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王太子妃の条件

「やあ、かわいい魔女さん。やっと会えて嬉しいよ」


 図書室の一番奥にある長テーブル中央に座り、頬杖をついていた紳士が顔を上げてそう言った。

 五十歳前後と思われる紳士は、彫りが深く目鼻立ちがはっきりした顔立ちをしていた。蜂蜜色の髪を後ろへ綺麗に撫で付けているため、特に太めの眉と菫色の瞳が印象的だ。しかし、その眉はしかめられ言葉とは裏腹に顔は青白く具合が悪そうだ。


「うっ、駄目だ。――――かわいい魔女さんと話す前に、イザベラ、水を一杯くれないか?」

「あら、また酔ってしまったの?たいした距離ではなかったでしょう?」

「私はやっぱり自分の足で移動したいな」


 紳士は胃のあたりを撫でて、更に眉を寄せた。


「そう?転移魔法はとても便利なのに残念ね」


 イザベラが歩きながら短い呪文を唱えると、手の内に水の入ったコップが現れた。

 彼女が得意とする転移魔法は希少価値が高く、これを扱える魔術師は国内でも数名しかいない。

 しかし、この転移魔法には欠点がある。物であれば問題ないのだが、人が転移する際には高い場所から落下したかのような浮遊感があり、耐性がないと乗り物酔いの症状に苦しむことになるのだ。そして、目の前にいる上品な紳士もまさにそのタイプだった。

 彼はコップの水をゆっくりと飲み、一息ついてからデイジーを見て僅かに首を傾げた。


「ん?思ってたより若いな―――君はブレア伯爵家の長女デイジーで間違いないよね?」

「はい、国王陛下。私はデイジー・ブレアで相違ありません」


 デイジーはドレスをつまみ、膝を曲げて挨拶をする。

 人払いされたこの状況、王子にそっくりな紳士の顔立ち、指に輝く金の指輪には王家の紋章である三日月のレリーフ。彼が国王であることは明白だった。


「そうか、十八歳の割には少し幼いような気がしたんだが――――まあ、たいした問題ではないけどね。ああ、どうぞ座って」


 大きな長テーブルの前には幾つもの椅子が置いてある。デイジーは少し迷った末、国王の斜め前に座ることにした。


「まずは、君にお礼を言わせて欲しい。舞踏会での代理を引き受けてくれて有り難う。とても助かるよ。ロザンヌをあの王子の前に立たせたくはないからね」


 国王は再びコップの水を飲み、ふーっと息を吐き出した。


「もったいないお言葉で、たいへん嬉しく思います。私に何が出来るかわかりませんが、最善を尽くしたいと思います」


 デイジーはこの国の最高位である国王との対面に緊張していたのだが、辛そうな表情をしていることが気になって仕方がない。

 しかし、さすがに「私が治癒魔法をかけましょうか?」とは言い出せなかった。なにせ、すぐ近くに国内最強の魔女がいるのだ。自分の出る幕はないだろう。

 そう思ってちらりと後ろを見れば、少し離れた座席に座るイザベラが口の端を上げた。


「国王陛下、よろしければ私が治癒魔法をおかけしましょうか?」

「いや、遠慮するよ。君の治癒魔法はちょっと強烈すぎる。ハッキリ言って使わない方が親切だ。そういうのは他の誰かに任せたまえ――――そう言えば、君は得意だよね?ちょっと試したいな」


 視線を向けられ、国王にそう言われてしまえばデイジーは頷くしかない。


「お背中に触れてもよろしいでしょうか?」

「もちろんだ。早速頼むよ」

「はい、畏まりました」


 デイジーは静かに立ち上がり、国王の背後に回り込む。緊張のため心臓がバクバクと早鐘を打っており、落ち着けるように一度深呼吸をしてから国王の背中に手を当てる。


(落ち着いて、ゆっくり、ゆっくり)


 魔力の注ぎ方は母に習った。

 慌てず静かに少しずつ、身体が楽になりますようにと心の中で祈りながら呪文を唱え、魔力を注ぐのだと教えてくれた。

 鳩尾(みぞおち)に溜まっている魔力をそっと押し出し(てのひら)まで送る。そして、掌から患者の身体に注いだら具合の悪い場所にたどり着くまで魔力の道筋を付ける。


「国王陛下、身体に変化はありますか?」

「腹のあたりが温かいな。ぬるま湯に浸かっているような感覚がする」


 その気持ち良さに国王は瞳を閉じて無言となり、デイジーは魔力を注ぐことに集中した。その結果、国王は椅子に座ったままウトウトと頭を揺らした後、あっという間に眠ってしまったのだった。






