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同級生のテオ

「ああ、どうしましょう。どれも素敵で迷ってしまうわ」

「君ならなんでも似合うよ。時間はたっぷりあるからゆっくり選んで」


 デイジーの背後で恋人達が帽子を選んでいる。

 王都にある服飾店【花園】の店内は、今日も若い女性客ばかりであり、青年の低い声はとても目立っていた。そのため、恋人達の会話は聞こうとしているわけではないのに、どうしても耳に入ってきてしまう。そのうえ、二人はぴったりと身体を寄せて会話も甘く、視線をそちらに向けることは躊躇われた。

 もちろん、デイジーも出来るだけ二人を見ないように背中を向けて靴選びをしていた。兄に頼まれたハンカチとお礼の品として選んだ化粧ポーチは包装を頼んである。

 とりあえず試着をしてみようと靴を一足手に取った時だった。


「テオ、この帽子はどうかしら?」


 女性の声に思わず息を止めた。


(テオ?)


 彼女が呼んだ恋人の名前にビクッとする。別に珍しい名前ではない。ここは王都だ。地方からやってくる者も多いし、背後にいる青年が()()テオだなんてことはないだろう。そう自分に言い聞かせたが、不安は消せなかった。振り返って顔を見ればハッキリする。けれど、その勇気が出ない。


「デイジー?大丈夫?」


 隣にいたジャックが急に表情を固くしたデイジーを心配して声をかけた。すると、その声にテオと呼ばれた青年が反応し、振り返って小さく呟いた。


「デイジー?」


 青年の視線が自分の背中に注がれていると感じたデイジーは慌てて靴を棚に戻し、カウンターで預けていた商品を受け取った。


「ジャック、ちょっと休憩しましょう」


 青年の方を見ずに店を出ようとしたのだが、背後から肩を掴まれてしまった。


「デイジー・ブレアだよな?――――お前、その姿はいったいどうしたんだ」


 テオとは、もう一生会いたくないと思っている人物だった。まさかこんな所で会うとは思いもよらなかった。出来ることなら走って逃げ出したい。いや、今からでもそうしようとデイジーは決意した。


「あら、テオ。久しぶりね。でも、ごめんなさい。私、今とても急いでいるの。失礼するわ」


 デイジーは、肩にかけられた手を振り払うべく勢いよく振り返り、早口で返答すると唖然とするテオを置き去りにして店の外に飛び出した。

 ジャックの手首を掴み、引き摺る勢いで街中をどんどん歩く。中央広場にたどり着いた頃には、呼吸が乱れ足がもつれそうになったのだが、ジャックが慌てて伸ばした腕に支えられなんとか転ばずに済んだ。


「デイジー、落ち着いて。大丈夫だよ、僕がいる」


 ジャックがデイジーの顔を覗き込むようにして声をかけた。

 すぐに返事が出来ないくらいデイジーの心音は速かった。魔法学園を卒業して五年も過ぎたのに、名前を聞いただけで記憶が甦る。


「お前、なんでこの学園に来たの?っていうか本当に魔力持ち?その能力でよく入学出来たよな」

「嘘だろ。箒で飛べないって?いやいや、それは浮いただけ。飛んだって言わないから」

「ああ、イライラして見てられない。なんでそんなクソ真面目にやるかな。そんな丁寧に片付ける必要ないから。俺がやるからそれを寄越せよ」

「いいよな、お前は。腐っても伯爵令嬢だから無能でも生活に困らないだろ。最終的には金持ちと結婚すれば安泰だしさ」


 八歳で入学した時は目立たなかった魔力の少なさは、最終学年である十三歳の時には悪目立ちをしていた。

 他のクラスメートは面と向かって(けな)す言葉を口にすることがなかったから、自分に対してどういう気持ちを抱いていたのか分からない。

 しかし、テオだけは違った。周りに人がいるかどうかなど全く気にせず、思ったことをそのまま口にする少年だった。

 そのせいか、彼はいつも一人でいることが多かった。

 口が悪く、協調性もない。テオもまたデイジーと別の意味で悪目立ちしていた。

 デイジーが学園にいる時、事あるごとにつっかかってくる彼を出来るだけ避けていた。嫌みを言われることも辛かったが、それよりも何も言い返すことが出来ない自分に嫌気が差したからだ。

