台湾沖航空戦
マリアナ沖海戦で日本軍は戦術的には勝利した。正規空母2隻、護衛空母2隻を撃沈し、日本軍の損害は皆無だった。完全にパーフェクトゲームだった。しかし、6月20日の夕方、日本機動部隊はまるで戦場から逃げ出す様に帰還した。実際逃げ出したのだ。日本軍には米空母を攻撃できるだけの機体がなかった。日本軍は19日の攻撃で攻撃機、爆撃機の半数を失い、残りの機体も再出撃不能な機体ばかりだった。修理すれば復帰できる機体も多くあったが、そんな軽微な損害の機体はほとんどなかった。稼働機40機という情報が旗艦大鳳に寄せられた瞬間、艦橋はざわざわとしたという。小沢司令が撤退を決めたのはある意味当たり前だった。
そして、日本軍の機動部隊が再編される事はなかった。
小沢艦隊は呉へ戻り、連合艦隊は緊急の会議を開催した。会議というより豊田連合艦隊司令が僕の意見を聞きたいと言い出したのだ。僕は打つ手は無く、敗戦を早期に受け入れるべきだと思った。
「それで、君の知っている世界ではこの後、どうなるのだ? 日本はマリアナ諸島を奪取される。今の日本軍にマリアナ諸島のグアムを防衛する実力がない…」
豊田長官は率直に聞いてきた。僕も率直に言おうと思った。
「失礼します…いえ、軍人としてはあってはならない事だとは思います。しかし、日本は負けます。それも国土が焦土と化し、原子爆弾を2発も落とされ、満州やサハリンはおろか沖縄も米軍や中国、ソ連の手におちます。人的損害は数百万人です。早期に降伏すべきです」
「貴様! それでも軍人か! 軍人は戦えと言われれば戦う! 我らが何のために平時に飯を食わしてもらってきたのだと思う? 全てはこの戦時の為だ。国民の血税で生きてきたのだぞ!」
「その国民を赤紙で徴収して、激戦地で玉砕させているのは誰ですか? ただ、遅延させる為に玉砕だなんて、戦術でもなんでもないではないですか! ソロモン諸島やギルバート諸島で何が起きているのか知らないですか?」
「そ、それは…」
僕は連合艦隊の参謀の一人と口論になってしまった。最悪の事態…結局何も歴史は変わってはいない。史実通り、マリアナ沖海戦の制空権、制海権をとられ、失陥するのは時間の問題だ。
「君の言う事は一理はある。確かに陸軍は戦地に満足に修練が積めていない兵士を送っている様だし、遅延の為、玉砕という作戦をしてる。だが、それは一重に我ら海軍に期待しての事だ。我らが制海権を取り戻すと信じて戦ってくれているのだ」
「では、海軍に制海権や制空権を取り戻す艦隊はあるのですか? 陸軍にとても勝てないと言えないだけではないですか? 正直に言えば、陸軍だって、降伏するしかないと考えるのではないですか?」
「そんな惰弱な事が陸軍に言えるか!」
また、物わかりの悪い参謀だ。
「結局、唯のプライドじゃないですか? 海軍はプライドの為に将兵を犠牲にするんですか? それに負けを認めなくても、嫌が上にも認めさせられる。米軍はそれだけの物量をもっているんですよ!」
「…不知火中尉、言い過ぎだ。訂正しなさい」
豊田長官に窘められる。
「事実でしょう? 海軍だってもうじき、特別攻撃隊を組織する。零戦に爆弾を積んで米空母に特攻させる計画を既に考えているんでしょう?」
「貴様! 海軍を侮辱するのか?」
「僕は海軍を侮辱なんてしていない! 海軍に汚名を着て欲しくないだけです!」
「不知火中尉。君の意見はわかった。だが、我らは軍人なのだ。政府が戦いは終わりだと言うまでは戦い続けなくてはならない。降伏を決めるのは政治家の仕事なのだよ。我らからは言えない」
そうやって、みんながプライドを守って、罪のない、小市民が激戦地で玉砕や特攻の犠牲になったんじゃないか? ましてや、東京空襲や名古屋空襲なんて民間人が何万員も犠牲になっている。政治家は海軍が弱気にならないから降伏を決断できないんじゃないか? そもそも政治家は元陸軍軍人じゃないか…
「君も知っているんじゃないか? 日本政府が既に和平の為の交渉をしている事を?」
「知っています。米国は交渉のテーブルにはつかない。当たり前です。圧倒的に有利な訳ですから、この際たっぷりアジアの利権を勝ち取るつもりでしょう。でも、無条件降伏するとか、徹底的に米軍に有利な条件をつければできる筈です」
「貴様馬鹿か? それでは国土を売るのと同じだぞ?」
「日本全土が焦土と化すよりましでしょう!」
「もう、いい、君の知識を教えて欲しかったのだが、今の君はマリアナ沖の戦いでどうにかしたのだろう。今日は休め。改めて君の意見を聞く機会を設ける」
「感謝しろ。不知火中尉。長官の慈悲だぞ」
「あ、ありがとうございます…」
僕はぎりぎり保った理性でそう言った。正直、言い過ぎた。結果を知らない人間にいくら言ってもわかる筈等ないのだ。僕は写真で焼け野原になった東京の写真を見た事がある。古い記録で、玉砕したり、崖から万歳しながら飛び込む市民の映像を見た。
僕はこの世界で何もいい影響を与える事ができなかった。僕は何のために戦ってきたんだ? 最初は少しでも被害を抑えたいと思っていた。でも、全然変わらないじゃないか? 一時的に空母を守れたとしても、既に米軍は10隻以上の正規空母で日本に侵攻してくる。僕のやった事は無意味だった。
そして、僕は祥鳳に戻ってから、祥鳳と艦隊に随伴して戦う機会はなかった。貴重な稼働機を持つ筈の僕らの祥鳳は呉で停泊したままだ。
そして、僕の知らない処で、僕の守った空母達は沈んで逝った。空母大鳳、翔鶴は日本近海で米潜水艦の攻撃に会い。あっさり沈んだ。翔鶴には4発もの魚雷が刺さり、大鳳は僅か1発だった。大鳳は史実通り、たった1発の魚雷で船体がきしみ、ガソリンが漏れ出し爆発炎上した。
昭和19年、西暦1944年10月台湾沖で、台湾の基地航空隊を中心に米空母へ攻撃を行った。結果、空母11隻を撃沈したそうだ。もちろん事実では無いだろう。基地航空隊の戦果報告は信用に足るものではない。それどころか前より酷くなっている。
呉で新聞を読むと、日本軍は大勝利をおさめ、まるでこの戦いに勝利したかの様な記事だった。僕は腹を立てて、新聞をゴミ箱へ突っ込んだ。真実を書かない新聞なぞゴミ以下だ。
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