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ダンスレッスン

「気がかりだった靴の手配も済んだことだし、早速ダンスの練習を始めよう」


 王子はそうデイジーに声をかけた後、王女に歩み寄り手を取った。


「まずは、私とロザンヌが踊るから足の運び方を見ていてほしい」

「はい、よろしくお願いします」


 デイジーの返事を合図に、広間の一室でダンスレッスンが始まった。

 城内には多くの部屋があるが、家具を置かない場所は意外と少ない。この部屋は多目的ホールとして使用している場所で楽団の控え室として使ったり、ピアノのミニコンサート会場として使ったりしている。そのため部屋の片隅にはピアノが一台だけ置かれていた。


「123、123」


 王子が数を数えながらワルツのリズムを刻み、王女が軽やかなステップを踏む。二人とも背が高く手足が長いため、ゆったりとした動きでありながら華やかさがあり見るものを魅了する。思わず見とれてしまったデイジーはハッとして気持ちをを引き締める。

 舞踏会では同じ様に踊らなければならないのだ。うっとりしている場合ではない。

 正直、長いドレスのせいで足元が見えにくいのだが、床を鳴らす靴音がリズミカルで足の運び方が上手いのだと分かる。

 部屋の中を二人がぐるりと一周りする間、王女の見事なステップを観察していたら、じわじわと不安が襲ってきた。そもそもデイジーが踊る時、美しい動きを意識したことなどない。ただ音に合わせて楽しんでいたため魅せるというレベルには到らないのだ。


(これって二週間練習したくらいで、なんとかなるレベルなの?)


 デイジーは自分の運動神経があまり良くないことを知っている。しかし、練習すれば誰でも上手く踊れるようになると思っている人もいる。その部類には王子も王女も含まれていた。

 一通り踊りきった王子はデイジーを見て微笑む。


「じゃあ、そろそろ足の動きに注意しながらオリバーと組んで踊ってみようか」

「はっ、はい!?」


 デイジーの声が裏返る。

 思わず王子を凝視し、言葉の意味を飲み込むのに数秒かかった。


「見ているだけより、体を動かして覚えた方が早いだろう?」

「は、はい」


 なんとか返事はしたものの、後ろに立つオリバーの方は振り返れない。思わず両手に力が入る。


(えっ、練習相手はエドワード殿下じゃないの!?心の準備が間に合わない!)


 背後からカツカツと靴音が響き、その音はデイジーの真後ろでピタリと止まった。


「デイジー」


 深みのあるバリトンの声で名前を呼ばれ、心臓が波打つ。恐る恐る振り返れば、憧れの騎士が胸に手を当てお辞儀をした。さらりと白銀の髪が流れ落ち、再び上げられた顔には優しい眼差しがあった。

 マナーとしては女性から手を差し出さなくてはならない。それは分かっている。知らない人であれば、いや彼以外であるならばなんてことはない。


(これは練習だから、まずは握手を………)


 おずおずと伸ばした手を見て、オリバーは思わずといった様子でふっと笑った。それから、マナー通りにデイジーの手を取ると向きを変え、その甲に口付ける真似をする。


(しっ、死にそう!)


 心臓の音が早鐘を打ち、顔も熱い気がする。なんとか平常心を取り戻さなければ踊る前に倒れそうだ。オリバーの大きく固い掌の感触に騎士らしさを感じたりしている場合ではない。


(とにかく、基本姿勢を)


 右手を真っ直ぐ伸ばし、左手はオリバーの上腕に添える。すると、弾んでいたデイジーの心は悲しい現実にスッと鎮まった。

 平均的男性より背の高いオリバーと、子供のような身長の自分が手を組むと腕の高さがかみ合わず綺麗なホールドを張れない。アンバランスな姿勢となり美しく踊ることは無理だ。


(動揺しすぎて現実を無視してしまったわ。そうよ、身長差は大きな問題なのに。そのための厚底靴発注なのに)


 一気に心は沈んだが、オリバーが手に力を入れて一歩踏み出したため、つられてデイジーも足を動かした。


「オリバー様、申し訳ありません。私の身長が足りないばかりに踊りにくいですよね?」

「大丈夫だよ。数年前までは妹と踊ることも多かったから慣れているんだ。気にせずに練習しよう」

「妹さんがいらっしゃるんですか?さぞやお美しい方なんでしょうね」

「うーん、あまりそういう誉められ方はしないかな。凛々しいとか、かっこいいとかは良く言われるけど」

「えっと、妹さんですよね?」

「騎士団に入ってるんだ。主にご婦人方の警備担当の仕事をしているから、次の舞踏会で見かけると思うよ」

「それは、かっこいいですね!」

「ありがとう。妹もかっこいい女騎士を目指してるから喜ぶよ」

「ぜひ、お会いしたいです」

「よく顔が似ていると言われるんだ。だから会えばすぐに分かると思う」

「そうなんですか?すごく会えるのが楽しみです」


 初めて聞くオリバーの家族の話は、緊張していたデイジーの心を和らげた。そのおかげで身体に無駄な力が入りしなやかさを失っていた踊り方が改善され、足元の動きが軽やかになった。

 そうして順調にダンスの練習をこなすご主人様から離れ、ジャックは窓枠に飛び乗り外を見ていた。


 階下の煉瓦道を一人の軍人が大型犬を連れて歩いている。黒く艶やかな毛並みは短く、胸元と足元は赤茶色だ。引き締まった筋肉質の体躯と短い尻尾が特徴的な大型犬の首輪には三日月の形をしたピンバッジが刺してある。国内唯一の魔獣養成所を卒業した証だ。

 大型犬はジャックの視線に気付いたらしく、耳をピクリと動かし立ち止まると視線を斜め上に向けた。

 そして、窓ガラスの向こう側に黒猫を見つけると瞠目し、口をパクパクさせた。何か言葉を発したようだが黒猫には届かない。

 ジャックは大型犬を見ながらニヤニヤしている。その魔獣が元同室のマックスだったからだ。

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