表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/54

庭園の薔薇

 東庭園では噴水の周りにある薔薇が満開を迎えていた。深紅や薄紅色、桃色に純白など様々な色の薔薇がバランスよく植栽されており、立っているだけで芳しい香りに包まれる。

 デイジーはその香りを堪能しつつ、薔薇の花を摘み取り一つ一つ吟味しながら籠に入れていく。ロザンヌ殿下と約束した薔薇ジャムの材料にするのだ。

 本当は昨日薔薇を摘む予定だったのだが、小雨が降ってしまい今日に変更となった。雨で花びらが痛まないか心配したのだが、降雨時間が短かったため影響しなかったようで花びらは美しさを保っていた。

 薔薇を摘むには午前中の早い時間がベストだ。何故かというと、日中は暖かさで花びらが開いて豊潤な香りが飛んでしまうからだ。そのためデイジーはロザンヌ殿下の朝食が済んだタイミングで庭園に来た。摘み取った薔薇はすぐに加工した方がいいので、この後厨房も借りれるように許可を取ってある。

 デイジーは深紅の薔薇を一輪手に取り、花びらの厚みを確認した。美しい色を出すためには濃い赤の薔薇がいい。そして、花びらが厚いものはシャキシャキとした食感があり、薄ければ口当たりのよい食感となる。

 触れた深紅の薔薇は思ったより厚みがあったため手を離し、隣にある薄紅色の薔薇を摘んだ。紅茶に入れるつもりなので薄い花びらだけを選んでいるのだ。その薔薇を幾つか摘み取ると籠はいっぱいになった。


(これだけあれば十分かな)


 厨房に向かうため踵を返すと、噴水の前に近衛騎士オリバーが立っていた。


「おはよう、デイジー」


 その低く響く声にデイジーはドキリとする。

 藍色の瞳を緩ませて微笑したオリバーの立ち姿は美しく、青空の下、色とりどりの薔薇に囲まれた景色と相まって絵画から抜け出したように見えた。一瞬見惚れてしまい返事が遅れる。


「おはようございます――――オリバー様。いつからそちらに?」


 噴水から発せられる水音で打ち消され、オリバーの足音は全く聞こえず存在に気がつかなかった。


「少し前だよ。君が薔薇の品質を丁寧にチェックしてたから声はかけなかったんだ」

「こういう時は声をかけて下さい。じっと見られてたと思うと恥ずかしいです」

「それは失礼した。次から気を付けるよ」

「はい、よろしくお願いします。それで、私に何かご用ですか?」

「んー、用事というほどのことではないんだが………」

「?」

「これからその薔薇を持って厨房に行くのだろう?」

「はい。それが何か?」

「西食堂の厨房には癖のある料理人がいてね、ちょっと心配だから一緒に行こうかと」

「癖のある料理人ですか………」


 オリバーの言葉を反芻して思い出したのは、メイドに平手打ちされていた料理人の顔だ。


「仕事には真面目に取り組むんだけど、それ以外が問題ばかりで―――――とにかく素行が悪いんだ。一人で行かせるわけにはいかないから一緒に行ってほしいとロザンヌ殿下に頼まれたんだよ」

「すみません、お手数をおかけして」

「いや、こちらこそ無理を言って城に来て貰っているんだから気にしないで。デイジーが依頼を受けてくれたおかげで大きな心配事が一つ減ったんだ。感謝してる――――本当にありがとう」


 すらりとした長身の腰を折り、深々と頭を下げたオリバーを前にして、デイジーは慌てふためいた。


「オリバー様、頭をお上げ下さい。引き受けましたけど、私はまだ何もしてませんよっ」

「いや、本当に引き受けて貰えただけで気持ちがかなり楽になったんだ。見合い相手があの王子では、ロザンヌ殿下が目の前に立っただけでも魔力が多いことを察知されてしまうだろう。それは困るんだ」


 好戦的な国だからこそ、魔力を持つ王女は利用価値が高い。この国との和平を約束する代償として、戦争に魔力を行使するよう強要されるかもしれないし、単純に人質として使われるかもしれない。また、高確率で魔力持ちの子供を産むことが出来るのも魅力的だろう。

 しかし、舞踏会で王子の前に立つのは王女ではなく、代理のデイジーだ。魔力持ちだがその量は極端に少ない。今のところ、なぜ見合いを申し込まれたのかハッキリしないため、相手に気に入られる要素は少しでも減らしたいと考える国王にとって有難い人材だ。

 この国は小さく内陸にあるため海はない。他国が欲しがるような資源もなければ、交易上有利な立地とも言えない。そのおかげで他国に侵略されず平和な生活が送れているのだが、そんな旨味のない国の王女を娶って大国に何の利があるというのか。国王も首を傾げていたが、オリバーにもそれは謎だった。わずかな可能性として、建国祭で王女を見初めたというのも考えたが二人は顔を合わせていない。


