デイジーの異変
「おや、もしかして少しきついですか?」
製靴ギルドのハリソンは跪き、デイジーの足先を軽く押した。
「はい。少し爪先があたる気がします」
試作品の厚底靴を履いたデイジーはおずおずと答えた。
「ああ、やはりそうですか。ちなみに横幅はどうですか?少し足を上げ下げしてみて下さい」
言われた通り軽く足踏みをした後、デイジーはハリソンを見て返事をした。
「幅は大丈夫です」
「なるほど。確認は以上になります。どうぞ、元の靴に履き替えて下さい。試着にお付き合い下さり有難うございました」
ハリソンは床に置いた箱に試作品をしまうと、跪いたまま軽く会釈をした。
今日も日課であるダンスレッスンを受けるため、デイジーは王女に付き従い多目的ホールに行った。するとそこにはオリバーとハリソンが先に来ており、レッスン前に試作品を履いて欲しいと言われたのだ。
「いえ、こちらこそ難しい注文でしたのに早急に試作品を仕上げて下さりありがとうございました」
デイジーの言葉に微笑したハリソンは、立ち上がって箱をぽんっと軽く叩いた。
「確かに難しい注文でしたが、新しい物を作るのは楽しいものですよ。単調な日々に変化が生まれますからね。――――ただ私の腕が落ちたのか、よりによってサイズが合わないとは。誠に申し訳ございません。すぐに調整致しますゆえ、また時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。よろしくお願い致します」
デイジーは深々と頭を下げ、足元の黒猫ジャックはじっと箱を見つめた。
そう、ハリソンの採寸に問題などなく、靴のサイズが合わない原因を作ったのはジャックだ。今まで毎晩デイジーに成長を緩める呪いをかけていたのに、ピタリとそれを止めたのだ。デイジーは足だけでなく、身体中が急速に成長し始めている。しかし、本人は呪いをかけられていたことも解呪されたことも知らない。
今朝方、前髪を邪魔に感じたことや、膝が痛いと感じたことの原因がまさか自分の使い魔のせいだとは全く思っていないのだ。
「オリバー、もう入室してもかまわないわ」
王女が廊下に向かって声をかけると、ハリソンと入れ替わるようにオリバーが部屋に入ってきた。
貴族社会で女性が素足を見せることははしたないとされており、試着の間オリバーは廊下に控えていた。
「失礼します」
ジャム作りの間はデイジーに付き添っていたが、本来の仕事は王子の護衛だ。オリバーは厨房の火の始末をした後王子の元に向かい、今度はダンスレッスンの為に再びデイジーの前に現れた。
「ロザンヌ殿下、本日エドワード殿下は仕事の都合で来れないとのことです。申し訳ありませんがダンスの相手を私が務めてもよろしいでしょうか?」
「えっ、そっ、それなら仕方がないわね。よろしくてよ」
「恐れ入ります」
オリバーが手を差し出し、王女も細く白い腕を伸ばした。軽く引き寄せられた王女の表情は少し恥ずかしそうに見える。
「デイジー、今日もまずはロザンヌ殿下のダンスを見学して下さい。その後、私と踊って練習しましょう」
「はい。よろしくお願いします」
デイジーは壁際に寄り二人が踊る様子を見ることにした。すると、同じくダンスの邪魔にならないよう壁際に移動したクロエに小さな声で話しかけられた。
「ロザンヌ様、とても嬉しそうね」
「はい――――本当に」
オリバーのリードで優雅に踊る王女はずっと笑顔だ。ステップも軽く、兄であるエドワード王子と踊っていた時より輝いて見える。
「ロザンヌ殿下、随分身長が伸びましたね」
「まあ、オリバーはいったいいつ頃のわたくしと比べているの?去年とほとんど変わらないでしょう?」
「以前ダンスの練習相手を務めさせていただいた時と比べるとだいぶ伸びましたよ。頭一つ分くらい違います」
「それは三年前くらいのことですわ。オリバーは最近わたくしのダンス練習につきあってくれなくなったでしょう。だから今日まで違いが分からなかったのよ」
「申し訳ありません、ロザンヌ殿下」
「どうして………いえ、何でもないわ」
どうして急に踊ってくれなくなったのか本人に問いただそうとした王女だが、途中で口を閉じた。理由は想像出来る。思春期の王女が身近にいる美しい騎士に恋をしないよう周りの大人が止めたのだろう。
少し目を伏せた王女の表情を見たデイジーは気付いた。
(ロザンヌ殿下もオリバー様のことが好きなんだ)
その気持ちが人間性に惹かれたものなのか、異性として好意を抱いているものなのか、デイジーには区別がつかない。しかし、心がざわつき落ち着かない気持ちになった。
品が良く礼儀正しいオリバーは、常に優しい声で話してくれる爽やかな印象の好青年だ。よく考えれば多くの女性の心を掴んでしまうのも当然だと思う。しかし、デイジーが今までオリバーと会っていたのは森にある屋敷だ。周りには誰もいない。自分以外の女性がオリバーに対してどんな感情を持つかなんて考えたことがなかった。
(私――欲張りすぎる。毎日会えるだけでも十分幸せなのに、オリバー様に恋人が出来るのを嫌だと思うなんて)
自分を恋人にしてほしいと思っているわけではない。望んでいるのは仕事を抜きにしても会える友人のような関係だ。
彼と会って話をするだけで気持ちが弾む。その日は幸せな気持ちで過ごすことが出来る。そんな日をもっと増やしたい。ただそれだけを望んで王城に来たはずだった。
そして、その願いは叶った。毎日会話をかわし、ダンスを踊っている。十分ではないかと思う。これ以上何を望むのか――とも思う。
けれど、王女が好意を持っていることを知ってしまった今、脳裏に浮かんだのは二人が寄り添う様子だ。手を取り合い見つめ合う姿を想像してしまった。
それは、胸がぎゅっと締め付けられるような苦しさがあった。
デイジーは二人が踊っている間、余計な想像を幾つも思い描いてしまい、この日のダンスレッスンは全く集中出来なかった。




