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魔女は戸惑う

 ひとしきり笑った後、ジャックはデイジーの手を軽く握り直し、肩をすくめた。


「仕方ないなぁ。僕はやられたらやり返す主義だから不本意なんだけど、違う方法で気晴らしをしようか」

「気晴らし?」


 何だろうと疑問に思う暇もなくゴゴゴゴーッ!と二人の背後で大きな音が響いた。

 驚いたデイジーが振り返って見たものは、噴水から立ち上がった水柱だった。

 ジャックは空いている方の腕を掲げ水を操る。水柱は屋根よりも高く上がり細く長い帯状になると、くるくると形を変えて白鳥を(えが)いた。その白鳥は翼を広げて上空を旋回し、羽ばたく度に翼の先端から水滴を散らす。噴水の上空はまるで霧雨が降っているようだった。そして、そこには陽の光を受けて小さな虹がかかっている。

 人を魅了するには十分な演出だ。もちろん、デイジーもその美しい光景に心を奪われていた。


(すごい!こんなに素敵なものを作れるなんて!)


 中央広場にいる人々は皆、突然始まった噴水ショーに空を見上げ唖然としていたが、徐々にざわめきが広がると白鳥は優雅に着水し、噴水はただの噴水に戻った。

 見物人の一人がパチパチと拍手をし、小さな子供は「お兄ちゃんすごーい!」と声を上げた。拍手は更に増え、周りの注目の的となったジャックは舞台俳優のように膝を軽く曲げ、腕を斜めに振り下ろしてお辞儀をした。

 拍手の音が大きくなった頃、ピーッという笛の音が聞こえた。騒ぎを聞き付けた王都警備隊がやって来たのだ。


「うわっ、逃げよう!」

「えっ?」

「足元はアシストするから安心して走って!」


 ジャックが揃えた指で路面を掃らうように動かすと小さな風が生まれた。その風はデイジーの靴の下に潜り込み、流れる川のように動いていく。

 ジャックにしてみれば足に痛みがあるという主を気遣った行いなのだが、走っているのに踏みしめる地面がないのはバランスを取るのが難しい。

 デイジーは強く握られた手に引っ張られ、ふわふわとした感触を靴底に感じながら走った。ひたすら転ばないことだけを考え、どこに向かっているのかも分からないままに足を動かす。

 そうして、二人は裏通りにある小さなカフェに飛び込んだのだった。


「いらっしゃいませ。二名様でよろしいでしょうか?」


 勢いよく扉を開けて入ってきた客に、真っ白いエプロンをかけた店員は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに営業スマイルを浮かべて迎えられた。

 デイジーはハアハアと息を切らしており何も言えない。代わりに涼しい顔をしたジャックが答える。


「はい、大丈夫です」


 髪型は乱れたが呼吸の方は全く問題ない。

 店員の案内で座席に着いた後、デイジーはドクドクと騒がしい心臓を軽く押さえ疑問を口にする。


「どうして逃げたの?」


 悪事を働いたわけではないのに、と思ったからだ。

 すると、テーブルの向こう側に座ったジャックが前屈みになり手招きをした。内緒話をするために顔を近づけるようにとのことだ。

 デイジーもテーブルの中央に顔を寄せる。すると、耳元でジャックが囁いた。


「尋問されたら面倒くさい」

「………」


 呆れたデイジーは無言のまま姿勢を正し、テーブルの上に置かれたメニューを開いた。


(派手な魔法を使っておきながら何を言ってるのよ)


 とはいえ、気晴らしをしようと言ったジャックの言葉通り、テオと出会ってモヤモヤしていた気持ちはすっかり消えていた。

 今までジャックが使っていた魔法は生活を快適に、あるいは便利にするものだった。美しさを目的にした魔法を使ったのを見たのは今回が初めてだ。


「ジャックってああいう魔法の使い方も出来るんだね。ちょっと意外だった」

「昔はいろいろな生き物を真似て水や火で作ったりしてたんだけど、養成所だと遊びに魔法を使うのは魔力の無駄遣いだって注意されるんだよ。だから、ああいうのは作らないことにしたんだ。まあ、確かに無くても困らないけどね」

「もったいない。すごく素敵な魔法だったよ。見せてくれてありがとう」

「どういたしまして」


 率直にお礼を言われたジャックは満足げな顔をする。

 久しぶりに使った遊びの魔法で、()()()()デイジーを喜ばせることに成功したのだ。

 そして、この魔法はデイジーに一つのアイデアを与えた。


「遊びに使う魔力を無駄遣いだっていう考えは早々に捨てた方がいいと思、あ」

「ん?」

「ちょっと、思いついたことがあるの。試してみたいから、あとで魔道具店にも寄っていい?」

「いいけど、何?」

「ここでは話せないから帰ってから説明するわ。とりあえず冷たい飲み物を飲みましょう。もう喉がカラカラなのよ」


 そう言ってメニューにある冷たいドリンクリストを見ていると、隣のページに書かれた文字【ブルーベリーチーズケーキ】の上にジャックの人差し指が乗せられた。


「飲み物の他にこれも注文しない?この店の人気メニューなんだ」

「え?」


 思ってもみなかったその情報に驚き、ジャックの顔をまじまじと見つめてから、改めて店内をぐるりと見渡した。

 店内は落ち着いた雰囲気だ。調度品は全て黄褐色のゴールデンチークで統一され、壁には絵画、テーブルには薔薇が飾られている。テーブル数はそれほど多くなく空間にゆとりがある。客層は若い女性のグループや、デートだと思われる恋人達が大半を占め、男性一人で来店している様子はない。