 久しぶりに見たテオは、背が伸びて顔立ちが青年らしくなっていたが、少し硬そうな赤茶色の短髪と琥珀色の瞳は昔と同じだった。


「こっちに来て」


 ジャックはデイジーの背中を軽く押して噴水の淵に座らせると自分も隣に腰を下ろした。そして、黙ってデイジーの手を握り、呼吸が整うのを待った。周りの雑踏は二人の耳に届かずしばし静かな時間が流れる。

 最初に口を開いたのはデイジーだった。


「びっくりさせて、ごめんね。もう大丈夫だから」


 そう言ってへらりと笑った彼女に、ジャックは不愉快そうな顔を向けた。


「さっきの奴って誰?」

「魔法学園で同じクラスだった人。ちょっと苦手なタイプだから逃げちゃった」

「ちょっと?」

「えっと………かなり苦手な人」

「あいつか、学園でデイジーに嫌がらせしてた奴は。時々泣かされて帰ってきたよね?僕がいくら名前を聞いても教えてくれなかったけど」

「だって、名前を教えたらジャックが仕返ししそうだったんだもの。言えなかったわよ」

「今からでも遅くない。僕があいつを燃そうか?火魔法は得意だし」

「ジャック、そんな冗談を言ってはダメよ」

「は?僕は本気だけど。大丈夫だよ、何の証拠も残さず灰に出来るから」

「だから、そういうことを言わないの!………だいたいもう昔のことよ」


 少し目を伏せ暗い表情のデイジーに対し、ジャックはイライラとした感情をぶつける。


「時が経ってもデイジーにそんな辛そうな顔をさせるんだから、相応の罰を受けるべきだ」


 強い口調でジャックは報復すべきだと主張した。しかし、デイジーは首を横に振った。


「確かにいろいろ言われて傷ついたんだけど、間違ったことは言われてないし………」


 魔力が極端に少なくて、箒で空を飛べないこと。要領が悪くて作業が遅いこと。伯爵家に生まれたお陰でお金の苦労をしてないこと。全てその通りだ。どうして言い返すことが出来るのか。

 魔力を人並み以上に持ち、成績もいいテオは努力家だった。登校時間は誰よりも早く、自習をして授業の始まりを待つ。逆に授業が終われば誰よりも急いで帰宅し、両親の営む食堂の手伝いをしている。

 魔法学園の授業料は安くない。そのせいか生徒の大半は貴族の子息だ。経済的負担が大きいため、平民で通っている生徒は一割ほどしかいない。それらの家庭の多くは将来のために親が生活費を切り詰めてでも通わせている。魔術師として働けるようになれば、国民の平均年収を大きく上回る収入が約束されているからだ。また、それを十分に理解している平民の生徒は貴族の生徒よりも熱心に授業を受けていた。

 彼にしてみれば、身分だけ高く能力が低い自分は腹立たしい存在なんだろうとデイジーは考えていた。


「それに、時々はアドバイスをしてくれることもあったの。私はテオが苦手だったけど、そんなに悪い人ではないと思うわ」


 ジャックは肩を落とし、長く深いため息をついた。


「デイジーにかかったら世の中に悪い人なんていなくなるな。僕は今後、デイジーが誰かに騙されて痛い目に合うんじゃないかって心配だよ」

「えぇ?大丈夫よ。私だってちゃんと人を見る目を持ってるんだから」

「自分は大丈夫だと思ってるやつほど危ないんだよ。――――例えば、僕のことはどう?人を騙しそう?殴ったりすると思う?」

「するわけないでしょ」


 デイジーが一瞬たりとも考えず予想通りの答えを返したため、ジャックは金色の瞳を細めてふっと笑った。

 鋭い爪を隠し、飼い猫のような暮らしをしているジャックしか知らないのだからそう思っても仕方ないが、実際は違う。必要ならば人を騙すし、暴力で相手を屈服させることも厭わない。主が命じれば、有り余る魔力を解放して街一つ灰にすることも可能だ。やろうと思えば出来ることはたくさんある。


「なんで笑うの?見る目がないって思ったの?」


 少しムッとしたデイジーは、ジャックに握られたままの手を膝の上から顔の前に持っていき、自分の言葉を証明する。


「こんなに綺麗な手は人を殴りません」


 その強く断定的な口調にジャックは笑いを堪えることが出来なかった。


ジャックの過去を短編として投稿しました。

タイトル「呪いはひな鳥のように」


https://ncode.syosetu.com/n7962ij/

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