた王都への道ではあるが、師である母親がいないことでいつも通りおしゃべりをしながら時間を過ごせるほど心にゆとりがなく、いたって静かな道中だった。

 そのため馬車が予定通り診療所近くに止まった際には少しほっとして気も緩んだ。それは顔にも出ていたようで、馬車から下りる時に手を貸してくれたマシューの口元は笑わないように引き結ばれていた。


(見透かされてるわ)


 あえて言葉にはしないものの表情からデイジーの心の内を把握している様子だ。

 マシューは「私は待機所にてお待ちしております。どうぞ、お気を付けていってらしゃいませ」とだけ言い軽く頭を下げると再び馭者台に上がった。


「行きましょう」


 動き出した馬車を背に、デイジーは赤茶色の鞄を片手に歩き出し、ジャックは木箱を一つ持って付き従う。診療所は大通りから一本裏手にあるため、馬車を横付けすることが出来ず荷物は自ら運ぶしかない。

 昼下がりの街を行き交う人々は身なりの良い者が多く、王都の生活水準が他の地域に比べて高いことを肌で感じられる。大通りに面した建物は軒並み立派で富裕層を顧客とする店舗が多い。この場所は街の中心部であり国内で最も栄えている街だ。

 森で暮らしている二人だが、服装だけならば上等な紺色のドレスを着たデイジーと、純白のシャツを着たジャックは裕福そうであり街に馴染んでいる。

 しかし、大人を伴わず未成年二人が歩いているように見えるため、幾人かが振り返って二度見した上に何か囁いているようだ。


「私達、目立ってるわよね……」

「まあ、予想通りだけど」


 デイジーが斜め後ろを歩くジャックに小声で問えば、素っ気ない言葉が返された。それに対しデイジーが口を開こうとした時、近くで誰かが「わっ!」という叫び声を上げた。

 思わずビクッとしたデイジーは、ジャックに二の腕を掴まれ引き寄せられた。


「ぶつかるよ!」

「あっ、ごめんなさい」


 前方を歩いていた大柄な紳士が急に立ち止まったため、うっかり激突してしまうところだったのだ。しかも足元にはジャガイモが道にバラバラと転がっている。どうやら近くを歩いていた少年が転んで、抱えていた麻袋を落としてしまったらしい。目の前の紳士を含め、周りの人々がジャガイモを避けたり、拾ったりしている。


(わっ、すごい数!)


 石畳に散らばるジャガイモの中心では「申し訳ございませんっ!!」と大声で謝りながら、少年が落としたジャガイモを慌てて麻袋に詰め込んでいる。麻袋は大きくジャガイモの数は大量だった。

 デイジーの足元にも複数のジャガイモがコロコロと転がってきたため、一つ、二つと手に取るが数が多く拾いきれない。仕方なく鞄を足元に置いて両手で拾う。


「はい、どうぞ」


 十歳くらいの少年に集めたジャガイモを手渡すと、「すみません、有り難うございます」と申し訳なさそうにお礼を言われた。


「どういたしまして」


 少年が麻袋に受け取ったジャガイモをしまい、別の人にも声をかけられ、再びお礼を言う様子を見てから視線を足元に落とし、気が付いた。


「あっ!」


 あるはずの鞄が無い。一気に血の気が引いた。鞄も中に入れてある魔法薬も大切なものだ。

 デイジーの声に道の真ん中まで転がったジャガイモを木箱片手に拾っていたジャックが反応した。急いで全てのジャガイモを少年に渡し、木箱を道の片隅に置くと人混みを凝視したまま「デイジーは馬車に戻ってて」と言い残し走り出した。

 雑踏の中でジャックの背中が消え、人々の足元をすり抜けるように走る黒猫の姿が見えた。

 取り残されたデイジーは焦りと不安で青ざめる。

 盗まれた鞄も心配だが、鞄にかけられた盗難防止魔法が発動することの方が更に心配だった。


(どうしよう!お母様の魔法は強力なのに!)

なかなか書きたいことがまとまらなくて前回の投稿かからだいぶ時間が空いてしまいました。物語は後半に入ってます。

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