不良少女も普通じゃない!
俺の隣は誰の手に――という争いが遠い昔に感じるかのように、いまだに神崎さんが座っている現状。
俺としては全く不満はないのだが、時おり思い出したかのように言い合いを始める様に慣れてきた今日この頃、その日も昼休みに数少ない友達である早乙女真二と連れションに出たのだが、気になる情報を伝えてきた。
「なぁ知ってるか? 一年の女子が三年の番長をフルボッコにしたって話」
「マジか?」
「おう、マジもマジ。身長180以上ある巨漢番長を、軽々と投げ飛ばしたらしい」
実物を見たわけじゃないが、明らかに俺なんかじゃ太刀打ちできない相手だってことは分かる。
同時に投げ飛ばしたのが魔穂や勇美なんじゃと思ったが、同じクラスの真二なら名指しで言ってくるだろうし、別のクラスなんだと確信した。
「……で、どこのクラスなんだ?」
「俺らのクラスだよ」
「おぅ……」
これじゃ確信した俺がバカみたいじゃないか。いや、すまんなバカで。
「まさかとは思うが、魔穂や勇美だとか言わないよな? いくら従姉妹だからって、二人への苦情は受け付けないぞ」
「違う違う。もっと意外な人物だって。いつも無口で目立たない――」
ズダァァァン!
「「!?」」
トイレから出たところで何かが床に打ち付けられる音が廊下に響いた。他の生徒も足を止め、音のした方へと注目が集まる。
「ぐ……ぇ……」
「…………フン」
仰向けに倒れているリーゼント野郎を腕組みをした小柄な女子が見下ろしており、その茶髪のショートカットで片目を隠したその女子には見覚えがあった。
確か同じクラスの鬼塚血夜って名前で、普段から無口な上に目付きがキツいから実は伝説のヤンキーなんじゃって噂されてるんだよな。
そんなことを考えてると、真二が俺の背後からソッと耳打ちしてくる。
「噂をすれば――ってやつだぜ」
「え? じゃあ番長をKOしたのって……」
「ああ。鬼塚だよ。どういった経緯でそうなったかは知らないが、ビビった舎弟が土下座して謝ってるところを何人もの生徒が目撃してるんだとさ。やられた番長もここ数日学校に来てないっていうし、噂は本当なんだろ」
無愛想なやつだとは思ってたけど、自ら問題を起こすようには感じなかったけどなぁ。まさか自分から喧嘩を売りに行ったわけじゃないだろうし、やっぱ絡まれたのか? う~む、分からん。
「……これ以上絡んで来ないで。番長を伸したのはボク。これは紛れもない事実。格下の貴方が喧嘩を売って来ないならボクも買わない」
「バ、バカ言え……。テメェに勝てば番長の座が手に入るってこったろうが。こ、こんなチャンス、見逃すかよ」
聴こえてきた会話により鬼塚の番長KO説が真実と判明。ついでにリーゼント野郎が倒れてる理由も分かった。
つ~か自分もKOされてんのにまだ諦めてないのか? ま、無駄な努力もほどほどにな~っと、心の中で呟いてみる。
「……こ、このままで済むと思うなよ? 次に会ったらこうは行かねぇ。分かってんのか、ああ!?」
「…………」
喚くリーゼント野郎を他所にスタスタと立ち去って行く鬼塚。
「…………」チラッ
「ん?」
なんだ? 鬼塚のやつ、去り際に俺の方を見たような……
「どうした相太、一目惚れか? だったら魔穂さんを紹介してくれよ~。正直お前にゃ勿体ない」
「うっせ。一目惚れなんかしてないっての。それに魔穂もやらん」
「おいふざけんな、独占禁止法に触れてんぞ!」
「残念だったな真二。俺はまだ少年保護法に護られてるんだ」
「くっそ~!」
あ、いつの間にか鬼塚がいない。真二とおバカをやってる間に立ち去ったようだ。けど去り際の時、確かに俺を見ていたよな?
な~んて思いながらも後日。俺は鬼塚のせいでとんでもない騒動に巻き込まれてしまうことに。
★★★★★
「おぅ、テメェがこの女の彼氏か!? 俺はコイツに恥かかされたんだ! この落とし前、どうやってつけてくれるんだ、ああ!?」
はい、こちら現場の俺氏です。現在地は体育館裏で、俺の隣には無表情の鬼塚血夜。更に目の前には先日倒れていたリーゼント野郎と、周囲にはそいつの愉快な仲間たちが殺気立った様子でこちらを囲んでおります。
それではさっそくインタビューしていきましょう。
「おぅ、聞いてんのかゴルァ? それとも今さらビビってんのか、ああ!?」
はい、お聞きの通り事態は一触即発。いつ戦闘が始まってもおかしくはありません。
ちなみに完全に退路を絶たれておりますので無事に帰還できる保証もありませんが、最後まで頑張って生きたいと思います。
現場からは以上で~す…………等と言っても画面が切り替わることはなく、掌にバシバシと拳を打ち付けるリーゼント野郎を前にどうしようかとしどろもどろに。
「…………」
チラリと隣に視線を向ければ、鬼塚が涼しい顔で――いや、相変わらずの無表情だな。
だがそんな鬼塚がとんでもない発言を!
