続・歌声天使は普通じゃない!
「よし、では二人とも帰っていいぞ」
「「は~い……」」
魔穂と勇美――特に魔穂によってタップリと絞られた神崎さんと十針は、ガックリと肩を落とし憔悴しきった様子で帰っていく。それを見届けた俺たちは、再び自室(俺の部屋)へと戻った。
「まったく、頼んだ護衛に襲われてはオチオチ部活もしてられん」
「ホントだよも~ぅ。というかね、ソータも少しは抵抗しなさいよ。もうちょっとで貞操の危機だったんだよ?」
「……すまん」
あれはあれで有りだと思う――なんて口が避けても言えない。俺だけ追加で説教は勘弁だからな。
「そもそもが精神の弱さがこの結果とも言えるのだ。こうなっては鍛える以外にないかもしれん」
「鍛える――って、具体的に何を?」
「相太も部活動に励んでもらおう」
「うえええ!? そりゃないよ姉さ~ん!」
「誰が姉さんか! 私は磯野サ○エではない! それにな、同じ部に入部すれば四六時中監視――じゃなかった、護衛ができるのだから一石二鳥ではないか」
「でもさぁ、どうせ魔穂って運動系に入るつもりだろ? 運動神経のない俺じゃ足を引っ張るだけに……」
「何を言う、だからこそ鍛えるのだろう? そんな弱気でどうするのだ!」
厳しいなぁ。そりゃ俺だって美人の魔穂と一緒に居られりゃ幸せかもだが、どう考えても三日坊主で終わりそうだ。
「じゃ~さじゃ~さぁ、あたしと一緒に文系の部活に入るってのはどう?」
「文系?」
「そそ。特に体力は使わないし、運動オンチなソータでも安全安心♪」
その場合だと勇美の方が三日坊主になりそうだな……。
「何も今すぐ決めろ――とは言わん。明日の放課後にでも一緒に見学しようではないか」
★★★★★
――という魔穂の提案により、逃げないように両サイドをガッチリと挟まれた俺が、放課後の廊下を連行されていく。なんつ~かね、市場で摘まみ食いしてるところを捕まったアホな少年みたいな感じだよ。
「つ~かお二人さん、この格好だとやたら注目を浴びてるんだが……」
「まさか嫌だとでもいうのか?」
「そうだよソータ、美少女二人に挟まれてるんだからもっと嬉しそうにしなきゃ」
いや嬉しいよ? 充分すぎるくらいに。でも見せつけるように練り歩くとロクでもないやつに目を付けられそうで怖いんだよなぁ。
いや何がって、因縁つけてきたやつを過剰なまでに滅多打ちにしそうでさ。昨日の卓球を見た限りじゃ二人とも相当強いんじゃないかと思う。もちろん体術的な話だぞ?
「おうお前、一年のくせに両手に花たぁ見せつけ――」
「邪魔だ」
「ブッフォ!?」
うん、言ってるそばからフラグを成立させてしまったようで、強面のパイセンが魔穂の平手打ちで床に突っ伏した。
次は絡んで来ないでほしい。止める自信がないから。
「あんだテメェ、女侍らせていい度胸――」
「邪魔だからどいて!」
「ゲッハァ!?」
さっきのやりとり見てなかったのか、別のパイセンが勇美の回し蹴りで盛大にフッ飛んでいく。よかったッスね、保健室の前で。
「おぅおぅ、そこのヒョロガリ野郎! 調子に乗ってん――」
「「いい加減にしろ!」」
「ホゲッ!?」
しまいにゃヤクザみたいな厳ついやつまで現れ、二人によって投げ飛ばされていく。つ~かやけに老けた顔してたが留年生か? まぁどうでもいいが。
「あれ、一年だよな?」
「やべぇぜあれ、関わったらボコられるぞ」
「目を合わせたらダメよ、因縁つけられるわよ」
そしてヒソヒソと囁かれるまでに。こっちが因縁つけられた側なんだけどなぁ。
「まったく、校内にも拘わらずあのような輩が彷徨いているとはな。後でキッチリと生徒会に抗議しなくては」
それ、異性との不純な交遊を避けろとか言われるパターンじゃね? そうなると生徒会にまで目を付けられることになるんだが。
「ついでに告知させようよ、ソータはあたしたちのだ~って。あちこちの壁にポスター貼っとけば見てくれるっしょ」
「それはダメだ!」
「ぶ~ぅ、どうしてさ?」
「どうしてって……ほ、ほら、あれだよ、女子たちにも注目されちゃうだろ?」
「そ、それは困る!」
「うん、告知は無しだね~」
ふぅ……晒し者は免れたか。
「――で、やって来たのは体育館と」
「うむ。今日はバスケ部と剣道部が使用してるはずだ」
中に入ると赤と白のユニホームに分かれたバスケ部と、袴を着た剣道部が半々で練習を行っていた。
早くも熱気が凄まじく、すでに帰りたいモードな俺。だが魔穂はお構い無しに俺の手を引き、端で見ている剣道部の部長らしき人物の元へと引っ張って行く。
「おお、米沢魔穂さん! 入部してくれる気になったのか!?」
「すみません、まだ考え中でして……。差し支えなければ竹刀を握らせてもらっても?」
「ああいいとも! 好きなだけ握り潰してくれたまえ!」
運動神経の良さを披露したらしく、部長さんから熱烈なラブコールを送られている。他の部員も手を止めて、魔穂の素振りを観察し始めた。
シャ――シャシャ! シャシャシャシャシャシャ!