「大国から持ち上がった縁談は、王女が美しいからなどという理由ではないと思うんだ。やはり魔力持ちであることを知っているからこそ、花嫁にしようとしているんじゃないかと国王陛下も疑っている」


 オリバーの言葉にデイジーは小さく頷いた。


「第一王女殿下も第二王女殿下も外国に嫁いでしまわれただろう?だからこそ、国王陛下も末の姫には自国で暮らして貰いたいそうだ。その気持ちは私も同じで、他国に嫁ぐよりこの国で幸せに暮らしてもらいたいと思ってしまう」


 そう言って視線を上げ、王女の部屋を見るオリバーの横顔は優しく僅かに憂いを含んでいた。


「オリバー様は確かエドワード殿下の乳兄弟として幼い頃から王族の皆様と親しくしてらしたんですよね?」

「ああ、そうだね。物心ついた頃にはエドワード殿下と共にいた。殿下は妹姫をとても可愛がっていたから、私も小さな姫と一緒に過ごすことも多かったよ。だから正直、今回の縁談の話を聞いた時は複雑な気持ちだった」

「―――寂しいですか?」

「そうだね。それもある。でも、昨日まで子供だと思っていた女の子が急に大人になったような戸惑いの方が大きいかな」

「えっ、ロザンヌ殿下はどこから見ても素敵な成人女性ですが」

「ははっ、確かに見た目はそうだね。だけど案外中身はまだ子供っぽいところも多いんだよ」

「―――そう、そうかもしれませんね」


 デイジーは先日の赤面した王女の表情を思い出して同意した。幼い容姿の自分と、大人びた容姿のロザンヌ殿下は外見から誤解を招いてしまう点は一緒だと、妙な親近感を抱いて頬が緩む。


「ロザンヌ殿下とは仲良くなれそうかな?」

「はい。ぜひ、親しくさせてもらいたいです」


 笑顔で答えるデイジーに対し、オリバーも安堵した表情を浮かべた。


「良かった。実はデイジーの登城が決まったと聞いてから、二人が友人になれたらいいのにと思っていたんだ」

「えっ、友人ですか?!」


 デイジーは自分の思う親しさより、更に上のランクを求めたられていたのかと驚き目を見開く。


「二人は歳が近いし、数少ない魔力持ちの女性だろう?相談出来る友人は多い方がいいんじゃないかな」

「それはそうなんですが、身分が………」

「ロザンヌ殿下は気にしないよ。まあ、あくまでも私の希望だけどね。――――ん、そろそろ厨房に行く時間かな?籠を持つよ」

「いえ、軽いのでだい」


 大丈夫ですと言いかけたところで、真正面から端正な顔で微笑まれ一旦言葉を飲み込んだ。


(オリバー様の顔が良すぎる。美しすぎる)


 動揺したデイジーが思わず籠を抱きしめたため、揺り動かされた薔薇から芳しい香りが立ち上がった。

 そして、その香りを大きく吸い込んだ後、返答を変えて「ありがとうございます」とオリバーの方に歩み寄ったのだが、昨日の雨で濡れた石畳に足を滑らせ声を出す間もなく空を仰いだ。


「――――おっと!大丈夫!?」


 デイジーはあやうく後頭部を石畳に打ち付けるところだったが、オリバーが素早く抱き止めてくれたため難を逃れた。

 彼女の背中に右手を回して身体を支え、左手では薔薇の入った籠を押さえるという神業を見せたオリバーの反射神経は素晴らしいものだった。


「ごめん、せっかくの薔薇が少しこぼれてしまった」


 藍色の瞳を囲む長いまつげがハッキリと見えるほどの近さで、背中に大きな掌の感触を感じて彼の薄い唇の動くのを見た。鼻腔をくすぐるハーブのような爽やかな香りはオリバーの首もとから漂っている。

 デイジーは息の仕方も分からなく忘れるほど動揺し、全身が硬直してしまう。

 そんな様子に気付いたオリバーはふっと笑った後、掌にぐっと力を入れてデイジーを立たせた。


「大丈夫?」


 再び問われた言葉に返事は出来ず、デイジーがこくこくと頷くとオリバーは我慢出来ないというように声を立てて笑いだした。


「ははははっ、ごめん!笑って」


(ううっ、そんなに笑わなくても!)


 デイジーは何か言い返したい気持ちになったが、まずは深呼吸の方が大切だった。大きく息を吸い込み心を落ち着かせることに集中する。


 ゴーン、ゴーンと城の一角に設置された鐘が鳴り出した。


「約束の時間だね。厨房に行こう」

「はい」


 ひとしきり笑ったオリバーに促され、デイジーは火照った頬に手を当てながら庭園を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