偽者も普通じゃない!
ドアの向こうに十針。こっちにも十針。もうワケわからんと思考を放棄しそうになるのを辛うじて堪え、高速で頭をフル回転させる。
最初から二人いた? いや、だったら魔穂と勇美、もしくは十針本人から伝えられてるはず。つまり十針は一人しかいないってことで、これらから導き出される答えは……
「……双子?」
「違います」キッパリ
呆気なく外した。可能な限りポジティブ思考で出した答えなんだが、それを否定されちゃうと俺の置かれてる状況が大変よろしくないことになってくる。
今にして思えば本物の十針とは言動が違いすぎるし、その時点で気付くべきだった。
「やっぱりお前は……」
「すでに見当はついているのでしょう? 私が偽者であり、貴方を狙っていることを」
十針だったサイドテールが徐々に変わり、長い髪を真っ直ぐに下ろした女が見えてきた。そして後ろ手で隠していた包丁を俺へと向ける。
冗談じゃねぇ、何とか刺激しないようにしねぇと!
「あ、あのさ……さ、さすがに包丁は危ないんじゃないかな~なんて……」
「言いたいことはそれだけ?」
本来ならそんな物騒なものはしまえと言ってやりたい。ただ怖いから言えないだけです! 激昂されそうだし!
だが目の前の女は俺の恐怖心を煽るかのように、ジリジリとにじり寄ってきた。
「ま、待て、待ってくれ、とにかく落ち着いて話し合おう? な?」
「話し合う? 今さら話し合ったところで崩壊したあの世界は元には戻らない。それくらい、貴方だって分かっているでしょう?」
「いやいや、崩壊したとかあの世界とか、俺にはさっぱり分からんって。魔穂と勇美からは聞いたけど、そもそも俺には記憶がない。元の世界が崩壊して悲しいのは分かるが、それを今の俺にぶつけても、何の解決にもならないじゃないか」
などと言ってはみたが包丁を手離す様子はなく、ついには窓際まで追い込まれてしまった。
「お前さえ……お前さえ居なければ、あの世界は平和だったのよ。私だってローレライとして生活していただけなのに……」
この女の前世はローレライか。確かセイレーンと並び、船乗りを歌声で惑わす存在だと言われてるな。
――って、言ってる場合じゃない。何とかこの状況を打破しないと!
「なぁ、やっぱマズイって。この歳で殺人罪とか親だって悲しむぞ?」
「けれど……これで……これで無念が晴らせる。いまだお前に幻想をいだいてる者も目を覚ますことでしょう。……そうよ、すべてはここから始まるのよ!」
あ~ダメだ、聞いちゃいねぇ。
こうなりゃイチかバチかだ。元は魔物とはいえ今は普通の女子高生。強引にタックルして逃げ出すしかない!
――と体勢を低くしたその時だ。
『ゆるりと放課後をお過ごしの皆様、毎度お馴染み放送部の金持幽子で~す♪ 今日も元気にぃ……ファイア~~~!』
フィキィィィ!
な、なんだ? 校内放送が聴こえたと思ったら、身体が硬直して動かねぇ!
「クゥ……、こ、この力は負の波動。まさか金持、やつも転生者だというの!?」
ヤバイと思ったのはこの女も同様で、包丁を握りしめたまま硬直している。
『ちなみにこの放送、音楽準備室にいるお二方にしか聴こえてないんですよ~? どうですか~? 凄いですよね~! あ、硬直はすぐ解けるんでご心配なく~♪』
心配ないと言った直後、すぐに身体の自由が戻った。
でもヤバくねこれ? 俺が自由になったってことは目の前の女も……
「クッ、邪魔が入ったが今度こそ!」
「やっぱりぃぃぃ!」
今度こそ本当に終わった!
ドガァッ!
こ、今度はなんだ? 入口のドアが吹っ飛んだぞ!? ――と思ったら、魔穂と勇美が勢いよくなだれ込んできた。
ガシィ!
