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使い魔の報酬

 王女は瞼を閉じて一呼吸し、再び目を開けた。もう魔力の煌めきは消えている。


「怒りと悲しみの色が全身を包んでいたわ。クロエ、心配だから時々アイラの様子を見ておいてもらえるかしら」

「承知いたしました」


(魔力が一瞬だけ発動した?)


「ロザンヌ殿下、感情が見えるのは、いつもこんなに短い時間なんですか?」

「ええ、そうなんですの。近くにいる人が何か強い感情を抱いていると見えやすいのかしら。もちろん遠くても見えることがあるのだから一概には言えませんけれど」

「そうなんですね」


 デイジーは相槌を打ちながら、建国祭で感情が見えたという隣国の王子のことを思い浮かべた。バルコニーから式典の行われていた中央広場まではだいぶ距離があったはずだ。

 王子が獣人だから遠くても見えたのだろうか?だとしたら、ジャックのような魔獣の感情も遠い場所から見えるのだろうか?


(ジャックの感情が見えるのは嫌だな)


 見たくないのに見える他者の感情。それが身近な人であれば、更につらいことだろう。


「ロザンヌ殿下はいつも感情が見えた方のことを気にかけていらっしゃるのですか?」

「そうですわね。気にしないように、と言われましても出来ませんし、他者の感情を勝手にのぞき見してる負い目もありますのよ。わたくしに出来ることがあれば何かして差し上げなくては申し訳ないわ」

「のぞき見、ですか?」


 デイジーが聞き返すと、王女は眉をしかめて嫌そうな顔をした。


「だって、勝手に他人の感情を見るなんて赤裸々な気持ちを綴った日記を勝手に見るようなものでしょう?わたくしだったら絶対に嫌ですし、見られたらものすごく恥ずかしいですわ」

「――――つまり、ロザンヌ殿下は赤裸々な気持ちを日記につけていらっしゃるのですね」


 デイジーの言葉に王女は顔を真っ赤にした。


「デイジー様っ!?」

「どうか、私のことはデイジーとお呼びくださいませ」


 王女の外見は妖艶な美女なのに、心は十六歳の少女そのものだ。そんな可愛らしい一面にデイジーは思わず笑みがこぼれた。

 火照った両頬を手のひらで押さえたまま王女はデイジーに要望を伝える。


「では、デイジーも殿下と呼ぶのはやめて下さいね」

「はい、ロザンヌ様」


 社交界デビューもせず、ほぼ森の中で過ごしているデイジーは同じ年頃の女性と話す機会があまりない。魔法学園で出来た友達も卒業してからは専ら手紙のやりとりだけとなり、顔を合わせることも少なくなった。

 王女とは身分は違うものの「デイジー」と呼ばれることに喜びを感じた。敬称がなくなることで一気に親しみが湧いた気がする。


(ああ、やっぱりこの仕事引き受けて良かった)


 今のところ舞踏会に関する不安よりも、王城での生活に対する期待の方が大きくなった。






「ジャック、朝ごはん持ってきたよ」


 デイジーは自室のドアを開け、紙袋をテーブルに置いた。


「ジャック?」


 返事がないのでベッドの毛布をめくってみたが、黒猫はいなかった。

 朝食を一緒に食べようと思っていたのだが、仕方なく自分の分のサンドイッチを紙袋から取り出して一口かじった。

 王城の朝はゆっくり食事をするのが難しいため、多くの使用人は食堂で軽食を紙袋に入れてもらい、各々の部屋や職場などで手早く済ませている。


(ジャック、どこに行ったのかな。いつもだったらまだ寝てる時間なのに、環境が変わったせいでよく眠れなかったのかな………)


 テーブルの上には小さな赤いケトルがあり、中には水が入っている。紅茶を淹れるために用意したのだが、ジャックがいないとお湯を作れない。

 デイジーはじっとケトルを見つめた後、試しに加熱する呪文を唱えてみたが、ケトルには何の変化も現れない。


「やっぱり、ダメよね」


 一人項垂れたところでガチャッと扉が開く音がした。


「あれ、デイジー戻ってたんだ」


 黒猫はすたすたとテーブルに歩みよると、腰を屈めてジャンプした。


「ジャック、どこ行ってたの?」

「えーと、散策かな?」

「どうして疑問形なのよ」

「ははは、とりあえずこれ食べようよ」


 テーブルの上に飛び乗ったジャックは、紙袋を頭でつつき赤いケトルを尻尾で叩いた。するとコポコポと音が鳴り、ケトルの注ぎ口から湯気があがった。


「ジャック、ありがとう」

「どういたしまして」


 デイジーはケトルからティーポットにお湯を注ぎ、皿の上に二個目のサンドイッチを置いた。


「朝食が済んだらロザンヌ様と庭園を散策するんたけど、ジャックはどうする?」

「僕も行くよ」

「二度目の散策に?」

「二度目でも、三度目でも行くよ」


 デイジーはジャックの言葉にふふっと笑った。


「ねぇ、ジャック。使い魔は皆そんな感じなのかな?」

「そんな感じって?」

「常にご主人様の傍にいるってこと」

「ああ、そうなんじゃないの?他の奴らのことなんか知らないけど」

「ジャックの友達はどうなの?」

「バカだな、魔獣に友達なんかいないよ」

「えっ?じゃあ、卒業式で一緒にいた大きな魔獣さんは?」

「マックスはただのルームメート。っていうか、なんで今更そんなこと聞くの?」

「んー、私は深く考えもしないで代理の仕事を引き受けてしまったでしょ。そのせいでジャックも王城に連れてこられたわけだけど、迷惑ではなかったのかなって」

「僕はデイジーと護衛の契約を結んでいるんだから、傍にいなかったら契約違反だよ」

「でも、ここに来たせいで安眠出来ないなら、私が契約違反になっちゃうでしょ」

「大丈夫だよ。眠れなくて外に出てたわけじゃないから」


 そういうとジャックは皿の上のサンドイッチにかぶりついた。


 使い魔契約を結ぶ時、魔獣は金銭以外にも報酬を要求することが出来る。むしろ魔獣にとっては、金銭よりもその追加条件の内容の方が重要だったりする。

 そして、その報酬は多岐に渡る。例えば、人間からの魔力供給、領地が欲しいという者もいれば、(つがい)が欲しいなどという者もいる。

 仕事の成果次第だが、契約する魔術師に申し出れば様々な要望が叶えられる。そんな中、ジャックが望んだのは素朴な願い。ただ毎日ぐっすり眠りたい。それだけだった。


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