003 学生生活開幕編③
トイレから戻った亮二は絶賛頭をお抱え中の級友――貴明の姿を見た。
今日は朝から貴明のテンションがいつもより低かった。
どうかしたのか、と聞くと貴明は答えた。
「どうやら、俺の住んでる隣の部屋に朱莉が住んでいるらしい……」
なんてことはない、ただののろけ話だった。
ただ、普通の高校生では絶対に出てこないようなのろけ話だが。
貴明と朱莉が真の意味で主従関係にあるというのは、昨日本人達の口から説明を受けた。
最初こそクラスの連中は純粋に中学からずっと付き合っている関係だとか、小さい頃からの幼馴染だろうとか囃し立てて信じようとしなかった(とはいえ、後半の幼馴染という部分は間違っていないが)。
しかし貴明が世界の誰もが知る大企業の社長と映っている写真を見せて、誰もが嘘偽りざる真実だと信じざるを得なかった。
なお、その際に何人かの女子が獲物を見つけたように目を輝かせたのに気づいたが見なかったことにした。
太神という名字は珍しいし、有名な企業の社長の名字と同じだからもしかたら、なんて亮二は考えていたのだがまさか予想通りだとは思わなかった。
思えば貴明は不思議な存在だった。
初めは入学初日にいきなり下校デートをかます男をからかおうと声をかけたことだった。
言葉では上手く言い表せないが、貴明には謎の魅力があり、話せば話すほど亮二は彼に惹き込まれていった。
カリスマ性というものを初めて感じた相手だった。
真実を知ったことで、彼がどうして人を引きつけるのか納得がいった。
ただ、彼の見方が少し変わったとはいえ、接し方まで変わるわけではない。
憂鬱な気持ちから気を逸らさせてあげるためにも後ろからびっくりさせてやろう、と亮二は考える。
決して貴明の驚く姿を見たいというわけではない。決して、だ。
貴明はまだこちらに気づいていない。
そーっと後ろに近づき、勢いよく肩を叩こうとする。
――刹那、首元に風を感じた。
「――ご主人様に手出しはさせません」
見ると、クラス一の美少女である朱莉がシャーペンの先端を亮二の首元に突き刺そうとしていた。
目には殺気も宿っている。
「ん? 二人共何やってるんだ?」
貴明が振り返ってくる。
朱莉は常人には目に追えない速度でサッとシャーペンを隠し、満面の笑みを浮かべる。
「私もご主人様や関田君と話したいなあ、と思って」
「周りにバレたとはいえ、学校でご主人様はやめてくれ」
「バレたんだから開き直ろうよ。せめてものとして、タメ口にはしてるんだから」
「朱莉の基準はよくわからん……」
「私がご主人様と呼ぶのは駄目で、ご主人さまが私のことを下の名前で呼ぶのはいいっていうご主人様の判断もよくわからないけど。関田君はどう思う?」
「え?」
朱莉は先程まで殺気を向けていた相手に無邪気な顔を向ける。
その差に思わず、恐怖を感じてしまう。
「谷沢さーん、次の授業、女子は別教室だよー」
「あ、そうだった。二人共、ごめんね。行ってくる」
「おう。授業に遅れるなよー」
タタタ、と朱莉は女子友達のもとに走っていく。
「で、本当にどうした? ボーッと突っ立ってるけど」
貴明が心配そうに訊ねてくる。
「……いや、なんつーか」
亮二は天井を仰いだ。
「愛は深いものだ。だから受け入れろ」
「……トイレで頭でも打ったか?」
もはや何も言い返さず、亮二は大人しく自分の席に着くのだった。