番長もある意味普通じゃない
意図せず発生した二人の戦い。原因とも言える鬼塚血夜は不適に笑い、対する米沢勇美は怒りを滲ませ構えをとった。
嵐の前の静けさか一陣の風が吹き抜けた後、ただならぬ緊張感が辺りを支配する。
地平線の向こうからは決闘の始まりを今か今かと待ち望む夕日が照らしつけ、対峙する二人を煽るかのようだ。
そんな中、実況を始めるのはわたくし、金持幽子で御座いま~す!
「っておい! 最後の一行!」
「何かおかしいですか?」
「せっかくのナレーションが最後の最後で台無しだろ。というかどうして金持がここに?」
「闘いには審判が必要じゃないですか。どうせ相太くんは冷静に判定できないでしょうし、わたくしが代わりに勤めますよ~」
「そ、そうか……」
よく分からんが、神出鬼没な金持が実況してくれるらしい。しかもマイクまで持ち出しだして。
まぁ害はないし、好きにさせておこう。
「……準備はできてる。いつでもどうぞ」
「へぇ……。その台詞――」
「後悔するよ!」
ザッ!
「勇美選手、先に仕掛けた~! 自慢のツインテールを揺らして華麗に宙を舞う~! 先制のラ○ダーキックが決まるのかぁぁぁ!?」
ガッ!
「――っと残念。腕をクロスガードにした鬼塚選手に防がれてしまった~! 勇美選手は悔しそうに距離を取ったぞ~!」
「さすがは腕力バカ。正面からじゃ効かないか……」
「……だから言った。前の世界とは違うと」
「けどアンタみたいな力任せじゃあたしは倒せないと思うけどね~。どうせ身を護るのが精一杯なんでしょ~?」
「……そんなことはない。今度はこちらが仕掛ける」
タタッ!
「おおっと? 鬼塚選手、小柄な体系ゆえにフットワークが軽い~! あっという間に勇美選手の正面に出たぁぁぁ!」
「フン、あたし相手に正面から挑もうなんて、100年早いのよ!」
ブゥン!
「――あれ?」
「正面にいたはずの鬼塚選手が消え、勇美選手の放った蹴りが空を切るぅぅぅ! 代わりに側面でニヤリと微笑む鬼塚選手がぁぁぁ!」
「……隙あり」
ゴスッ!
「うぐっ!」
「これは効いたかぁぁぁ!? 無防備になった横っ腹に鬼塚選手の鉄拳が食い込んだ! 勇美選手、悲痛な表情で距離をとる~!」
ザザッ……
「口先だけじゃないってことね……」
「……理解してくれて嬉しい。ついでにダーリンを諦めてくれるともっと嬉しい」
「それはダメ! だいたいソータは誰とも付き合ってないんだから、勝手にダーリンとか呼ばないで!」
タッ――――ガガガガガガッ!
「でた~~~! 勇美選手の素早い連続蹴り~! 鬼塚選手、ガードはしているものの後ろに押されていく~~~! 心なしか表情に焦りが見えるぞ~? 大丈夫か~~~!?」
「…………」
「あらら~? さっきまでの余裕はどこ行ったの~? まさか反撃する間がないとか言わないでしょうね~?」
「…………くぅ!」
「あっははは! 図星だから言い返せないよね~。そんじゃま、可哀想だからそろそろ終わりにしてあげる」
ドゴォォォォォォ!
「……グフッ!」
最後に強めの蹴りが入り、鬼塚はクロスガードしたまま吹っ飛んでいく。しかし木にぶつかりそうになったところで木を蹴り、宙返りを決めて綺麗に着地してみせた。
「これは凄い、これぞ芸術、どちらの動きも一級品だぁぁぁ!」
「……さすが勇者。やはり力だけでは対抗できない」
「そうそう。理解が早くて助かるわ。分かったらソータと付き合ってるって話は訂正しときなさいよ」
「…………」
「…………グス」
ん? 鬼塚の目に涙が?
「……助けてダーリン、あの凶悪腹黒勇者がイジメる……グスグス」
「はぁぁ!?」
そう言って涙を拭いつつ俺の胸に飛び込んできた。それにイジメって……。
「ちょっとアンタ、誰が凶悪腹黒勇者よ! アンタの嘘泣きの方がよっぽど腹黒じゃないの! 手にした目薬が見えてるわよ!」
「…………チッ」
ササッ!
あ、後ろ手に隠した。なんつ~か、なかなかの芸達者だな。普段のおとなしい言動からじゃ想像もつかないが。
「ちょっと金持、鬼塚のこれは反則なんじゃない?」
「う~ん、そうですねぇ。無駄に尺をとるのもアレですし、反則負けで勇美選手の勝利としま~す!」
「やた~~~!」
こうして決闘は終わった。勇美の勝利により鬼塚が吹聴した内容が訂正される――
――ことはなく、涙目で俺を見上げてきたかと思えば……
「……ダメなの? ねぇ、ボク頑張ったよ? だけどダメになっちゃうの? ダーリンになってくれないの?」
「い、いや、その……」
これは来る! めっちゃ来る! 小柄な鬼塚が見上げてくるんだ、しかも目を潤ませてな! もう思わず抱きしめたくなるくらいに可愛いじゃないか!
