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004 学生生活開幕編④

 態度にも表情にも出さぬが、朱莉は悩んでいた。


 発端は昨日の夜の出来事だ。

 貴明が望んだ晩ごはんを届け、そのまま自分の部屋に帰ろうとした。

 すると、後ろから貴明がドアを開けて朱莉を呼び――そのタイミングでちょうどドアが閉まり、貴明の声が聞こえなくなった。

 

 察しのいい貴明のことだ。

 隣の部屋のドアが閉まる音を聞いたことから、朱莉が貴明のすぐ隣の部屋に住んでいることに気づいただろう。


 そのせいか、いつもより貴明の元気がなかった。

 

 彼はずっと普通の生活をしたいと言っていた。

 それこそ恐らく――普通の人のようにお付きが傍にいないような生活を。

 

 貴明の親御さんは、本人に朱莉はお目付け役として付けると説明しているだろう。

 けれど貴明の傍にいたいと望んだのは朱莉の方だった。


 メイドとして主人が心配という気持ちももちろんある。

 しかしそれ以上に、貴明は近くにいて当たり前、離れることは考えられない、といった朱莉の個人的な感情が、貴明から遠ざかるという選択肢を拒んだのだ。

 朱莉の我儘は受け入れられ、こうして今も傍で貴明を見守っている。


 本当は両親や貴明の親御さんからも、若い女性なのだからもっと防犯に優れた良い部屋に住みなさいと薦められていたのだが、朱莉は拒んだ。

 朱莉は貴明のすぐ隣の部屋を熱望した。


 またもその願いは叶えられ、貴明にバレぬよう密かに行動を開始した。

 貴明には悠々と一人暮らしを満喫させてあげようと思っての行動だったが、それが裏目に出てしまったようだ。


 今朝登校する際は平然としていたが、十年以上共に過ごしてきた朱莉には彼の心情は手に取るようにわかった。


(今後どうしたらいいのかな。隣の部屋に住んでいることを隠していてごめんなさい、と謝るべきかな)


 きっと謝るべきだろう。

 元気がない貴明の姿は見たくない。

 朱莉にとって、彼が彼らしく元気に過ごしていることを見るのが一番の幸せなのだから。


「――谷沢さん?」

「……え? あ、ごめん。少しボーッとしてた」


 入学してから友達になった小巻(こまき)弓枝(ゆみえ)が顔を覗き込んできた。

 表には出していないつもりだったが、考え込みすぎてしまっていたらしい。


「谷沢さんがボーッとしてるのって珍しいね。もしかして太神君のこと考えてたとか?」

「ど、どうして分かったの?」

「そりゃあねえ、誰だって分かるよ」


 すぐ近くにいたもうひとりの級友――立松(たてまつ)奈月(なつき)が笑いながら言った。


「そうかな?」

「だってアカリンが悩みそうなことって太神のことぐらいな気がするし。同意見だよな、ユミユミ」


 奈月は朱莉のことを「アカリン」と呼び、弓枝のことを「ユミユミ」と呼ぶ。

 独特の呼び方は奈月の特技(?)らしい。そのあっけらかんとした性格は周りからも好かれていた。


「うんうん。もし良かったら悩み、聞くよ」


 弓枝は天使のような微笑を浮かべながら朱莉に話しかけた。

 奈月とは対照的に弓枝はほんわかした優しい性格で、男子連中からは天使のようだと言われていた。


「そうそう、折角友達になったんだし頼ってくれよな~」

「友達……」


 中学まで貴明を支えるため、朱莉も由緒正しいお嬢様学校に通っていた。

 蓋を開けてみるとそこは熾烈な縄張り争いのようなものが繰り広げられており、結局友達らしい友達は一人もできなかった。

 だから、友達という響きは朱莉にとって感じたことのない暖かさをもたらした。


 もしかしたら、朱莉も普通の生活を――友達と過ごすような日々を望んでいたのかもしれない。

 

「ありがとう、二人共。お言葉に甘えて……ううん、友達として頼らせて」


 朱莉は肩の力を抜き、フッと笑いながら、


「好きな相手にはちゃんと家の場所を教えてあげないと駄目だよね……?」


 その発言を受け、弓枝と奈月は顔を見合わせる。


『……まずはちゃんと普通の女の子のことを知ろっか』


 と、残酷な真実を告げるのだった。


「…………え?」


 一人暮らしの女の子が異性に住所を教える――それがいかに危険であるのか、といった常識を朱莉が知るのはもう少し先のお話。

 



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