009 放課後デート(ただ日用品を買いに行くだけ)編④
「すみません、ご主人様。荷物をお持ちになっていただいて……」
「なに、いいってことよ。たまにはご主人らしい……というより男らしいところ見せてくれよ。それに実際大した荷物じゃないし」
と言っても、当初の予定より遥かに重いはずである。
不十分な日用品とカレーの材料を買うのみだったはずが、二人で話しながらスーパーを回っているとあれもいいこれもいいと、気がつけばカゴの中身は倍以上に積まれていた。
しばらく無駄遣いは控えようと思う朱莉だった。
さてそんなこともあり、大量の荷物が発生したのだが、貴明が全て持つと言い出した。
当然朱莉は反対したが、これぐらい平気平気、と笑いながらあしなわれた。
結果、朱莉は両手が空いた状態だった。
「それよりも、いつもより様子がおかしかったけどどうかした?」
貴明の質問にイタズラがバレたみたいに心臓が跳ねる。
「あー……答えたくないなら答えなくてもいいぞ。昨日みたいに落ち込んだり悲しんだりしてるわけじゃないみたいだし」
ただ何となく気になって、と貴明は言う。
朱莉は全てを白状しようか迷う。
言う分には問題ないが、ちょっぴり恥ずかしい。
それでも結局白状することにした。
「放課後デート……。友達にそう言われたんだな?」
「はい。それでご主人様とのお出かけを少し意識してしまったんです。その結果がこれです」
「なるほどなあ」
貴明は朱莉の言葉を受け入れるだけで、特別な反応を見せることはなかった。
「デート、と聞いて私は結構動揺したんですが。ご主人様はそうではないようですね」
「いやだって、こっちに引っ越すときに今回よりよっぽどデートらしいことしてるし」
「何かありましたっけ?」
「ほら、部屋を借りる時に必要な家具や電化製品を二人で選びに行っただろ? 口では言わなかったけどさ、あれ傍から見たら新婚夫婦や同棲を始めるカップルにしか見えなかったと思うぞ」
「……そういえば」
普通の暮らしというのが分からなかったので、二人して家具選びに苦戦した記憶が蘇る。
ああだこうだと言い合う二人に、店員が妙に微笑ましく見守っていたのはそういうことだったのか。
「でもあれはご主人様の部屋に必要なものを選ぶためで、新婚夫婦やカップルが行う家具の選別とは違います」
「わかってるよ。だから俺が勝手にそんなこと考えて、勝手に一人でドキドキしてただけ。朱莉にとって今回の買い物は、その時の俺と同じなんだと思うって言いたかっただけ」
つまり、デートと感じていたのは朱莉だけ。ドキドキしていたのも独りよがりな感情の結果だったと。
既に気づいていたとはいえ、いざ口に出されると少しばかりショックである。
同時に悔しくもあった。
例えデートであると気づいてないにせよ、私との二人きりの時間をなんとも思わなかったのか、と。
悔しさや怒り、虚しさが去来する中で、不意に師匠の教えを思い出す。
教えその二。大胆であれ。
「太神君って大企業の息子さんで、英才教育を受けてきたんでしょ? ならちょっとやそっとのことじゃ動じないと思うんだよね。それにこれは私の勘なんだけど、なんとなーく朴念仁なところがある気がするし。そういう人に対しては自分から行動を起こさないと」
以上が、師匠である弓枝のありがたきお言葉である。
「お、夕焼けが綺麗だな」
なんて景色を見ながら呟く貴明に朱莉は目を向ける。
両手で荷物を持っているため、手のひらは塞がっている。
腕は無防備だった。
なので朱莉は、その無防備な腕に抱きついた。
「あ、朱莉?」
「……私ばっかりドキドキして、貴明だけ何も感じないのはズルい」
遠い昔。まだ、二人がただの幼馴染である頃。
朱莉は貴明のことを呼び捨てにしていた。
時が立つにつれ君付けになり、主従関係となってからはご主人様呼びになっていった。
ここであえて呼び捨てにしたのは深い意図はない。
ただ、貴明をドキッとさせてやろう。その一心だ。
「う……い、幾ら何でもそれは卑怯じゃないか?」
「何が卑怯なの?」
「いきなり敬語やめるところとか、呼び捨てにするところとか……あと、腕に胸を当ててるとことか!」
「普通の男女通りに接しろって言ったのは貴明だよね? む、胸を当てられて動揺するのは、男として経験がまだまだってことだよ」
「言っておくけど、その、胸から鼓動は伝わってきてるんだからな? 無理してるのは見え見えだぞ?」
「そ、そういうことは普通言わないのっ!」
顔を真赤にして怒る朱莉に、貴明は情けなく謝る。
こうして、本来はデートじゃなかったはずの二人のお出かけは無事デートらしい顛末を迎えることができたのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
なお、帰宅して正気を取り戻した朱莉はというと、
「もうご主人様に顔向けできない……」
と体育座りをしながらトマトのように赤らめた顔を膝に埋めていたそうな。