「おおっと、これは強烈な不意打ちだぁぁぁ! 相太選手、このまま撃沈してしまうのかぁぁぁ!?」
「金持! 決闘は終わっのにいつまで実況してんの! 鬼塚もさっさと離れて! ソータは目を覚ましなさ~~~い!」
「――――ハッ!?」
勇美の叫び声で我に返る。ここで屈してはダメだ。これまで舞い上がっていたが、よくよく考えりゃいきなりダーリン呼ばわりは不自然すぎる。
「すまん、鬼塚。ダーリンって呼ばれる前に理由を知りたい。どうして俺なんだ?」
「……そんなの簡単。前の世界でも聖人の如くどんな人種にも平等に接していた貴方が好きだった。こうして同じ世界に生まれたのは運命の出会いに違いない。ボクには運命の赤い糸が見える。つまり、プレゼント・マイ・ユー」
おおぅ、思ってたよりけっこう重い……。
「でもさ~、それ言ったらあたしや金持も同じじゃな~い? みんな運命的に出会ってるんだからさ~」
「!!!???」
あ、なんか思考がパンクしたっぽいな。しかもすげぇショック受けてる。そこへ勇美が畳み掛けるように投げ掛けた。
「それにさ~、従姉妹ってポジショも運命的だよね~。何だかんだと幼い時にも顔を合わせてるし、今じゃ同居だよ同居。それと比較したら鬼塚なんて、つい最近出会ったばかりじゃ~ん? どっちが運命的かなんて言うまでもないよね~!」
「おいおい勇美」
あんま追い詰めるなよと言おうとしたところで、俯いていた鬼塚が身体を震わせ……
「ムッキ~~~ヤダヤダヤダーーーッ! 運命的出会いはボクだけなのーーーっ! ポッと出の勇者や魔王が邪魔するな~~~!」
まるで駄々っ子みたいに両腕をブンブンと振り回し、ジタバタと暴れ始めた。
「キターーーッ! 怒りゲージMAXの鬼塚血夜だぁぁぁ! でもちょっとだけ可愛くないですか?」
「それは同意する。小動物みたいで可愛いよな。あんな風に暴れると面倒だけど」
「まさかソータ、家で飼うとか言わないでしょ~ね?」
「いや、そこまで変態じゃないから」
エロゲーみたいに鎖を繋いで屋内を徘徊させる姿を想像しちまったが、俺はそこまで腐ってはいないからな? 絶対だかんな?
「……このままでは……ダーリンを……奪われてしまう……ん? そうだ!」
何かを閃いたらしい鬼塚が俺に駆け寄る。何をする気なのかと思えば突然俺の手を掴み、そのまま――
ムギュ!
「うへぇ!?」
掌に感じるたわみ! 胸と言うには些かボリュームが足りないながらも、微かに感じる押し返そうとする反動! 推定ランクはBと見たり!
「――ってそうじゃない! 落ち着け鬼塚!」
「……こうなった早い者勝ち。忘れられない思い出をつくろ?」
思い出作りは賛成だ。しかし、それだと取り返しのつかないことになる!
「な~~~に……やってんのよぉぉぉ!」
ムギュ!
「って勇美、お前まで!?」
鬼塚よりも張りのある胸! しかし、それでいて主張し過ぎることはなく、身体全体をバランスよく整えている! 推定ランクはCに違いない!
「これは予想外の展開だ~! 相太選手の右手には鬼塚選手、左手には勇美選手の女性の象徴が~! 正に両手に花ならぬ両手にお餅とも言えるこの状況、いったい選ばれるのはどちらなのか~!」
え……選ばなきゃダメなん?
「あ、なんだったらわたくしもエントリーしましょうか? ぶっちゃけあの二人よりも自信ありますけどね~。ほ~ら、寄せて上げて~っと♪」
むぅ……金持のやつ、小柄なくせになかなか立派な双丘を持ってやがる。俺の目力ではDと出たぞ。この選択は実に悩ましい。
「……さぁダーリン、ボクを選んで」
「もちろんあたしっしょ! あたしを選ぶわよね~!」
「――と見せかけて、わたくしを選択するのも大いにありですよ~♪」
なぜか迫られる三択。両腕を掴まれてる以上、この場から逃げることもできない(自力で振りほどく選択肢はないものとする)。
コツ……コツ……コツ……コツ……
んん? な~んか音がすると思ったら、ボロボロの制服を着たゴツい体格の男が近付いてくる。しかも足には鉄下駄? いったいいつの時代の人間なんだか。
「おやおや~? あちらの方は鬼塚さんにKOされた番長ですね~」
「ば、番長!?」
金持に言われてなるほどと納得した。まるで昭和の番長そのものだったから。
そんな番長が俺たちの前までやって来ると、いきなり土下座を!
ガバッ!
「鬼塚殿、貴女に惚れ申したぁ! あっしを舎弟にしてくだせぇぇぇ!」
なんなんだこの超展開は……。