「……多勢に無勢とは恥ずかしいやつ」
「あ?」
「……堂々と一人でリベンジかと思えば数にものを言わせるやり方。そんなんで番長になりたいとか、心底笑わせてくれる。ハハハハ」
「こ、この野郎……」
内容はもとより棒読みの笑い声が怒りを押し上げたのか、全身をプルプルと震わすリーゼント野郎。
顔から湯気が出そうなくらいに真っ赤に沸騰させると、拳を振り上げてなぜか俺の方に――
「舐めやがってぇ!」
ドゴォ!
「プゲラッ!?」
しかし俺に拳が届くことはなく、身体をくの字に曲げてグラウンドの方へと吹っ飛んでいき、更にサッカーの練習をしていた奴にボールごと蹴られるという有り様。
「うおぉぉぉ――いっっっでぇぇぇぇぇぇ!」
うっわぁ、股間を押さえて悶えてやがる。蹴られた場所が悪かったらしい。下手すると性別が変わってるかもしれないが、慎ましく生きてくれ。
「――ったく、ま~た変なことに捲き込まれちゃって」
「勇美!」
視線を元に戻せば、蹴りを放ったポーズのままの勇美がそこにいた。
よっしゃ、これで勝てる!
「お、おい、ゼント先輩がやられたぞ?」
「しかも一撃だと!?」
「じょじょじょ、冗談じゃねぇ! お、俺は関係ねぇからな!」
どうやら戦うまでもなかったようで、蜘蛛の子を散らす勢いで他の連中も逃げていった。
「助かったよ勇美。俺たちだけならどうなってたことか」
「ソータのピンチだもん、どこへだって駆けつけるよ♪ だけどラブレターごときに騙されてホイホイ付いてくのは見過ごせないな~?」
「まぁ……その……ゴメン」
そうなんだ。俺が体育館裏に来たのは、下駄箱に入っていた幸福の手紙――もといラブレターが原因だ。
【今日の放課後、体育館裏でめっちゃ鬼待ちしてます。絶対に来てください♡】
って可愛らしい字で書いてあるもんだから、そりゃ男なら期待して行くだろ?
まさか待ってたのが鬼塚で、直後にリーゼント野郎共がゾロゾロと現れたもんだから、美人局かと思ってビビっちまったけどな。
結局のところ美人局ではなかったが、鬼塚が俺のことを自分の彼氏だと吹聴したせいで、俺がリーゼント野郎に狙われたって訳だ。ホントいい迷惑なんだが……。
「さて、あとはコイツだね……」
勇美が殺気の籠った鋭い視線を向ける。対する鬼塚は正面から見据え、それがどうしたと言わんばかりに無表情。
「あたしのソータに手を出したんだから、それなりの覚悟はできてんでしょ~ね?」
「……あたしの? いつからダーリンは貴女のものに?」
「そりゃもう前世から――ってアンタ、どさくさ紛れにダーリンって呼ぶな!」
「……それは不可。ダーリンはボクの手紙を受け取り、そして来てくれた。これはもう両想いで間違いない。……ね?」
「う……くぅ!」
近くで鬼塚の顔を見たことがなかったけど、潤んだ瞳とモジモジした仕草がめっちゃ可愛い! つ~か全然ヤンキーじゃないやん!
「こらぁ! 鼻の下伸ばしてないで、ソータも少しは反論しなさ~い! まさか本気で好きになったとか言わないでしょ~ね?」
「も、もちろん!」
そうだ、可愛いのは確かだが結論を出すのは早すぎる。まずはダーリンってとこから否定しなきゃな。
「な、なぁ鬼塚。俺たちって会話すらしたことなかったよな? どうしてダーリンになってるんだ? そもそも付き合うと言った覚えもないんだけど」
「……心配いらない。例え嘘でも100回言えば真実になる」
「それ悪質!」
良い子は真似しちゃダメだぞ?
「……でも理由ならある。」
「え?」
「……前の世界では魔王と勇者に敵わなかった。力の差がありすぎたから。けれど今は違う。この物理法則の強い世界なら、魔王や勇者にだって対抗できる」
前の世界――って、まさか鬼塚も!
「下がってソータ! コイツもあたしたちの同類みたい」
慌てて勇美の後ろへと退避すると、鬼塚から正体を告げられた。
「……ボクは元吸血鬼。魔法は無くても力比べなら負けないよ?」
鬼塚……。コイツの狙いはいったい……。