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それぞれの思い

 デイジーは肩に乗せられたジャックの手をつねり、なんとか自由の身になると王子の問いに答えた。


「はい、そうなんです。彼は私の使い魔ジャックです」

「――――ああ、確かに言われてみれば金色の瞳が同じだ」


 王子はしげしげとジャックの顔を見た。

 それに対しジャックはつねられた手をさすりながら、不機嫌な顔で願い出る。


「王子様が別の魔女を選んでくれればいいんです。妃候補は他にもいらっしゃいますよね?ぜひ、そうして下さい」


 デイジーはジャックの言葉にハッとする。


(そ、そうよね。妃候補が私だけのはずがないわよ)


 国王の言い方から、自分だけが候補に上がっていると思っていたデイジーは小さな希望が見えた気がした。しかし、その後に続く王子の言葉に呆然とする。


「ああ、確かに他にも候補者はいたんだが、一人が行方不明、一人は妊娠中、一人は父親が不正を働いていたことが判明し候補から外された。そして、結局残っているのは君だけだ」


 王子は申し訳なさそうな表情でデイジーを見た。


「そんな……どうして」


 せっかく候補者が四人もいるというのに、それでは選びようがない。


「魔力持ちの貴族と限定されては候補者を探すだけでも一苦労なんだ。だからこそ、いつまでたっても私の婚約者は決まらない」


 子供の頃に読んだ絵本では、王子様が跪いてお姫様にプロポーズし、二人はいつまでも幸せに暮らしましたという一文で結ばれていた。そのラストシーンは子供心にドキドキし、いつか自分にもそんな日が来たらいいのにと憧れていた。しかし、現実は全く別のものだ。


(困る。ものすごく困る。確かにエドワード殿下は見目麗しく優しそうな王子様だが、自分がその隣に立つには荷が重すぎる)


「誤解しないで貰いたいのだが、私が今回デイジーを城に呼んだのは舞踏会でロザンヌの代理を務めてもらうためであって、決して婚約者候補の件を絡めてのことではない。もちろん、君が望むのならば話は違ってくるが…………妃など嫌だろう?」


 眉を寄せ、益々申し訳なさそうに訊かれたが、ここで本人を目の前に「はい。嫌です」と答えるわけにはいかない。

 そもそも自分では全くもって役不足だ。妃に必要とされる素養がなく、持っているのは平均以下の魔力だけ。

 しかし、他の候補者が対象外となった今、どうすれば穏便に断れるのだろうか?国王陛下が転移してくれたおかげで答える必要のなくなった問題に再び直面する。魔力の少なさと家柄が断る理由にならないのなら、他に何があるというのだろう。

 どんなに必死に考えを巡らせても理由となるべき事柄は見つからない。そして、長い沈黙の後にデイジーが出した答えは一つだけ。


「恐れながら、私よりも適任な女性が沢山いらっしゃると思います。その魔力持ちという条件さえなければ。どうにかそれを諦めていただくことは出来ないのでしょうか?そうすれば、エドワード殿下もご自身でお妃様を探すこともできますでしょう?」

「それは……かなり難しいと思う。陛下は幼少時に暗殺されそうになったところを、母である前王妃の魔法で助けられたそうだ。その時の恐怖と母親の魔法の威力があまりにも強く心に残ったため、今も尚魔力持ちであることに固執している」

「――――そうでしたか。確かにそれでは難しいですね」


 幼少時のトラウマによるものでは、そう易々と条件から外してもらうことは出来ないだろう。けれど、魔女は自活能力が高い。魔術師団や国軍の仕事に就けば高収入を得られるし、男性の多い職場のため縁談など不要なほどに出会いもある。

 確かに王太子妃ともなれば名誉なことだが、代わりに重責を負い自由など無いに等しい。他家に嫁ぐことだけを望まれて育ったご令嬢であれば快諾するかもしれないが、働くという選択肢がある魔女が簡単に頷くとは思えない。

