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006 放課後デート(ただ日用品を買いに行くだけ)編①

「谷沢さん、太神君と仲直りできたんだね」


 卵焼きを頬張ろうとしたところで、ニコニコ笑顔の弓枝が話しかけてきた。


「言ってないのになんで分かったの?」

「昨日よりも心なしか顔色が良いし、動作もハキハキしてるもの。何より、仲直りできてよかった~ってオーラが溢れてるからね」

「え、嘘」

「アカリン、ユミユミの言うことは真に受けない方が良いよ。何となく雰囲気を感じ取ってるだけだから」


 二人の会話を聞いていた奈月が呆れ顔で言う。

 

 聞いた話だと、弓枝と奈月は小学生からの長い付き合いだそうだ。

 そのせいか正反対の二人なのに妙に息があっていた。


「でもまあ、太神と仲直りできたようで良かったよ」

「これも二人のおかげだよ。ありがとね!」

「別に私達は仲直りに関するアドバイスはしてないんだけどな……」


 まあいいか、と奈月は開き直る。


「それよりもアカリン、今日の放課後、暇?」

「何かあるの?」

「ユミユミとカラオケにでも行こうと思ってるんだけど、一緒にどうかなと思って。こうして友達になったんだし、折角だからいっぱい遊びたいじゃん!」

「奈月ちゃん、食事中にあまり騒いじゃだめだよ」


 片方の腕でマイクを持つ手振りをしながら、もう片方の腕をイェイと上げる奈月。

 一方、弓枝は冷静に奈月を叱っていた。


「カラオケかあ……行ったことないし、行ってみたいな」

「出たな、メイドと言いつつ実は意外とお嬢様疑惑の発言。カラオケの楽しさを教えてあげるからさ、行こうよ」

「お誘いありがとう。でも、ごめん。今日は貴明君と一緒に買い物に行く予定があるから行けないや」


 今朝、いつものように貴明と登校していると、不意に貴明が訊ねてきたのだ。


「そういえば、朱莉は生活用品は足りてるのか?」

「いくつか不足しているものがありますね。なので今日、帰りに買いに行こうかと」

「だったら俺もついてくよ」

「でも、ご主人様の生活用品は全部揃っているはずじゃ……」

「正確には勝手に全部揃えられた、だな」


 それが原因で事前連絡が義務化されてしまった。

 住んでる家がバレた後も、密かに貴明をフォローしようとしていたのに。残念である。


「そうじゃなくて、朱莉はいつも晩ごはんのために食事を買いに行ってくれたりしてるだろ? 任せっきりじゃ申し訳ないし、これからは荷物持ちとして力になろうと思って」

「そんな、ご主人様の手を煩わせるわけにはいきません」

「そうか? じゃあ、主人としてメイドに命じる。一緒に学校に通っている間は主従関係は一旦脇に置くこと。呼称とかは仕方ないにしても、日常的なことは普通の高校生男女らしくあること。いいね?」

「……承諾しかねるところですが、ご命令とあらば」


 思わず頬をぷくっと膨らませて不満を顔に出してしまった。

 それを見た貴明が「す、拗ねるなよ」と慌てる様子はとても可愛らしくて、朱莉にとって思わぬ収穫だった。朝からいいものを拝ませてもらった。


「太神との約束があるなら仕方ないなー」

「ほんとにごめんね。土日なら空いてるから、土日じゃ駄目かな?」

「オッケーオッケー。土日は暇してるからウェルカム! ユミユミも土日は空いてるよな?」


 菜月は先程から黙っている弓枝に確認を取る。


「放課後に太神君とお買い物……。それはつまり、放課後デートだね!」


 が、奈月の問いかけをスルーして、弓枝は食い気味に朱莉に喋りかける。


「で、デート? 単なるお買い物だけど……」

「いやいや、そんなことないよ。だって、好きあってる男女でお出かけだよ? これがデートじゃないとでも?」

「別に私と貴明君はそんな関係じゃないよ」


 主従関係であり、幼馴染だけである。

 互いを意識しあっている男女が二人でお出かけして遊ぶわけじゃないのだ。

 デートとは違う。


「だったら聞くけど、谷沢さんは太神君のことどう思ってるの?」

「私がご主人様を?」


 本人がいない前ではできるだけ名前で呼ぼうと努力していたのだが、想定外の質問につい素が出てしまった。

 弓枝の問いかけを受け、朱莉は真剣に考える。


 私はご主人様をどう思っているのだろう。

 ――好きな人、だろうか。

 

 いや、違うとすぐに否定する。

 貴明のことは好きだが、それは特別なことじゃなくて朱莉にとっては当たり前の感情だった。

 当たり前のことを貴明との関係性に結びつけるのは違う気がする。


 なら尊敬する人だろうか。

 確かに人としては尊敬している。

 しかし、尊敬しているといっても、それが前提にあるわけではない。

 だから朱莉が思う関係性として、尊敬や憧れも違う気がした。


 他に思いつくものとしては――やはり、これだろう。


「大切な人、かな」


 いつもは平然とのろけ話をする朱莉も、今回ばかりは口にするのが照れくさかった。


「なるほどね。それじゃあ、例えばの話だけど長年連れ添った仲の良い夫婦がいるとする。夫婦なんだから当然、好きだとか愛してるといった感情があると思う。けど、それ以上に夫婦は互いに大切な人だって思いあってるんじゃないかな」


 どう思う、と弓枝が聞いてくる。


「うん。そうだと思う」

「だよね。で、もしもその夫婦が二人で外を出歩くとしたら、それはデートとは呼べないと思う?」

「お互いに大切に思いあった二人なら……それはデートと呼ぶべきだと思うな」

「だよねだよね。ってことはつまり」


 ガシッと弓枝が朱莉の両手を掴んでくる。


「大切な人同士である谷沢さんと太神君のお出かけ――これはデートってことだよ!」

「――な、なるほどっ!」


 弓枝に諭されて、朱莉はようやく放課後の貴明との約束がデートであることに気づく。


 デート。

 ――ご主人様と、デート。


「え、ちょ、ちょっと待って。デート。デートッ!? 私が、ご主人様と!? そ、そそそんな、ええっ!?」


 顔が急激に熱くなるのを感じる。

 冷静な思考ができない。頭が混乱状態だ。

 

 何せ、デートだ。

 しかも相手はあの貴明ときた。

 自分が貴明とデートするなんて、畏れ多いにもほどがある。


「でも大丈夫。私が『普通』のデートを教えてあげるから!」


 パニックに陥った朱莉に、弓枝は熱意を持って告げる。

 彼女の真剣な目つきに朱莉はようやく己を取り戻す。


「わ、分かりました。――私に『普通』のデートを教えて、小巻さん……いえ、師匠!」

「任せて!」


 こうして、二人の間に奇妙な師弟関係が生まれる。


 なお、奈月が朱莉に対して同情を孕んだ目つきで見つめていることには最後まで気づかなかった。




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