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侍女デイジー

「ロザンヌがデイジーで、デイジーがロザンヌ?――――これは頭の中が混乱するな」


 王子は変身した二人を交互に見て唸った。


「人は見えるものに影響を受けやすいですからね」

「確かに」


 オリバーの言葉に王子は深く頷いた。

 そしてこの頃になって、やっとぼんやりとしていたクロエが我に返った。慌てて水差しに手を伸ばし、グラスに注いで王女に手渡すのだが、まだ目の前で起きたことが信じられないといった様子だ。

 一方、鏡に映る自分の姿に満足げな王女は、渡されたグラスの水を一口飲んで兄王子に言った。


「お兄様、まずはわたくしの歩き方を見てもらえるかしら?」

「ん?ああ、もちろん確認しよう」


 兄王子の返答を聞いて、ロザンヌ扮する【デイジー】は窓際に向かって歩き出した。その一歩は歩幅がいつもより大きく足の運びが速い。姿勢は良いが勢いがあり過ぎて、令嬢というより年若い令息のようだ。


「どうかしら?デイジーに似てます?」


 兄王子の目の前まで歩ききった王女が判定を仰ぐ。


「――ああ、よく似ている。オリバーはどう思う?」

「はい、私も同意見です。デイジーの特徴を上手く捉えていると思います」


(私の歩き方ってああいう感じなの?……なんだか(せわ)しない印象だわ)


 仮にも伯爵令嬢であるデイジーは、貴族としての礼儀作法や知識を幼い頃から学んでいる。しかし、森の中にある屋敷で暮らし、社交界にも関わらないという環境下では活かす場など無い。一時身に付けていた優雅さは日常では役に立たず、むしろ邪魔となった。

 成人し多くの仕事を受け持つようになったデイジーには、キビキビと動いて片付けねばならない作業が幾つもあった。毎日目の前にある仕事をこなすうちに本人に自覚がないまま、ゆったりとした動作は出来なくなっていたのだ。


「では、()()()()()殿()()。私の動作については合格ということでよろしいでしょうか?」


 一音一音ハッキリとした口調で王女は訊いた。

 それに対し、思わずくくっと笑ってしまった王子は小さく頷く。


「いや、動作だけでなく口調も似ていることを認めよう」


 二人の様子を見ていたデイジーは顔が熱くなるのを感じた。


(なっ、なんなの!?ものすごく恥ずかしい!私ってこんな話し方?それに声も高い)


 自分の動作や口調を客観的に見ることなど通常あり得ない。声すらも普段自分の耳に届いているものと他者に届いている音程が違うことに衝撃を受ける。

 登城してから代理という役目を果たす為、ずっと王女の特徴を捉えようと観察をしてきたデイジーだが、まさか真似される方の立場になるとは思わなかった。

 王女本人が今朝方「最初から」と言っていたように、出会った時から自分が観察対象となっていたのだと実感する。それほどまでに王女の様子はいつもと違っていた。


「ひっそりと練習したかいがありましたわ。ねぇ、クロエ」

「――はい。ロザンヌ様には何度もやめて下さいと申しましたのに、隠れて練習を重ねておいででしたから上達しております」


 不服そうな顔でクロエが言えば、王女はいつものような微笑を浮かべた。


「まあ、クロエに褒めて貰えるなんて嬉しいわ」


 顔はデイジーなのに、表情と口調が王女そのものだと違和感がある。デイジーでもロザンヌでもない別の誰か、というのが一番近い。


()()()()()殿()()、私も舞踏会の日に部屋から出る許可を頂けますか?」


 王女が表情を改めてデイジーの口調で問うと、王子はすっと笑顔を引っ込めた。


「今回の舞踏会は招待客だけでなく使用人に至るまで未成年の参加を禁止した。残念ながら()()()()()デイジーは十五歳だから参加出来ないよ」

「お兄様!?」

「今、希望通りに魔法薬を試したのだから、当日は大人しく部屋にいなさい」


 きっぱりと断られ、王女は慌てて兄王子の腕を掴むと懇願した。


「もとより会場に入るつもりなどありませんわ!控え室です。お兄様、控え室までならいいでしょう!?」

「駄目だ。部屋にいなさい。ロザンヌの魔力はいつ発動するか分からないだろう?大人数が一箇所に集まるような場所に近付くのは良くないよ。例え見た目を変えたとしても誰かに目撃される危険は避けるべきだ。好奇心は身を滅ぼす。今回ばかりは私も絶対に許可を出さないから諦めなさい」


 王女の手を腕から引き剥がし、厳しい顔で兄王子は再び願いを拒否した。


(良かった。エドワード殿下が断ってくれて)


 デイジーはホッとして胸を撫で下ろす。ジャックが耳飾りの報酬を受け取り、魔力の制御方法を王女に教え始めたのは三日前。まだ大きな成果は出ていない。

 城内の者は王女付きの新しい侍女が魔女であることを知っている。しかし、王女も魔女であることは公にされていない。彼女が持つ奇異な魔力は人目につかない暮らしをすることで護られているのだ。

 それを隣国からやって来る王子に知られるわけにはいかない。王女には会場から離れた場所にいて貰いたい。そう考えているのはデイジーだけではなかった。


(契約を結ぶ時、私の年齢を十五歳にしようと言っていたのはロザンヌ様を止める為だったんだ)


 王女は最初から魔法薬を使って魔女デイジーと姿を交換しようとしていた。しかし、王子の方もそれを防ぐ手立てを考えていたのだ。


(さすが兄。ロザンヌ様の性格を熟知されていらっしゃる)


 魔法薬の試用は認めながらも舞踏会当日に出歩くことを断固拒否してくれた。甘やかす部分と厳しくする部分にきちんと線引きがなされている。

 王女が不満そうな顔をしているが、兄として許容出来るのはここまでだろう。


(私もロザンヌ様が安心出来るように代理としての役目を果たそう)


 背筋を伸ばして顎を引く。爪先の向きにも注意しながら一歩踏み出したデイジーは王子に向かって声を発する。


()()()、そろそろダンスレッスンを始めませんか?」


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