「どうしてジャックがこのカフェの人気メニューを知ってるの?来たことがあるの?」

「僕も来たのは初めてだよ。カーターがデートに行くならここが一押しの店で、お薦めメニューはチーズケーキだって言うんだ。まだブルーベリーの季節には早いんだけど、もしメニューに載ってたら注文した方がいいってさ」

「ちょっと待って」


 デイジーは(てのひら)をジャックに見せて話を止めた。一度息を深く吸ってから、再び疑問を投げかける。


「カーターって誰?」

「副料理長」

「デートって、誰と誰が?」

「僕とデイジー」

「……」


 淡々と答えるジャックの表情はいつも通りだ。さも当たり前のように言っているが、デイジーにそんなつもりは全くない。


「お兄様に頼まれたものを買いに来たのよ。デートとは言わないわ」

「サプライズの噴水ショー(イベント)があって、カフェでまったりして、最後に靴をプレゼントしたらデートだよね?だから、この後靴を買おう」

「――――ジャック、最近様子がおかしいとは思ってたの。急にそんなこというなんて、何かあったの?」


 ジャックはその質問を待っていた。少し身を乗りだし、目を輝かせて答える。


「実は、少し前に城でマックスに会ったんだ。その時に初めて聞いたんだけど、最近(つがい)を見つけたんだって。今まで考えたことがなかったんだけど、そろそろ僕にも必要かなって思ったんだよね。デイジーは、どう思う?」

(つがい)?」


 聞きなれないつがいという言葉にデイジーは戸惑った。確か伴侶のことだったはず。ジャックは伴侶が欲しいのか、確かに使い魔契約の報酬にそれを要求することも出来ると聞いたことがある。


(今は卒業式が終わって間もない時期だから、しばらくは新しい魔獣と契約することは出来ないけど、来年であれば探してあげることが出来るかな)


 そう考えたデイジーだが、ふと気付く。


(あれ?それがデートだとか、靴をプレゼントすることと何の関係があるの?)


 いまいちジャックの言いたいことが理解出来ずに、デイジーは僅かに首を傾げた。すると、ジャックがテーブルの上に置かれたままの手の上に自分の手を重ねてきた。


「え?」

「出来れば、身近な人がいい」


 デイジーは重ねられた手とジャックの顔を交互に見て、言葉を失った。

 そこへ、いつ声をかけるべきかタイミングを見計らっていた店員が注文伺いにやって来た。


「失礼します。ご注文はお決まりでしょうか?」


 ジャックが店員の方に向かって注文をしている間に、デイジーは言われた言葉の意味を考え混乱する。


(新たに魔獣を雇って欲しいという願いではなく、身近な人がいいの?それで私とデートして、靴をプレゼントするの?………しかも、靴!?)


 この国ではプロポーズの際に靴を贈る風習があることを思い出す。


(え?そういう意味?でも、私は人間だし)


 続けて、隣国には人間と魔獣の混血である獣人がいることを思い出す。


(まさか、本当に?)


 デイジーは衝撃的な結論に達して目を見開いた。すると、注文を終えたジャックと視線が絡んだ。

 目尻が少し上がっているため、無表情だと冷たい印象を受けるジャックの顔は、笑うと金色の瞳が緩んで可愛らしい印象に変化する。

 しかし、今日のジャックはいつもと様子が違うように感じた。目が合って向けられた笑顔は、可愛らしいというより綺麗という言葉の方が似合う。ふっくらとした頬がシャープになり、青年らしい顔立ちに変化し始めたのだ。

 ずっと見てきた私の使い魔ジャックは大人になろうとしている。本当に自分にはもったいないくらい優秀なジャック。可愛くて頼りになって、いつも側にいてくれる弟のような友達のような存在。

 自分は今、どんな顔をしているのだろうか。

 ジャックの笑顔がさっと消えたのだ。もしかして、落胆させるような顔をしているのだろうか。


「ごめん、変なこと言って。今のは無し!忘れてくれる?」


 ジャックが即座に発言を取り消したので「……うん。わかった」と答えたが、そんなこと出来るわけがない。


(私、どうしたらいいの?)


 誰かに教えてもらいたいと願うのだった。

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