「そこまでだ、鮫島海苔子」
「お、お前は……米沢!?」
間一髪で魔穂が腕を掴み、勇美が包丁を取り上げた。この二人に抵抗するのは無駄だと思ったのか、女は力なくその場にへたり込む。
「ようやく尻尾を出してくれたな? まさか我々が気付いていないとでも思ったのか? バカなやつめ」
「尻尾どころか本体が出てるけどね~。補足しとくと、体育館を出るところは気付いてたからね~?」
「クソッ、最初からバレていたのか」
「そういうこと~♪」
それならもっと早く助けてほしかった……。
「あ、その顔、早く助けてくれたらとか思ってるでしょ? 鼻の下を伸ばしてるからこういう目に合うんだかんね~?」
「すんません……」
気付けば俺が説教されてた。いや、鼻の下を伸ばしてたのは認めるが、まさか偽者の十針だとは思わなかったわけで……
「……何? 文句あるの?」
「御座いません……」
まぁ命を助けられた身だし、ここは素直に謝ろう。
「……で、この人――鮫島さんだっけ? どうするんだ?」
「そうだな。相太の命を狙ったのは断じて許せん。他の生徒へ危害を加えないとも限らないし、やはり警察に突き出すしか……」
「好きにすればいい。あの世界に戻れぬ以上、もはや生きている価値はない」
すでに諦めたようで、暗い表情で俯いている。
命を狙う方が悪いとは言え、前世の記憶がある以上簡単には割りきれないよなぁ。逆の立場なら俺も同じ行動にでるかもしれないし、許してやりたいとは思う。
「なぁ魔穂、やっぱり……」
「まさか相太、コイツを許すとか言わないだろうな?」
「い、いや、まぁその……」
「甘いぞ相太! 私の愛する人を奪おうとしたのだ、その落とし前はキッチリとつけてもらわねばならん!」
「魔穂に同意~! ここで許したらまた同じことを繰り返すかもしれないもんね~」
「然り。本来なら命を刈り取ることで場を収めたいくらいだ」
だよなぁ……。簡単に許そうとする俺は甘すぎだろうとは思う。でも責任を感じるっていうか、このまま警察に引き渡して終わり――って感じにはしたくない。
カチャ!
「おやおやおや~? 何やら相ちゃんお困りのようで~?」
一連の流れを理解しているであろう人物――金持幽子が入ってきた。というか相ちゃんって……まぁいいけど。
「鮫島さんのことですね、でしたらわたくしの実家で預かりますけどいかがです? 人は多いので監視体勢もバッチリです!」
なんでも金持の父方の実家は御寺らしく、そこで修行――もとい更正させればいいのではっていう提案だ。
「すまん、金持」
「いえいえ、このくらい御安い御用です。じゃあ鮫島さん、行きましょうか」
「…………」
抵抗らしい抵抗をみせない鮫島は無言でコクリと頷くと、一度俺へと振り返る。そして深々と頭を下げると、金持に付き添われて部屋の外に――
「くぉらぁぁぁ! 音楽準備室のドアが壊されてるじゃないかぁ!」
たまたま通り掛かったであろう生活指導の先生が怒声を上げる。
あ~もぅ! この先生、説教がくどいから相手にしたくないんだよなぁ……。
そう思って魔穂に視線を向けると、案ずるなとばかりに力強く頷いた。
どうやって切り抜けるのかと思えば……
「「「先生、コイツです」」」ビシッ!
「――って、ちょっとぉ!?」
生け贄に指定されたのは勇美。まぁ足癖の悪いコイツが蹴り破ったんだろうしな。
それでも鮫島にまで指で差されてるのはちょっとだけ可哀想とは思うが。
「お前かぁぁぁ! 職員室まで来い!」
「ち、違うんです先生! あたしはソータを助けようと――」
「つべこべ言わずに来るんだ!」
「ぴぇーーーん!」
残念だったな勇美。その先生に嘘泣きは通じないぞ。
「も~~ぅ、覚えてなさいよアンタたちぃ!」
「はいは~い、途中まで付き添いますから元気よく行きましょ~♪」
「ふ~ざ~け~る~な~~~!」
手足をバタつかせて連行される勇美を見送り、その場には俺と魔穂だけが残された。
「じゃあ俺たちも帰る――」
「何を言う。せっかく厄介者の勇美がいないのだ。これを好機とせずなんとする」
「え……それは勇美に対して申し訳ないというか、アンフェアのような……」
「私は一向に構わん! それとも相太、私じゃ……不満か?」
「うっ…………」
ここで頬を赤らめた上目遣い! 普段は凛々しいはずの魔穂が見せるとてつもないギャップ。これに萌えないわけがない!
「ま、魔穂……」
「相太……」
しばし見つめ合う二人。やがて互いに目を瞑り、口と口とが引かれ合い――
ガチャ!
「今日も我輩頑張りました~♪ さぁさぁさぁ、片付けが終わったその後は~? 楽しい楽しいコンビニへ――」
第二音楽室から入ってきたのはソプラノボイスの十針。
そのまましばし見つめ合う三人。やがて三人とも目を瞑る――ことはなく!
「ヤッバ、これヤッバ、学校で始めちゃうとかハメ外しすぎぃ! コンビニで例えると、レジ横に堂々とエロ本積んでるようなものですぅぅぅ!」
それはそれで店長のセンスを疑いたくなるコンビニだな……。
「我輩だって未遂に終わってるのにズルいです~! 先生に言ってやろ~っと♪」
「ちょ、十針っ!」
「待ちなさい十針!」
このあと無茶苦茶追いかけっこした……。