005 学生生活開幕編⑤
朱莉の元気がどうもないようだ。
隣で朱莉はいつものように笑みを浮かべながら今日あった出来事を話してくれる。
どうやら友達から「普通の女の子」について教えを受けていたらしい。
これまでの人生で初めてのことだったからとても嬉しいと。
友達との思い出を語る朱莉は確かに嬉しげだ。
しかしいつもより笑顔に覇気がない。
朝は朱莉が隣の部屋に住んでいることに気づいてショックを受けて気づかなかったが、昼休みになってようやく気づいた。
それから朱莉には大したこともしてやれず、放課後を迎えてしまった。
朱莉がいつもより元気がない理由には気づいている。
貴明の態度が原因だ。
小さい頃から貴明が悲しい思いをしたり、落ち込んだりすると、伝播するかのように朱莉も物憂げになっていた。
表情や態度には出すまいと必死に努力をしているようだが、貴明にはお見通しだ。
メイドを――いや、幼馴染の女の子を悲しませるのは男がやるべきことではない。
例え空元気だとしても大事な人の前では気丈に振る舞うべきなのだ。
意を決して貴明は口を開く。
「なあ、朱莉、俺が引っ越してきてからずっと隣の部屋に住んでたのか」
「…………はい」
「別に叱ってるわけじゃないんだから、小さくならないでくれよ。一人で暮らす俺のことが心配だったのか?」
「えっと、それは……はい、そうです。ご主人様に何かあったときのためにもすぐ近くにいたいと思い、無理を言って隣の部屋を借りました」
「そうか……いやしかし、俺もまだまだだな」
「どういうことですか?」
「いやだってさ、朱莉からはまだまだ手のかかるご主人ってことなんだろ?」
「いえ、そんなことは。ご主人様は立派なお方です」
「ごはんを毎日作って貰ってる時点でアウトだよ。だって、本当に自炊する気持ちがあるなら、そう強く言って断ることもできただろ? それをしてない時点で俺はまだまだ甘えてるんだ」
「甘えてなんて、そんな」
「昨日はいつどんなときでも甘えていいって言ってなかったか?」
貴明は優しい声音で言う。
「ま、結局何が言いたいっていうと、俺にはやっぱり朱莉が必要ってことだよ。そりゃあ昨日はビックリしたけど、嫌だとは感じなかったしな」
「ご主人様……」
「だから改めて言わせてくれ。お隣さん同士、これからも仲良くしてください」
「――はい! こちらこそよろしくお願いします」
朱莉は満面の笑顔を浮かべる。
これまでの一週間、二人にとっては慣れないことばかりだった。
いつもどおりのようでいて、実はいつもとは違っていたのだと思う。
けれど、今日これからは違う。
ここから、二人の楽しい学生生活が始まるのだ。
「うし、じゃあ今日はカツ丼をお願いしようかな」
「またお肉ですか。たまには野菜も食べないと駄目です。なので今日は野菜炒めに決定です」
「容赦ないな」
「少しばかりひき肉を多めに入れますから、それで納得してください」
そんな会話を繰り広げながら、二人は同じ家に向かって帰っていった。
しばし後、食材や日用品を買いに行くためスーパーに向かった朱莉と別れ、貴明は部屋に帰ってきていた。
「ちょっと休んだら俺もスーパーに行かないとな」
トイレットペーパーやティッシュが少なくなってきていたはずだ。
こういった最低限の生活用品くらいは朱莉に頼らず、自分で揃えないと。
でないと、甘えるどころか朱莉のヒモになってしまいそうだ。
家の中を見て回り、少なくなってきたものをチェックする。
――整然と並び立てられたティッシュ箱。
――新品のトイレットペーパーが詰まった袋が置かれ、お店のようにピカピカに輝くトイレ。
――新居のようにキラキラな台所とシンク。
当然、貴明がなにかした記憶はない。
とすれば、答えは一つだ。
「朱莉ぃぃぃいいい!!」
――この日を境に、何かしようとするときは事前連絡を徹底することが義務付けられたのだった。