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運命の出会い

 卒業式及び使い魔契約は冬の終わりに執り行われる。

 この時期、山頂付近に建てられている養成所の朝はかなり冷え込む。その冷たい空気が心地よく、ジャックは早朝外に出ていることが多かった。

 お気に入りの場所は屋根の上で、そこから朝陽が昇るのを見たり、山の麓の様子を見たりしていた。

 卒業式当日もやはり屋根の上にいたジャックは、山裾を走る馬車を見つけて不思議に思った。


(こんな早朝に貴族の馬車が?)


 養成所のある山には結界が張られており、許可証を持つ者しか入山出来ない。今日は卒業式があるため、使い魔を求める魔術師には事前に許可証が届けられているが、魔術師は箒に乗って来る。こんな早朝に来るはずもない。

 馬車が止まったのは見えたが、人が降りたかどうかは分からない。


(今日の式典で使う物でも運んできた商人か?いや、貴族の馬車だから違うよな。まあ、わざわざこんな所まで来たんだから、誰かが乗ってるんだろう)


 この時はまさか馬車から降りたのが十二歳の少女だとは思いもしなかった。





「ジャック、そろそろ会場に移動しろだってさ」


 同室のマックスに声をかけられ、ジャックは椅子から立ち上がった。今日は人型でいるようにと指導員から指示が出ている。その方が来賓としてやって来る魔術師達に各々の特徴が分かりやすいからとのことだ。


「魔術師達もほとんど到着した感じだな」


 ジャックは親指を立てて窓を指した。

 窓から見える空にはもう箒に乗った人々の姿は見えない。今は会場で受付をしている頃だろう。


「ああ、どんなのが来てるか、気になるなぁ。いい()()()()と契約したいなぁ」

「いいご主人様なんているわけないだろ。あんまり期待するなよ」

「俺はまだ希望を捨ててない。若くて美人でスタイルのいい魔女と契約したい!」

「呆れるほどバカだな。若い魔女なんて今時いるわけないだろ。あ、老婆の魔女ならいるかな?」

「ジャック、俺の希望を早くも打ち砕くのはやめてくれ」


 ジャックは肩を落として項垂(うなだ)れるマックスの逞しい背中を押した。

 穏やかな性格と大柄で筋肉質のルームメートは美人の魔女は無理でも、条件のいい契約が出来るのではないかとジャックは思っていた。


「ああ、そうだな。可能性はゼロじゃないよ。さあ、行こう」


 二階にある自室から階段を下りると、他の部屋からも人型となった魔獣が出てきて外に向かっていた。


「あいつ、尻尾出てるよ」


 マックスが前方を歩く魔獣を見て呟いた。


「ちょっと注意してくる」


 お人好しのマックスに呆れつつ、ジャックは「はい、はい。行ってきな」と答えた。そして皆より遅れて寮を出ると、横から声をかけられた。


「あのっ、すみません!――――そっ、卒業式の受付は、どこでしょうか?」


 声のする方を振り返ると、そこには箒を持った少女が頭やドレスに葉っぱをくっつけ、ぜいぜいと息を切らした状態で立っていた。

 ジャックは一瞬驚いて返事が遅れた。

 若草色の瞳をした少女の顔立ちは幼い。そして赤茶色の髪はボサボサ、紺色のドレスはあちこち破け、式典に参加するには相応しくない様子だ。しかも魔術師としての気配が感じられない。


「君は………箒を持ってるってことは魔術師?」


 少女は胸に手を当てて大きく深呼吸し、息を整えた。


「はい!今日は使い魔契約のために来ました」


 満面の笑みを浮かべ、弾むような声色ではっきりと答えた。


「で、その格好はどうしたの?」

「え」


 ジャックに言われて初めて自分の身なりの酷さに気づいたらしく、慌てて葉っぱを叩き落としドレスの裾を整えたが破れた箇所を幾つも見つけて笑顔は引っ込んだ。


「ど、どうしよう」


 一気に青ざめた少女にジャックは冷静に対応策を伝えた。


「魔法で直したらいいよ」


 すると今度は更に絶望的な顔で少女は言う。


「私の魔力では修復が出来ないんです」

「えっ、ああ、そういうこと」


 ジャックと初めて顔を合わせた魔術師は大概顔をひきつらせる。あまりにも大きすぎる魔力に驚きよりも身の危険を感じるらしい。

 それなのに目の前の少女は普通に声をかけてきた。そんなことは稀なので、一瞬、魔力を持たない人間なのかと思った。しかし、破れた布を直せないほど低レベルだというのなら、魔術師としての気配がないことや自分に怯える様子がないことも頷ける。


「じゃあ、僕が直すよ。その格好で人前に出るのは嫌だろう?」

「えっ、いいんですか?」

「いいよ、すぐに済むから真っ直ぐ立ってて」

「はいっ」


 少女は言われた通り、背筋をびしっと伸ばし直立姿勢をとった。

 ジャックは人差し指で空中に大きな円を描くようにくるりと動かす。すると光の粒がその軌跡をたどるように現れ、列をなしてドレスを囲み、足元から上に向かって螺旋を描いた。

 ほんの数秒でほつれた織り糸は元の位置に戻り、土埃が弾け飛ぶと、ドレスは本来の美しさを取り戻した。

 魔獣は呪文を唱えない。必要な分の魔力を狙い定めた位置に放つだけだ。


「うわっ、すごく綺麗!ありがとうございました。とても助かりました」

「それは良かった。っていうか、ありえない汚れ方だったけど、空から落ちたの?」

「いえ、私――――高い所が苦手な上に魔力不足で飛べなくて麓から歩いて来たんです。けれど想像以上に道が荒れていたものですからこのような姿に。着替えを持ってくれば良かったんですよね」

「は?いやいや、ちょっと意味が分からないよ。じゃあ、その箒はなんの為に持ってるの?」

「自分の身長くらいの高さなら飛べるので、大きな岩がゴロゴロしてる所では箒に乗りました」

「そうなんだ………」


 それは飛んだんじゃなくて、浮いたの間違いだろうとジャックは思ったが口には出さなかった。


「まあ、とにかく無事に着いて良かったね。受付はこの奥に見える緑色の屋根の建物だよ。でも、もうすぐ受付時間が終了するから急いだ方がいいよ」

「え!そうなんですか!じゃあ私走って行きます。本当にありがとうございました。失礼します」


 少女は深々とお辞儀をした後、建物に向かって走り出した。


(あれは、いろんな意味で貴重な魔女だな。魔獣と契約しに来たっていうけど、無理だろ)


 ドレスの裾を翻して走る少女の後ろ姿を見ながら、ジャックはそんな感想を抱いた。

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