「「「おおっ!」」」
思わず声をあげる部員たち。残像が見えるし普通の動きじゃないのは分かる、分かるんだが、その動きは侍だよ! おもいっきり突きを連打してるし!
「ブラボーブラボー! 魔穂さんなら百人抜きも余裕だろう!」
「お褒めいただき光栄です」
いや部長さんよ、そこは剣道ちゃうぞと言ってやるべきだろ。だいたい百人抜きってなんだ? 魔穂に何をさせる気だ……。
「どうだ相太、私とともに剣道を極めないか? さすれば共に過ごす時間も増え、相太自身も鍛えられるし一石二鳥というものだ」
すでに極めてるんじゃないですかねぇ。
「どうだろう? 相太がその気になってくれれば私としても――」
バムッ!
「――ブフッ!?」
どこからか飛んできたバスケットボールが魔穂の後頭部を直撃した。
「あ~ゴメンゴメ~ン、当たっちゃった♪」
ペロッと舌を出しつつ謝る勇美。うん、絶対にわざとだな。
「あ~たたた……コホン。勇美よ、このような仕打ち、覚悟はできているのだろうな?」
「ちゃんと謝ったじゃ~ん、ゴメ~ンって」
「それが謝った態度かぁぁぁ!」
竹刀を構えて勇美へと突っ込む魔穂。
「ちょっとぉ、こっちは武器無いのにそっちは竹刀?」
「ふん、せめてもの情けでルールはそちらに合わせてやろう――――セャ!」
「あっ!」
勇美が手にしていたボールを素早く奪い、竹刀でボールを打ち付けるという器用なドリブルを開始した。
「ハハハハ、悔しかったら奪い返してみろ!」
「ふ~んだ、上等だよ!」
負けじと勇美が追走し、ボールの奪還を試みる。
対する魔穂も譲る気はないらしく、高くボールを打ち上げると自身もロングジャンプで飛び上がり、勢いよく竹刀を振り下ろし――
「めーーーん!」
バチーーーーーーン!
ガゴン!
一直線にバスケットへと向かい、そのまま叩き込まれた。
つ~かなんの種目だよこれ。言うなればバス剣道? なんかもう分からん。
「おお、すっげーーーっ!」
「さすが米沢さん!」
「こりゃ将来の有望株だな!」
キミたち、感心してないで突っ込め。珍百景には載るかもしれないが、正式な球技としても武術としても認められないから。
「くぅ……悔しい~~~ぃ! 魔穂、もう一度勝負だよ!」
「いいだろう。その挑戦、受けて立つ!」
二人ともすっかり熱中し始め、部活巡りは強制終了してしまった。はぁ……やれやれだ。
「じゃ、今のうちに帰るとする――」
「ここに居たんだ、相太くん」
「――って、十針か? なんだって体育館に……」
「部活巡りするって聞いてたのになかなか合唱部に来てくれないから、気になっちゃって」
ああ、魔穂と勇美から聞いたのか。でも妙な違和感が……いや、気のせいか?
「ご覧の通り、勝負に熱が入っちまったようでさ、こうなるとしばらくは終わんないよ」
「あらら、それは大変だね。よかったら私が案内しようか?」
十針に顔を覗かれつつも軽く思考する。黙って立ち去ると後が怖いが、部活を案内してもらってたと言えば文句も言われないだろう。
「分かった。せっかくだから頼むよ」
「いいよ、ついてきて」
手を引かれて体育館を後にするが、先ほど感じた違和感が消えない。
何だろう、この学校に通い始めてからこんなに不安を感じたことなかったんだが……。
「着いたよ。さぁ、入って」
「でもここって……」
案内されたのは音楽準備室だ。第一音楽室と第二音楽室に挟まれた位置にあり、しまってある楽器をどちらにも運べるようになっているんだ。
今は第一音楽室で吹奏楽部が、第二音楽室で合唱部が使用中らしい。
「どうしたの? ほら、早く奥に」
「あ、ああ……」
言われるまま奥へと進むと、後ろからカチャリと音が聴こえた。十針がカギを掛けたんだとすぐに分かった。
もうここまで来ると大半の野郎は期待するだろう。ここで行われるのは愛の告白だ。当然俺も胸が高まり、期待は最高潮に。
特に俺の場合は昨日のこともあるしな。「昨日の続き……しよ?」とか言われちまったらその流れに身を任せるだろう。
「あのね、相太くん。とっても大事な話があるの」
「……話?」
冷静さを装いつつも然り気無く返す。だが本心では「キターーーッ」と叫んでいて、変な顔文字まで浮かんできた。
昨日はあれだけ積極的だったのに、このしおらしさのギャップにも引かれる。
「あのね……」
――と言いつつなかなか切り出さない十針にヤキモキしながらも「さぁ来いよ、ドンと来い!」な~んて身構えてると不意に第二音楽室のドアが目につき、その奥の光景に釘付けとなった。
「…………(えっ!?)」
そんなバカな! ドアの向こうに見えるのは十針!?
何度も目を擦るが間違いなく十針で、防音設計により声こそ聴こえないが歌声を披露しているところが確認できた。
ならここに居るのは……
「お、お前は誰だ!」
「…………(ニヤッ)」
その瞬間、目の前の十針が口の端を吊り上げた。