ミッドウェー海戦6
午前4時、唐突に沈黙を破って艦橋で声が発せられた。
「友永大尉の電文傍受しました。『カワ・カワ・カワ(第二次攻撃の要あり)』です」
「これで、ミッドウェー島への第二次攻撃隊が編成されるな」
通信員の綾瀬中尉が第一次攻撃隊の電文を報告し、藤沢艦長が見解を述べる。戦いは僕の知っている史実通りに進んでいる。既に午前2時30分 PBYカタリナ飛行艇に艦隊位置を発見されてしまっている。
「これから、ミッドウェー島の基地航空隊の波状攻撃に午前7時30分位まで悩まされます」
「その攻撃は大丈夫なのか?」
「直掩隊や各艦の回避行動によって排除されます」
「そうか、それなら安心だ。だが、赤城、天城、蒼龍を襲うSBDドーントレスは何時頃来るんだ?」
「午前7時25分頃です」
「未だ時間があるな?」
「はい、僕達はたくさんやる事があります。先ず、午前5時30分頃、利根4号機が敵空母を発見します。この時、艦隊の攻撃隊はミッドウェー攻撃用の陸用爆弾を装備していますが、南雲司令は対艦攻撃用爆弾、魚雷に兵装転換させます。これを阻止しなければなりません。陸用爆弾でも、空母に当たれば、攻撃力は削げます。それに兵装転換なんかを呑気にしていたら、敵を攻撃する為の爆弾や魚雷が艦内にわんさかといる時に…」
「そんな処に敵空母の攻撃隊の攻撃が命中したら…」
「僕の知っている史実では、それが原因で、僅かな命中爆弾で、三隻は沈みます」
「じゃあ、南雲司令に進言すれば?」
「それはわかりません。山口多門司令も同じ進言を行ますが、却下されています」
「しかし、複数の意見なら?」
「あるいは、南雲司令の心を動かす事ができるかもしれません」
「わかった。私が南雲司令に進言する」
藤沢艦長は僕の顔を見ると真剣な表情で、僕に決意を伝えた。藤沢艦長は大佐だ。南雲中将に進言する等、もっての他だ。だが、それを無視して、進言してくれる。未来は変わるのか?
「艦長、僕の魔法小隊に出撃許可をください。ユキとユウに対空監視をさせます」
「わかった。許可する。頼むぞ!」
「もちろん、全力を尽くします」
僕はユキとユウに魔法通信で祥鳳の周辺で対空監視任務を命じた。
「では、私達も我々の責務を全うするか」
「ええ、祥鳳には零戦が12機あります。艦隊の直掩隊を助けましょう」
飛行隊長茅ヶ崎の進言により、祥鳳から2個中隊8機の零戦隊が発艦する。もちろん、南雲司令の許可は取った。残りの4機の零戦は発進準備を行い、待機した。ミッドウェー島の攻撃は散々続く、交代しながら、補給をする計画だ。
この祥鳳の役割は防空専門艦だ。発想は悪くない。しかし、できれば、搭載機は全て零戦にして欲しかった。この空母祥鳳は20機艦載機を搭載している。零戦12機、九十七艦攻8機という編成だ。日本軍の悪い癖、防御より攻撃を優先する。その為、祥鳳にはたった8機の艦攻が搭載された。祥鳳を防空専門艦とするなら、艦攻はいらない。全て零戦にして20機の戦闘機があれば、艦隊防空に大きく貢献できる筈だったのに。
午前4時5分米軍TBFアベンジャー雷撃機6機と、雷装のB-26マローダー双発爆撃機4機が遂に来襲した。僕達祥鳳は旗艦赤城にいち早く接近を知らせたが、無視された。重巡利根が敵機を発見すると、空母赤城と利根の対空砲火が始まり、直掩隊の零戦10機が迎撃する。攻撃隊は空母赤城を狙うが、赤城はアメリカ軍の魚雷を全て回避した。被害は機銃掃射で赤城三番高角砲が旋回不能になった他、通信用空中線が損傷し、旗艦赤城の通信能力に支障が生じた。
僕達は歯がゆい想いでいっぱいだった。
「駄目だ、旗艦はこちらの通信に返事もしない」
「慌ただしくて、回答する時間がないのかもしれないな」
僕は確かにそうかもしれないと思った。空母群は今、第二次攻撃隊を編成しようとしている。そんな時に僕らが敵機来襲と報告すれば…機影は見えていないのだ、まさかと思うだろう。だが、実際、敵機は来襲した。次は祥鳳の報告に耳を傾けてくれるかもしれない。僕は淡い期待をよせた。
