002 学生生活開幕編②
「はあ、折角隠してたのに、まさか一週間でバレるとは」
「申し訳ございません、ご主人様。私が不手際を起こしてしまったばっかりに……」
「いや、気にしなくていいよ。十年以上続けてきた関係を周りに気づかせないようにするのは思った以上に大変だしな。それよりも今はクラスメイトの関係なんだから、敬語はやめてくれよ」
「例え命令でもそれは聞けません。貴明様は私のご主人様で、私はご主人様のメイドなんですから」
「あと幼馴染も追加な」
学校を終えて二人はいつものように一緒に下校していた。
なお、高校生活初日から仲よさげに帰っていたことから、高校建設以来のバカップル降臨と学校中の話題になっていることを二人は知らない。
「それよりも今日の晩ごはんは何がお望みですか?」
「ハンバーグとか食べたいけど……」
「分かりました。ハンバーグですね。ご主人様の好きなチーズをたっぷりかけて持っていきます」
「結論を出す前に話の続きを聞いてくれる?」
「何でしょうか」
「折角一人暮らしを始めたのに、朱莉に世話されたらこれまでと変わらないんだけど」
貴明のお目付け役として付いてくることになった朱莉。
しかし貴明も朱莉も年頃の男女だ。
昔から付き合いもあって、主従関係であるといえど間違いが起きるとは限らない。
そのため、貴明と朱莉は別々に暮らしている。
貴明は学校近くのアパートの二階の部屋の一室を借りて生活中。
朱莉はというと、貴明の住む部屋から徒歩五分圏内で暮らしているという情報しかなく、具体的にどこに住んでいるのかは貴明も知らなかった。
女の子なので、セキュリティの高い部屋に住んでいると思われるが……。
「お気持はわかりますが、まだ高校生活も始まったばかりです。もう少し慣れてきたら自炊を始めるのもいいかと」
「そうしてズルズルと朱莉に甘えてしまう未来に突入してしまうわけだな」
「ご主人様次第です。私としては、いつどんなときでも甘えてくださって構いませんが」
「どうして顔を赤らめる?」
いつものように会話をしながら歩き、やがて貴明が部屋を借りているアパートの前にたどり着く。
「では七時ぐらいにお伺いします」
と言って、朱莉は去っていく。
おそらく食材を買いに行ったのだろう。
「ほんとに甘えてばっかじゃ駄目だよな」
そんな呟きを零しながら部屋に帰った。
携帯をイジったり、家事をしたりして過ごしているとあっという間に七時になった。
時間どおりインターホンが鳴る。
「はい、こちらダブルチーズハンバーグです。デミグラスソースと大根おろし入りの和風ソースを用意したのでお好みでどうぞ。ご飯とお味噌汁も入っています」
「サンキュー。いつもどおり、弁当箱は洗って明日返すな」
「そのまま渡していただければ私が洗うので、洗う必要はありませんが」
「それぐらいやらしてくれ」
「分かりました。ではおやすみなさい、ご主人様」
ご飯は作ってくれるが一緒には食べない。
せっかくの一人暮らしを堪能したい、という貴明のワガママを朱莉が受け入れてくれたのだ。
なので共に食事するのは週に四回だけである。
「ああ、おやすみ」
ふと、朱莉の後ろの風景が目に入る。
もう既に時刻は七時であるため、日は完全に暮れて夜になっている。
ここから歩いて五分で着くとはいえ、朱莉は夜道を歩くわけだ。危険が絶対にない、とはいえないだろう。
「あ、いや、待った。やっぱり送っていくよ」
朱莉の家を知るチャンスでもあるし。
渡してくれた弁当箱を下駄箱の上に置いて慌てて家を飛び出す。
しかし、廊下には既に彼女の姿はなかった。
ここから一階に降りる階段が見えるが、階段を降りている様子もない。
かといってこの短時間で姿を見失うほど遠くに行っていないはずだ。
どこに消えた?と一瞬焦りが生じる貴明の耳にある音が飛び込んでくる。
――それは、バタン、と隣の部屋のドアが閉まる音だった。
「…………」
貴明は何も聞かなかったことにして、部屋に戻って大人しく朱莉のご飯を食べることにしたのだった。