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贈り物の意味

 昼下がりの廊下を、白髪の老紳士とオリバーが並んで歩いていた。

 彼は六十を過ぎているのだが、丁寧に磨かれた革靴で颯爽と歩く様子は実年齢よりも若く見えた。そして今日、その足取りはいつもより更に軽やかだ。


「何か、とてもいいことがあったのですか?」


 老紳士にオリバーが尋ねると、辺りを見回して誰もいないことを確認してから小声で返答した。


「そうですとも。エドワード殿下から初めてロザンヌ殿下以外の女性の靴を作って欲しいと頼まれましたからね、私はとても嬉しいですよ。もう何年もこのような依頼を待っておりました」


 顔の皺を深くするほどの笑顔を見せられ、オリバーは言葉に詰まった。


「―――――とても申し上げにくいのですが、ハリソン様が想像されているようなことではないかと」

「は?いやいや、女性に靴を贈る意味は一つでございましょう?」

「まあ、我が国ではそういった意味ですが……」


 歯切れの悪いオリバーの物言いに、老紳士は訝しげに眉を寄せた。


「ご覧になれば分かります」


 二人は重厚な扉の前で立ち止まり、オリバーが軽くノックした。


「お待ちしておりました」


 クロエが扉を開いて二人を迎え入れたのだが、老紳士は口をぽかんと開けて立ち止まったまま動かない。


「違う」


 思わずこぼれた言葉は隣に立つオリバーにしか聞こえなかった。


 この国で女性に靴を贈るということには「これからの人生を共に歩んで欲しい」という意味がある。

 ハリソンが、ある女性の靴を他言無用で作ってもらいたいという王子の依頼を受けたのは二日前のことだ。手紙ではなく、オリバーを使いに寄越した事からも本気である証拠に思えた。だからハリソンは、結婚に消極的だったエドワード殿下がプロポーズしたい女性を見つけたのだと喜び勇んで登城した。

 しかし、部屋の中にいたのは王子、王女、王女付きの侍女に黒猫を抱えた見知らぬ少女が一人。

 十四、五歳に見えるその少女は王子の隣に寄り添うわけでもなく、王女の傍に控えている。侍女が恋の相手でないのなら、靴を贈る相手は見知らぬ少女ということなるが、今年二十四歳になる王子とはあまりにも歳が離れ過ぎている。恋人だとは思えない。

 では、なぜ王子は恋人でもない少女に靴を贈るのだろうか?

 なぜ「他言無用」などという前置きをしたのだろうか?

 そもそもこの少女は誰だ?

 疑問は幾つも湧いてくるが、王子に今日呼ばれたのはプロポーズとは無縁の依頼だということだけ明確だ。年甲斐もなくうきうきと登城した自分の時間を返してもらいたい。

 扉を開けた時は満面の笑みを浮かべていたハリソンの表情が一気に曇り、肩をガックリと落としたのは思わせぶりな王子のせいだ。

 そんな彼の心中を察していないのか、王子はハリソンに歩み寄り明るい声で話しかける。


「久しぶり、ハリソン。急に呼び出して悪かったね、相変わらず忙しいんだろう?表情が暗いが疲れているのか?」


 王子の声にハッとして、老紳士ハリソンは落ち込んだ表情を改めた。まさか、あなた様のせいで気落ちしているとは言えない。


「―――――ご無沙汰しております、エドワード殿下、ロザンヌ殿下。この度はご用命をいただきまして誠に有難うこざいます。最近は後継が育ってきましたので、だいぶ時間にゆとりが出来ました。疲れているわけではありませんので、どうぞ気兼ねなくお呼び下さいませ」


 丁寧なお辞儀をした後、ゆっくりと顔を上げたハリソンに先程の落胆の色は欠片もない。


「そうか、それは良かった。早速だが、今日呼んだのは少し変わった靴を注文したかったからなんだ」

「変わった靴とは?」

「靴底の厚みを増やしたいんだ。出来るだけ背が高く見えるようにしたい」

「それはかなり歩きにくなりますが、よろしいのでしょうか?」

「いや、その靴で踊れるようにしてもらいたい。出来るか?」

「踊る?」

「そうなんだ。なんとかならないかな?」


 ハリソンの視線は自然とデイジーに向けられた。


「出来なくはないかと思いますが、厚みをつけ過ぎれば見目が悪くなってしまいます。どの程度の高さを出すのかが問題かと。ちなみに靴は、そちらのご令嬢のためにお作りになられるのですか?」

「ああ、そうなんだ。紹介しよう、伯爵令嬢デイジーだ。次の舞踏会までロザンヌの侍女として働いてもらうことになった」

「左様でございますか」


 ハリソンは軽く頷いた。

 デイジーは緊張して強ばった表情筋を無理に動かして笑顔を作り、膝を曲げてお辞儀をした。その所作は伯爵令嬢らしく基本に忠実なものだ。


「初めまして、デイジーと申します」

「製靴ギルドのハリソンでございます。どうぞ、お見知りおきを」


 ハリソンも頭を下げて笑顔を向けた。すると緊張が解けたらしく、デイジーの表情が緩んだ。


「ところで、エドワード殿下。どうして厚底の靴が必要なのかお聞きしても?」

「いいや、今は聞くのを遠慮してくれ」

「なるほど。今は無理でもそのうち教えていただけるのですな」

「そうだね、何もかも無事に済んだらハリソンだけにこっそり教えよう」

「私にだけですか?いいですね。それは楽しみでございます」

「では、作ってくれるのかな?」

「もちろんです。とうぞ、私にお任せください。踊れる厚底靴をお作り致しましょう」


 ハリソンは右手を胸に当て恭しく頭を下げた。

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