午前4時28分、利根の4号機から旗艦に向かって「敵らしきもの10隻見ゆ、ミッドウェーより方位10度、240浬 (南雲機動部隊から00浬)」と発信した。
「いよいよ、敵空母発見の報がもたらされます」
「未だ、早くないか?」
「いえ、利根4号機は水上機ですので低速な為、容易に敵艦隊に近づけません。これから敵の艦種が確認されます。
旗艦の発信を傍受、利根4号機に対して「艦種知らせ」 との事です。
通信科の綾瀬中尉が報告する。そして、午前4時45分 更に、
旗艦のより入電 「魚雷から陸用爆弾への兵装転換を一時中断せよ」との事です。
「艦長!?」
「うむ、わかっている。ここは陸用爆弾のみで発進させる様進言すべきなのだな?」
「はい。それに準備できた機体から発艦させるべきです。勝機は段違いになります」
「わかった。できるだけ慎重に進言しよう。綾瀬中尉 、旗艦の南雲中将宛てに発信、『敵空母の攻撃の可能性あり、兵装転換なく、このまま敵空母へ発進を検討されたし、尚、準備できた機体より逐次発進される事を検討願う』、と伝えてくれ」
「わかりました」
綾瀬中尉が平文で電文を打つ。既に敵に機動部隊の位置は知られている。無線封止は解除されている。
しかし、司令は頑固だった。南雲中将は砲雷屋だった。そして、航空の専門畑では無い彼はこう判断した。『戦力の逐次投入は戦略戦術の基本に反する、祥鳳航空隊はこれより敵艦隊攻撃の為の攻撃隊を編成せよ』
旗艦の返信に茅ヶ崎飛行隊長は、
「うぉぉぉぉぉお」
雄たけびを上げる。彼も航空兵、敵空母への攻撃に血が高まったのだろう。
「茅ヶ崎飛行隊長?」
「我らは軍人だ攻撃を命じられれば、それに従う、零戦隊を4機もらう」
「それでは少なすぎるのではないか?」
藤沢艦長が茅ヶ崎飛行隊長に指摘する。艦攻隊はたったの8機とは言え、攻撃隊の直掩が零戦4機では流石に心もとない。
「戻るべき母艦が沈んだら、帰る処が無くなるでしょう」
「茅ヶ崎飛行隊長…」
僕らは茅ヶ崎飛行隊長の意図を汲んだ。彼は自身を含めて攻撃隊の安全を犠牲にし、祥鳳にできるだけ多くの零戦を残すつもりなのだ。
「茅ヶ崎大佐…死ぬなよ」
「言い忘れましたが、私は無駄死にしたく無い派なんですよ。不知火中尉に感化されましてね。赤城か天城の攻撃隊の尻についていきますよ」
「それなら安心だ。無茶はするなよ」
「もちろん」
だが、僕の背筋に寒気が襲った。無駄死にしたくない…だが、飛行隊長が無駄では無い死を選ぶとしたら? 祥鳳を守る為に死を覚悟しているとしたら? 飛行隊長の目が爛々と輝くのを見て、僕は怖くなった。
「茅ヶ崎大佐! 本土には奥さんが待っているのでしょう?」
彼はこの戦争の直前に結婚した奥さんがいる。今、妊娠していて、この戦いが終わって、本土に帰還したら、赤ちゃんの顔が見える。そう言っていた。死んで欲しくない。彼の生存本能への気持ちが高鳴る様、僕は期待して、この言葉は発した。
「安心しろよ。俺はお前のシンパだぜ」
そう言うとニヤリと笑った。僕の取り越し苦労だろうか?
祥鳳艦内が慌ただしくなった。攻撃隊に魚雷が装備される。兵装転換ではないので、赤城達4空母よりは早期に発艦準備が整うだろう。
利根の4号機からの返信を待つ南雲機動部隊に、新たなアメリカ軍航空隊が接近していた。日本時間午前4時53分、戦艦霧島から敵機発見を意味する煙幕が展開され、SBD ドーントレス爆撃機16機が艦隊上空に到達した。直ちに、直掩機に迎撃され、艦隊に損害はなかった。
つくづく、祥鳳を防衛専用艦として艦載機を全て零戦としていたら、僕は大切な人を失う事も無く、日本軍空母4隻の人達だって、たくさん助ける事が出来た筈だ。その後悔はこの戦いの後に僕の心を蝕んだ。
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