黒猫の呪い
王城の夜は静かだ。
廊下や出入り口には衛兵が配備されているが深夜に出歩く者などいない。
しかし、今夜は一頭の大型犬が廊下を堂々と歩いていた。首輪に三日月のピンバッジが光っている為、衛兵に捕まることもない。
大型犬は東棟二階にある扉の前まで来るとピタリと足を止めた。
「ジャック、起きてるんだろう?俺だよ。開けてくれ」
しばし待つとガチャリと鍵を外す音とともに扉が開き、目を細め渋々といった様子の黒猫が廊下に出てきた。
「随分、遅い時間の訪問だな」
黒猫は顔を上げ、大型犬に不満を漏らす。
「気を使ったからこそ、この時間にしたんだよ」
「それはどうも」
「ジャック、久しぶりの再会を祝して一緒に飲まないか?」
「……気が進まないな」
「えぇ?六年ぶりに会いに来た級友に言うセリフじゃないぞ」
「僕はマックスのことを友だと思ってないけど」
「知ってる。いいんだよ、俺が一方的に友だと思ってるから。で、飲む?結構、いい酒を用意してるんだけど」
「つまみは?」
「もちろん、ある」
「じゃあ、少しだけ付き合うよ」
黒猫が尻尾で後ろの扉を叩くと、再び部屋の内鍵の閉まる金属音がした。
王城の空き部屋に案内されたジャックは、室内の音や光が外に漏れないよう結界が張られていることを感じ取ると人型となり、テーブルの上に置かれた酒瓶を持ち上げてラベルを確認した。
「あ、ほんとにいい酒だ。美味しいけど高いんだよな、これ。もしかして軍隊って高収入?」
「まあ、危険手当てがつくからな。それなりに貰えるよ」
「へぇー、じゃあ遠慮なく飲ませてもらおう」
瓶の蓋を開け、ジャックは二つのグラスになみなみと注いだ。
「おいおい、そんなに一度にたくさん入れるような酒じゃないぞ」
「ケチくさいこと言うなよ。どのみち一瓶空けるんだから同じだよ」
そう言いながら琥珀色の酒で満たされたグラスの一つをマックスに渡す。
それを受けとるマックスも軍人らしい姿に変身している。養成所にいた時も大柄だったが、今は更に鍛え上げられ屈強な身体つきをしており、短かく刈り込んだ黒髪と焦げ茶色の瞳に日焼けした肌が良く似合う青年だ。
それに対し、ジャックの容姿は卒業した時と大差がない。多少は背が伸びたものの、相変わらず見た目はまだ少年だ。六年もの月日が流れたとは思えない。
「今日も生きていたことに乾杯!」
「ははっ、懐かしいな、それ」
マックスの言葉に思わず笑ったジャックはグラスを掲げ、芳醇な香りのする酒を一口飲み込んだ。
「食品庫からくすねた酒を飲む時、いつもそう言ってたな」
「実際、養成所の実地訓練では死にそうだっただろ」
「まあね、訓練という名目のもと盗賊狩りをやらされてたから負傷者続出だったな」
「そんな中、ジャックはかすり傷すら負わず飄々とした様子で盗賊を積み上げてただろ。周りの奴らはだいぶ怯えてたぞ」
「へぇー、気づかなかったよ」
「まあ、魔力量が群を抜いてたから当然の結果だったけど」
マックスは一人掛けソファーにどさりと座り、ジャックにも座るように促す。
足を組み、グラスの酒をグビッと飲み込んだマックスは少し躊躇いながら問う。
「今――――体調はいいのか?」
「は?別に大丈夫だけど、なんで?」
「養成所にいた頃、具合悪そうにしてたことが多かったからさ」
ジャックは瞠目し、過去の出来事を思い出した。
「―――――あの時、所長を呼んだのはお前だったのか?」
マックスは小さく頷いた。
養成所にいる時、うずくまっていたところを所長に見つかり治癒魔法をかけられたのは一度だけだ。それは偶然所長が近くを通りかかったわけではない。マックスが所長を探してジャックの元へ連れてきたのだ。
「さすがに同室だったんだから気づくさ。なんか具合が悪い時って目が違うんだよ。原因は不眠症だったからだろ。夜中に目が覚めた時、ジャックはベッドにいないことが多かったし、もしかしたらとは思ってたんだ」
ジャックは金色の目を細め、不機嫌そうにマックスを見た。必死で隠していた不調を知られていたと思うと、自分の間抜けさに腹が立った。
「それで、今さら僕の体調について訊いてきたのは何?」
「食堂でジャックと女の子を見かけたんだ。赤茶色の髪に若草色の瞳の魔女デイジー・ブレアを。卒業後に知ったんだけど、あの子の家は魔法薬学に精通した人材を多く輩出しているブレア家なんだろ。それを聞いてやっとジャックが十二歳の少女と契約した理由がわかったんだ。彼女なら不眠症を治す薬を作れるからなのかと」
正確には魔法薬ではなく、デイジーが持つ治癒能力によるものだがほぼ合っている。
「ふーん、それで?」
「俺はものすごく驚いた。だって、見た目がおかしいだろ?二人とも卒業式から六年も経っているのに、ほとんど成長していない。魔獣であるジャックはともかく、人間のデイジー・ブレアが成長していないのは異常だ」
グラスをテーブルに置き両手を組んだマックスは、大きく息を吸い込みゆっくり吐き出すと古い諺を口にした。
「呪いはひな鳥のように塒に帰ってくる」
焦げ茶色の瞳でジャックをまっすぐに見据える。
「お前、あの子に呪いをかけているんじゃないのか?身体の成長を緩めて少女のままにしているだろう?その呪いがお前にも返ってきて少年のような見た目をしているんじゃないのか?」
緊張した面持ちで問いただすマックスに向かって、ジャックは微笑んだ。
「意外だなぁ。マックスが鋭い感性を持ってるなんて」
ジャックは手持ちのグラスをあおると、首を僅かに傾げた。金色の瞳が光を浴びた硝子のように煌めく。
部屋の壁に掛けられた魔石ランプの灯りがゆらゆらと揺らめき、テーブルに置かれたグラスはカタカタと音を鳴らす。
不穏な空気にマックスは思わず身を引き、その様子にジャックは目を細めた。
「そうだとしたら何が悪いのかな?」
空になったグラスを片手に少年の顔で不敵に笑った。




