魔女からの手紙
王都の隣に広がる森はブレア伯爵が管理する領地だ。森の入口には結界が張られ、訪問者や侵入者がやってくると領主に知らせがいくようになっている。
デイジーの父ジョセフ・ブレアが書斎で幾つかの書類に目を通していると、卓上に置かれたベルがチリチリと鳴った。夜更けだというのに何かが来たようだ。
窓の外に意識を向けると、確かに魔獣の気配が屋敷に向かって近付いてくるのを感じた。そして、同じく気配を察知したブレア家の使い魔達も動いたようだ。
ジョセフは立ち上がって窓の外を伺うが、相変わらず森は静かだ。もしも侵入者であったならば誰かが攻撃しているはずであり、静寂であるならば安全だということになる。どうやらこちらに向かっているのは誰かの使い魔のようだ。窓の外をじっと見ていると、だんだん暗闇に目が慣れ飛んで来る鳥の種類が梟だと気付く。
(ああ、先生の使い魔だったのか)
ジョセフは窓を開けて梟を室内に招き入れた。
ファサッという小さな羽音とともに梟は椅子の背もたれに爪を立てて降り立った。
「ご苦労様」
ジョセフは梟を労い、嘴に咥えられた封筒を受け取った。引き出しから銀のペーパーナイフを取り出し封を切る。取り出した手紙を広げると、珍しい群青色のインクで書かれた美しい文字が並んでいた。
我が同志にして教え子
ジョセフ・ブレア伯爵へ
愛娘を城に送り出してからの一週間、さぞや心配をしていることと思います。お嬢さんの城での様子ですが、ロザンヌ殿下と親しくなられ侍女としての仕事は順調とのことです。
次にエドワード殿下との縁談の件ですが、こちらは今のところ立ち消えになる可能性は低いでしょう。国王陛下は未だに魔力に強い執着心を持っていますし、今日初めてお嬢さんと対面した結果やはり第一候補としたいそうです。
ただ護衛についているジャックについてはだいぶ気にしていらっしゃいました。実は国王陛下が魔力保持者を王太子妃にしたいと発言したものですから、ジャックが怒り威嚇しようとしたのです。
まだ若い魔獣ですから仕方ないとも思いますが、相手はこの国の頂点に立つ御方です。場合によっては処罰されるでしょう。今日のところはなんとか取り成しましたが、次は庇いきれません。早急に指導しようと思います。
そして以前から気にされていた呪いの件ですが、お嬢さんとジャックの身体をよく観察しましたが特に異常はありませんでした。安心して下さい。二人とも呪いはかけられていません。
取り急ぎご報告まで。 イザベラ・フラン
(ああ、これは喜ぶべきか悲しむべきか…………)
王太子妃候補から外されなかったことは残念だが、侍女としての仕事が順調で呪いもかけられていなかったことは喜ばしい。
(てっきり呪いのせいで成長出来ないのかと思っていたが、ひとまず良かった)
ジョセフも二人の容姿があまりにも変化に乏しいことを訝しんでいた。
世の中には時間魔法というものがある。割れた花瓶を直すためには時間を巻き戻す魔法を使う。逆に時間を早める魔法を使えば落ち葉が短時間で堆肥になり、時間の流れを遅くする魔法を使えば絵画の劣化を防ぐことが出来る。
様々な用途に使われる時間魔法は誰でも使えるわけではないが、難易度の高い転移魔法に比べれば扱える魔術師はそこそこの人数がいる。もちろん自然の法則に逆らうのだから大量の魔力を消費し、使い過ぎれば昏倒する危険な魔法であることを忘れてはならない。
ジョセフはデイジーが王太子妃候補に選ばれたことを知った何者かが妬んで呪いをかけたのではないかと疑っていた。時間の流れを緩める魔法をかけて成長を阻害しているかもしれないと。
たとえ魔力を持たない者だとしても【闇落ち】を使えば可能なことだ。
身体的に傷をつけるよりも目立たず、しかしながら成人女性に見えないのでは見合いの席では不利になる。悪質で度を越えた嫌がらせだと思っていたのだ。
身体の成長に影響するほどの時間魔法をかけるには、狙った相手の頭上からバケツに入った水をかぶせるように全身を覆い尽くす必要がある。その魔法の威力は足元を歩く黒猫にまで届くだろう。街に行った際に呪われたのではないか?どこか不審な人物と出会わなかったか、護衛のジャックに訊いたが答えは否。
やはり、呪いを生業とする【闇落ち】の仕業なのか?彼らの呪いはひっそりと施される。誰にいつかけられた呪いなのか探ることは難しい。
自分では判断できず、魔獣養成所所長であり魔獣保護協会会長であるイザベラ・フランに手紙を出した。
ジョセフは彼女を「先生」と呼ぶ。イザベラ・フランは以前魔法学園の教師だった。生徒であったジョセフは卒業後研究所で働いていたのだが、学会の際に魔獣保護協会を立ち上げたばかりの彼女と再会した。
魔獣保護協会とは、魔獣を保護し共存する道を探そうという目的を持って活動している団体だ。ジョセフもその活動に賛同し協会員となって助力することにした。そして、イザベラ・フランは国の支援も受けて設立された魔獣養成所所長に就任し、魔獣保護協会会長という役割も担っている。
「すぐに返事を書くから、もう少し待っててくれるかい?」
ジョセフの問いに梟は「ホォー」と鳴いた。
今夜遣わされた使い魔との会話は一方通行だ。こちらの言葉は理解しているが発話することが出来ない。
イザベラの使い魔は多種多様で、必ずしも優秀な者だけではなく行き場を無くした魔獣も多い。それぞれの得手不得手を鑑み仕事を振り分けている。
(まずは、お礼を。それから、王太子妃候補の件は出来れば断りたいので何か策はないのかを聞いてみよう。王家なんかに嫁に出したら、デイジーは苦労するに違いない。結婚相手はもっと普通の青年がいい。少し年上で包容力と経済力があり、デイジーに惜しみない愛情を注いでくれて、魔獣に対しても偏見を持たず大切にしてくれる人がいい。それから)
次々と要望を書き出し始め、便箋はあっという間に文字で埋め尽くされる。返事をしたためた封筒を咥えた梟が主の元に戻ったのは深夜のことだった。