「デイジー、もう手を離して大丈夫よ」


 いつの間にか隣に来ていたイザベラが囁くような声でデイジーに告げた。

 ハッとしたデイジーが手を離すと、国王の頭は完全に下を向いていた。身体が前に倒れないのが不思議なくらい熟睡している。


「えっ、どうしましょう!?」


 大きな声を出さないように注意しながらも狼狽えておろおろとイザベラにすがり付いた。


「疲れていたのよ、仕方ないわ。でも、仮眠は長すぎると夜に眠れなくなるから起こしましょうね」


 そう言った後、イザベラは国王の肩を静かに二回叩いた。


「うおっ」


 国王は身体をビクッと震わせ、驚いて目を開けた。


「んっ?私は今寝ていたか?」

「はい。ぐっすりと眠ってらっしゃいましたね。体調はどうですか?」


 イザベラは国王の顔色を少し覗き込んで確認した。


「ああ、うん。すごくスッキリした。気持ち悪さが無くなっただけでなく身体も軽い。――――いいね」


 国王は菫色の瞳を輝かせて振り返り、その治癒魔法を施した魔女に真剣な顔で訊ねた。


「デイジー、確認したいのだが、君には現在恋人や婚約者はいないよね?」

「はい?」


 デイジーは、なぜ急にそんな質問をされたのか分からず首を傾げる。しかも、妙に確信を持っている言い方だ。


「私は常々自分に魔力があれば良かったのにと思うことがある。けれど、魔力の有無はあらゆる才能と同様生まれ落ちた瞬間に決定しているものだ。我が王室の場合、幸いロザンヌが魔力を授かったが、姉やエドワードには魔力がない」


(……幸い?)


 王女は魔力を消したがっている。それを「幸い」と言ってもいいのだろうか、デイジーは国王の言葉に引っ掛かるものを感じた。


「ロザンヌは魔力持ちであった私の母に似たんだ。君は今、魔力持ちの子供が生まれにくくなっていることを知っているかい?血縁に魔力持ちがいてもその子供に受け継がれるとは限らない。しかし、今後のことを考えれば王太子であるエドワードの伴侶には魔力持ちが望ましい。何も持たないで生まれるよりも他者より優れた能力はあった方がいいだろう?」


 その言葉にぞくりと寒気がした。先程の確認はまさか?いや、自分とは限らない。他にも若い魔女はいる。ものすごく数は少ないが………王都にも数名はいるはず。


「私は数年前から魔法学園の卒業名簿を確認し始めた。しかし、知っての通り魔女は数が少ないし、貴族階級の者と限定すれば更に条件は厳しくなる。出会いの場を設けるため、舞踏会や茶会を開く際には必ず候補者の名前を招待名簿に記載している。ところが、何度招待状を送っても参加してくれない者がいた」


 国王はそこで言葉を区切り、ふっと笑った。


「デイジー、心当たりがあるだろう?」

「………」


 デイジーは言葉に詰まった。

 確かに招待状は幾つか届いていた。しかし、父が参加を強要することはなく、いつも娘の意思を尊重してくれて「気が向いたら行っておいで」くらいのスタンスだった。

 舞踏会や茶会が婚姻活動の場だというのはもちろん知っている。けれど、自分は見た目が幼すぎて結婚相手として見て貰えるはずがない。惨めな思いをしないためにも参加するのはやめておこうと毎回欠席の連絡をしていた。

 そもそもデビュタント舞踏会(ボール)に参加していないのだから知り合いも少なく、肩身も狭い。そのことも不参加の理由となっていた。


「わ、私は確かに魔力を持っておりますがほんの僅かなものです。それに我が家の家格では問題があるのでは………」


 デイジーは恐る恐る断る方向へ話を持っていこうとしたのだが、それはあっさりと打ち消された。


「君のことは魔法学園での成績や家業のことも調べてある。魔力は僅かだというが、魔力を持たない者から見れば十分だ。家格にしても釣り合いが取れるように陞爵(しょうしゃく)すればいい。さすがに男爵から侯爵に上げるのは難しいが、伯爵から侯爵にするのは問題ないさ」

「そ、それでも私のような者ではエドワード殿下に申し訳ありませんし」

「エドワードの結婚相手を決めるのは私だ。全く問題ない」


 何を当たり前のことを言わせるのかと眉間にシワを寄せた国王に内心焦ったが、なんとかこの状況を回避する方法はないかと思考を巡らせた。


(ああ、他に何か言えることは!?何か、何か探さなくては!)

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