007 放課後デート(ただ日用品を買いに行くだけ)編②
デート、と聞いて平常心でいられる純情乙女はいるだろうか。
いや、いない。
デートを目前に控えた朱莉は例に漏れず、浮足立っていた。
昨日仲直りしたばかりだというのに、貴明との間に変な空気が漂っている。
といっても、朱莉が一方的に感じているだけで貴明は気づいていない様子だが。
現在、朱莉は貴明と一緒に下校していた。
普段は肩がギリギリ触れないくらいの距離感で隣を歩いているのに、今は彼と十センチも離れて横に並んでいる。
「ここを真っ直ぐいけばスーパーがあったよな」
「は、はい! そうですね」
「じゃあ、このまま向かうか。直接行けばアパートに帰る必要もないし」
いつもなら貴明が住むアパートの前まで行って、そこからスーパーに赴いている。
ただ今日は貴明を家まで見送る必要はないのでアパートまで行く必要がないのだ。
「い、いえ、色々と準備をしたいので一旦帰りましょう!」
だが、今日はそういうわけにはいかない。
デートとそれに向けた心の準備がいる。
「あ、そう? じゃあ戻るか」
貴明は特に疑問を持たずに聞き入れてくれた。
五分後、二人の住むアパートに着く。
「折角帰ってきたんだし、俺もちょっと休憩したいな。今から三十分後に集合でどう?」
「分かりました。三十分後にご主人様の元に伺います」
出発する時間を決めて二人は自分たちの部屋へと戻った。
「……よし、始めましょう」
朱莉は弓枝――否、師匠の教えを思い出す。
「デートをするときって男の人も女の人も見た目や服装に気合を入れるよね。相手に良く見られたいって気持ちがあるんだけど、私はそれ以外にもメリットがあると思うの」
「そのメリットとは?」
「ズバリ、普段とのギャップね」
教えその一。見た目でギャップを狙え。
普段はだらしない格好の人がビシッとスーツを着込むと、それだけでギャップが生まれる。
逆にいつもお硬い服装を着ている人がラフな服を着ても同じようにギャップが生まれる。
そうやってギャップを見せることで、相手により印象的に思わせることができる、と師匠は言っていた。
朱莉の場合お硬い服装を着ていることが多そうだから、女の子らしい服装をすれば太神君をメロメロにできる、とも。
「ギャップに女の子らしい服装。うーん、難しいな。ここぞっていうときの勝負服はあるんだけど」
朱莉はクローゼットの前で唸る。
そのクローゼットには十を超えるメイド服が掛けられていた。
メイド服は使用人である朱莉にとって無くてはならないものである。
普通の高校生にメイド服はいらないと、太神家に仕える他の使用人から再三言われたが、それでも手放すことはできなかった。
朱莉はそのうちの一着――他のメイド服よりもスカートの丈が短く、肌の露出が少なくて胸を強調するようなデザインのメイド服を手に取る。
以前、貴明が読んでいた漫画を密かに読んだ。
その漫画に登場する女の子は、今手に取っているような扇情的なメイド服を着込んでいたのである。
ご主人様はこういう服が好きで、いつか着ることになるかも――。
そう思い、周囲にバレないようコッソリ仕入れたのだ。
「う、ううん、駄目。これはまだ早い」
このメイド服を着るのはもっと大事なときにするべきだ。
今はもっと普通の女の子らしい服を選ぶべきだ。
「でも……普通の女の子の服って分からないんだよね」
メイド服専用クローゼットの隣に、もう一個収納棚が置いてある。
そこにはワンピースや、ブラウスなど、普通の女の子らしい服装がたくさんかけられていた。
これらは全部、新天地で高校生活を始める朱莉のために、仲の良かった先輩がプレゼントしてくれたものだ。
「朱莉は可愛いからモテるだろうし、きっといっぱい使う機会があると思うわ。もしかしたら、これだけあっても足りないかも」
なんて微笑みながら先輩は言っていた。
使う機会は先輩が言うほどないだろう。
第一、男性からモテたとして、付き合う気はおろか二人きりでお出かけなんてことをするつもりもなかった。
何せ朱莉には貴明がいる。
まだまだ頼りない彼を支えるだけで今は精一杯だ。他の人のことを考えている暇はない。
……と、朱莉はこれまで考えていたのだが、まさかこんなに早く使う機会があるとは。
万が一のことを思ってくれた先輩には感謝だ。
「先輩が選んでくれた服、使わせてもらいます」
――だから、先輩、師匠。私の躍進をどうか見守っていてください!
かくして、全身鏡の前で一人ファッションショーが幕を開けた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一方その頃、貴明はというと。
「朱莉のやつ遅いな。昼寝でもしてるのか?」
集合時間を三十分以上過ぎてもやって来ない幼馴染に対して首を傾げるのだった。