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厄日のジャック

 広すぎる庭園は場所によって樹木や草花の種類が変わる。それらは森で見かけるものとは違い、デイジーにとって興味深いものなのだが、よそ見をしていると迷子になりそうだった。

 庭園は三ヵ所に分かれていた。南と西はパブリックガーデン、今いる東はプライベートガーデンとなっており、城で働く者以外は立ち入り禁止になっている。

 城内には至るところに衛兵がいるのだが、ここには衛兵が全くいなかった。なぜなら、魔術師団長自ら強力な結界を張っているため必要がないのだ。

 しかし、その強力な結界のせいで気分を害した者がいる。


「王女様、僕はデイジーの護衛兼助手なのにこの扱いはヒドイと思います」


 庭園の入り口で使い魔ジャックは結界に弾き飛ばされた。

 見えない壁にぶつかり前に進めないのだ。


「ごめんなさい、ジャック。東庭園は緊急避難場所になっていて魔獣は入れないようになっておりますの。テラスにお茶を用意させますから、そこでお待ちになってくださる?」

「…………」


 王女の提案にジャックは無言となった。

 その不機嫌な様子にデイジーは、ジャックの背中を撫でて機嫌を取ろうとする。


「ごめんね、ジャック。私はロザンヌ様の歩き方を見たいから一緒に行きたいの。待っててくれる?」

「わかったよ」


 ジャックは不貞腐れた声で承諾した。

 せっかく二度目の散策にもかかわらずついてきてくれたのに申し訳ないと思ったが、結界が張ってあっては仕方がない。デイジーは庭園の入り口でもう一度ジャックに謝り、中に入ったのだった。


「ロザンヌ様は、いつも午前中に庭園を歩かれているのですか?」

「ええ、ずっと部屋にこもっていては気が滅入りますし、今の季節は薔薇が美しいですから」

「確かに素晴らしい薔薇ですね。香りも豊かですし、ジャムにしたらとても美味しいものが出来ますね。あっ、失礼しました。王城では薔薇を食したりしませんね」

「まあ、デイジーは薔薇をお食べになるの?わたくしは食したことがございませんわ」

「紅茶に入れると美味しいんですよ」

「クロエは薔薇のジャムを知っていた?」

「いいえ、私も初耳です。ですが、紅茶とは合いそうですね」

「もし、よろしければ私が作りましょうか?庭園の薔薇を少し分けていただければ出来ますよ」

「ええ、ぜひお願いしますわ。クロエ、料理長に厨房を貸してくれるように伝えておいてね」

「承知いたしました。明日にでも借りられないか、聞いてみます」

「お茶の時間が楽しみになりましたわ」


 デイジーは他愛のない話をしなから、王女の斜め後ろをクロエと共に歩いた。

 王女は薔薇の品種に詳しく、花弁の多いものや少ないもの、大きさや色などから品種名を区分することが出来た。それらの知識は全て図書室の本から得たものだという。

 庭園を散策した後、ジャックと合流して図書室に向かったのだが、その蔵書数はデイジーの想像を超えておびただしい数だった。


「うわぁ」


 思わず感嘆の声をあげたデイジーは上を見ながらスカートの裾を翻し、ぐるりと一回りする。

 四方の壁の全てに棚があり、可動式の梯子がかけられている。吹き抜けの天井まで続くそれらの棚にはぎっちりと本が詰まっていた。

 細長い色ガラスの窓からやわらかな光が入り込む室内は、午前中という時間帯のせいか人はまばらで静寂に包まれている。


「ここには自国の本だけでなく、近隣諸国の本もありますのよ。閲覧だけならば王城で働く者は誰しも入室出来ますの。素晴らしい本がたくさんありますから、デイジーもぜひ利用して下さいね」

「はい。ありがとうございます」


 こんなにも多くの本を見れる機会はもうないだろうから、滞在中に必ず来ようとデイジーは強く思った。


「おいっ、離せ」


 図書室の素晴らしさに興奮気味のデイジーの背後で、怒りを含んだ声がした。

 振り替えれば、入り口カウンターでジャックが首を掴まれ、司書の女性に持ち上げられていた。


「あら、嫌だわ。猫なんて、どこから入ったのかしら?外に出てちょうだい」

「僕は猫じゃない。首を掴むな!」


 司書の女性は魔力を持たないようで、ジャックの言葉を理解出来ず外に連れだそうとしている。


「あっ!待って下さい!その仔は私の使い魔なんです」

「えっ、猫じゃなかったの?」

「はい、違います。下ろしていただけますか?」

「ええ、もちろん。ごめんなさいね、首輪をしていなかったからてっきり猫だと思ってしまって」


 司書の女性は、デイジーの腕の中にジャックを引き渡した。


「紛らわしくて、すみません。首輪を死ぬほど嫌がるのでつけられないんです」

「まあ、そうだったのね。でも城内を歩く時は何か目印をつけた方がいいと思うわ」


 そういって司書の女性はカウンターに戻っていったのだが、ジャックは猫扱いされたことに憤っているようで毛が逆立っている。

 本来、魔獣には卒業式で授与されたピンバッジを刺した首輪をつけることになっている。ただ、あまりにも嫌がるのでデイジーは諦めたのだ。森で暮らす分には首輪はなくても大丈夫だろうと思うことにしていた。


「ジャック、やっぱり首輪をつけようよ」

「絶対に嫌だ」


 強い拒絶の姿勢にデイジーは深いため息をついた。

 すると、近くにいた王女が自分の耳から耳飾りを外し、摘まんでジャックに見せた。


「耳飾りをつけるのはどうかしら?」


 王女の耳飾りは金のチェーンの先端で雫形ペリドットが揺れるものだった。

 ジャックは、顔の前でゆらゆら揺れる黄緑色のペリドットを金色の瞳で追いかけた。


「――――悪くない」


 その反応にデイジーは王女の顔を見た。すると、王女はにっこりと微笑んだ。


「では、明日にでも宝石商を呼びましょう」

「えっ!いえ、ロザンヌ様、お気持ちは有難いのですが王室御用達の宝石商を呼んでいただくなんて恐れ多いことで」


(無理っ!払えないわ!)


 伯爵の割に領地の少ないブレア家は、財力が貴族全体の平均以下なのだ。高額な宝石を買うことなど出来ない。

 ぎょっとした表情のデイジーに王女は歩みより、耳元でこっそりと提案した。


「ジャックに魔力をコントロールする方法を教えていただきたいの。その報酬に耳飾りをお渡しするというのは、どうかしら?」

「それは―――ジャック次第です」


 デイジーと王女の視線の先でジャックが大きく頷いた。


(そういえば、ジャックは昔から揺れるものに惹かれるところがあったわね。ちょっと猫っぽいかも)


 思わずふふっと笑ってしまったデイジーに、ジャックは金色の目を細めた。


「今、僕のことを笑った?」

「え?えーと、うん。かわいいなと思って」

「は?何それ」


 かわいいという表現はお気に召さなかったらしい。ジャックはふん!と鼻をならした。


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