 はっきり言って王太子妃という地位は魅力がない。どうしても魔女を妃にしたいのならば、エドワード殿下が必死に口説き落とすか国王陛下が直々に指名するしかない。

 そう考えると血の気が引いた。先程の会話はかなりギリギリの内容だった。魔女を伴侶にしたいと言われたが、はっきりと指名はされなかった。

 デイジーは不安な気持ちを隠しきれず、視線を床に落として口を閉じた。だからこの時、王子の傷ついた表情に気付くことが出来なかった。彼もこの問題の当事者であり、複雑な気持ちで目の前に立っているというのに、自分のことで手いっぱいだったのだ。

 黙り込んだデイジーの隣でジャックが王子に訊いた。


「エドワード殿下自身は魔力の有無についてどう考えていらっしゃるのですか?」

「――――私は、魔力に関してはどちらでもいい。それよりも妃という地位に就く覚悟を持っているか否かの方が重要だ」


 その答えにジャックは小さく頷き提案する。


「では、尚更デイジー以外をお探し下さい。僕にとってデイジーは唯一の魔女ですが、王子様にとっては数多(あまた)の女性の一人に過ぎないでしょう?」


 ジャックは一歩前に出てデイジーを背中に隠し、王子は奥歯を噛みしめ自分の気持ちを隠した。


「私に出来るだけのことはしようと思っている。けれど、最終判断は私ではなく国王陛下だ」


 窓の外はすっかり暗くなり、図書室の壁にはぼんやりとした魔石ランプの明かりが灯った。






「あーっっ、イライラする!!」


 自室に戻ると、ジャックは直ぐさまソファーに置かれたクッションに顔を(うず)めて叫んだ。静かな廊下に叫び声が漏れないようにするためだ。


「僕は他者の気持ちを無視する国王も、明確に意思表示しない王子も大嫌いだ。だいたいデイジーはどうして勝手に王太子妃にされそうになってるのに怒らないんだよ!」


 クッションが(いか)るジャックの声を吸収し、不敬な発言はくぐもっているが、もう少し小さな声にしてもらいたいとデイジーは人差し指を自分の口元に当てた。


「ジャックが不愉快になる気持ちは分かるけど、王族や貴族の結婚はだいたい本人の意志が無視されて、打算で伴侶を決められてしまうの。それが一般的なのよ」

「は?だから仕方ないってデイジーも文句も言わずに従うつもり?」


 低い声色でジャックが聞き返す。

 デイジーは隠すことなく怒りを(あらわ)にしているジャックを見ていたら、逆に心が静かになった。さっきまで抱いていた不安や焦りが薄れ、全く違う気持ちが湧いてくる。


「……なんでこの状況でニヤニヤするんだよ」


 人型でいるためジャックの感情はそのまま顔に出ており、黒猫の時よりも分かりやすい。

 デイジーはすっとジャックの隣に腰を下ろした。


「だって、ジャックは私の代わりに怒ってくれてるんでしょう?その気持ちが嬉しいなと思って」

「……」


 口をぽかんと開けたまま無言になったジャックの耳は徐々に赤みを帯びた。すると、耐えかねたように顔をしかめ、抱えていたクッションをデイジーの顔に押し付けた。


「むぐっ、ちょっと!」


 文句を言おうとクッションをはね除けたデイジーの前に少年は既にいない。ソファーに座っているのは見慣れた黒猫が一匹。あらぬ方を向いており視線を合わせない。


「しばらく人型でいるつもりだったのに」


 ぼそりと呟く黒猫の横顔にデイジーは疑問を投げ掛ける。


「え、どうして?」

「……」


 残念ながら返事はなく、デイジーにはその意図が分からない。けれど、黒猫に戻ってくれたのは有り難かった。なぜなら、図書室でのやり取りを思い出すと今日も眠れなくなりそうだったからだ。


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