恋の相談?
「カーター、入るよ」
「おう、来たか。じゃあ、早速これを頼むよ」
厨房の扉を押し開くと、カーターは丸椅子に座りオレンジの皮を剥いていた。室内は甘く爽やかな香りが広がっている。
作業台の上には大きなブリキの盥が二つ置かれていた。中には水がたっぷり入っている。
黒猫の姿で散策を終えたジャックは、再び人型に変身している。すたすたと作業台まで移動すると、盥の上に手をかざした。
直ぐさま、水はピシッ、ピシッと小さな音を立てて凍りつく。
「おおっ!いいね。助かったよ」
カーターは大きな氷の固まりとなった盥の中を覗き込んだ。
相談に乗る代わりに求められたカーターの要望とは、製氷作業だった。
春から夏に移り変わる今時期になると、食材が傷みやすくなるため魔術師団に要望書を提出し、氷魔法を使える団員を派遣して貰うのだが、今年はまだ来ていない。どうやら城内勤務の団員に氷魔法を使えるものがいないため、遠方の魔術師を呼ばねばならないらしい。
カーターはアイスピックを引き出しから取り出すと、氷の塊にガツガツと数回突き刺して砕いた。そして、その砕いた氷をグラスに放り込み、オレンジ果汁と紅茶を注ぎ入れた。
「オレンジアイスティーだ。旨いぞ」
「どうも」
ジャックは目の前に差し出されたグラスを持ち、オレンジ色と赤茶色の液体が氷の上でゆっくりと混ざり合っていく美しさに一瞬目を奪われた。
「ああ、綺麗だろう?お嬢ちゃんにも出してやれよ。喜ぶから」
カーターはニヤリとした後、自分のグラスを持ち上げ口を付けた。
ジャックも確かにデイジーが好みそうだと思いながら、グラスを傾けた。一口飲み込めば、ひんやりとしたオレンジ果汁と共に、爽やかな香りと優しい甘味が口の中に広がった。
「美味しい」
素直な感想がこぼれた。
カーターは僅かに琥珀色の瞳を細めて笑った。
「それで、初めてのデートはどうだった?」
「………言われた通りのことはやったけど、結果としては気まずい雰囲気になっただけだった」
「ん?なんでそうなる?具体的に何があったのか話してくれ」
身なりを整えること。
エスコートを忘れないこと。
サプライズを用意すること。
自分の気持ちはストレートに伝えること。
そして、一番大切なのは相手の表情をよく見ること。
ジャックとしては、カーターのアドバイス通り全て実行したつもりだ。けれど、上手くいかなかった。何か忘れていることがあったのだろうか?
正直、昨日のことを話したくない。けれど、話さなければ何がダメだったのか分からないままだ。ジャックは仕方なく事の成り行きを淡々と語った。
すると、初めは「うん、それで」と相槌を打っていたカーターだが、カフェでのやり取りを話した時に眉間にシワを寄せて「うぅーん」と唸った。
「ジャック、確かに俺は自分の気持ちをストレートに伝えた方がいいと言ったが、物事には順序やタイミングというものがある。いくらなんでも初めてのデートで靴を贈るのは早すぎる」
「………好かれてる自信があったんだ」
「だとしても早すぎる。もう少し時間をかけた方がいい。だいたい相手は子供だろう?」
「………」
デイジーはすでに成人しているが、とりあえず今は黙っておく。
「徐々に距離を詰めた方がいいぞ。例えば、んー、そうだなぁ――――ジャックが人型でいられれる時間はどのくらいなんだ?」
「連続して人型でいられるのは七日くらいだと思う」
「七日!?すごいな。魔力量が規格外だろう?だいたい丸一日が限界だって聞いたことがあるんだが、誤情報か?」
「いや、平均はそのくらいだと思うよ」
「ジャック、それだけ豊富な魔力を持ちながらなんでお嬢ちゃんの使い魔をやってるんだ?魔術師団とかの方が能力を生かせるだろう?」
「僕にとって魔術師団なんて魅力の欠片もないから」
「あぁ、まあ、そうか。うん、確かに何が魅力的かなんて他人に決められるものじゃないな」
カーターはグラスの中に残ったアイスティーを一気に飲み干すと、籠の中からオレンジを一つ掴んでナイフを入れる。くるくるとリボンのように皮がボウルの中に落ちた。
「とりあえず、そんなに魔力があるならしばらくは人型でいなよ。見た目が黒猫では恋愛対象にはなれないからさ」
「でも、寝る時に人型になるのはダメだって言われてるんだ」
「は?一緒に寝てるのか?いや、いいのか、猫だから。ん?ごめん、お兄さんはちょっと混乱してしまったぞ。人型になって一緒に寝たことがあるが、そういうのはダメだと言われた――――ってことで合ってるか?」
こくりと頷くジャックを見て、カーターの手元が一瞬停止した。そして、これは片手間に聞く話ではないと思い、身体の向きをジャックの方に向けてから再び質問をした。
「人型で寝た時、どんな表情だった?」
「赤くなって焦ってた。それからものすごく怒ってた」
「うぅーん、なんとも微妙な」
「そういうことだから、僕は猫の姿でないと一緒に寝てもらえないよ」
「わかった。じゃあ、一緒に寝るのをやめろ。ソファーぐらいあるだろ?人型でいることを優先した方がいい」
「それで種族の壁を壊せるなら、そうするけど」
「焦るなよ。そんなに壁は簡単に壊れないからな。ただ、壊れやすくすることは出来るかもしれない」
「わかった。とにかく試してみるよ」
カーターはその言葉にほっとして、再び籠からオレンジを取り出して皮をむき、薄くスライスするとトレーに乗せた。
焦った使い魔が暴走しないように頻繁に相談に乗ることにしようと思うカーターは、噂ほど悪い青年ではない。




