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この世の外で  作者: 伊田 千早
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時に雨ふり漣いで1

 びっくりするほど大きな倉庫。

 倉庫のまわりは広い豪快な道路が縦横無尽に延びていて、その隣にはまた倉庫。その隣にも倉庫。ここは倉庫群だ。びっくりするほどの広大な敷地に驚くほどの数の倉庫が立ち並んでいる。ぼんやりと歩いたならいとも簡単にそこがどの辺りかわからなくなって、迷ってしまうなと亘は思う。


 そしてあくせくと走りながら目標を追いかけている今もはたと気づけばここがどこだかわからなくなるだろう。そんなことが頭の隅に浮かぶが、今はそれどころではない。それどころでは、なかった。


「亘! 今どこだ?」


 耳に差し込んだイヤホンから叫び声が聞こえる。やはりだ。やっぱりだ。そしてそれは聞かれたくない問いだ。走りながら、慌てながらも、さらに慌てて辺りの倉庫の壁を目でなぞる。


 倉庫は錆が垂れた外壁のどこかに番号が描かれている。褪せて塗装が剥がれ落ちて消えかけている建物もあるが、首を巡らせば、実にタイミングよく大きな番号を見つけることができた。十七番。十七番倉庫って書いてある。なるほど、地図を見れば、どこあたりかはわかろう。が、走っている今はそれを見る余裕はない。


「十七番!」

「十七番? ああ、ああ、ここか! やつはどこに行ったああ?」

 と叫び声。亘は空を見上げ、どこに太陽がいるかを確認する。


「北! 北に行ったはず」

「よし、亘は追え! 聖、丘、聞こえているな! 北に回り込むんだ! ゆけえええ!」

 そう叫び続ける男はサワという。


「亘、逃がすなよ! ほら、走れ!」

 走って息が上がりかけている亘の声を無線が拾ったのか、サワがはっぱをかけてくる。


「走ってるよ!」


 全く晴れた空が憎い。雲ひとつなく、立ち止まった途端むっと気温が上がったように感じられてどっと汗が噴き出すだろう。そうだとしても止まることはできない。体がひいひいと文句を言っていても走るしかない。


 今は仕事中で、目標たる侵略者を追いかけているからだ。侵略者を追わなくてはいけない。今はそれだけに専念しなくてはいけない。なぜなら仕事中であるからだ。


 どこもかしこもトタン屋根、家三階建てはあろうかという倉庫の間のアスファルトかコンクリートの敷かれたとても砂っぽい道をひたすら走る。超能力で生まれた意識の腕ならぬ意識の足を想像し、その超能力を持ってして普通ではできないほどに速い速度を出して倉庫群を駆け抜けていく。


 しかし、それはとても疲れるのだ。それでいて、今、逃げ去ろうと見失いかけている侵略者を探す。倉庫の三角屋根の方を青空を背景にして目を凝らす。どこだどこだと目を凝らし、首を四方に降る。


 すると飛蚊症のような黒い点が目に入り、亘は一度まばたきする。それはなおも見えており、倉庫の屋根を飛び跳ねるようにして移動している。やった! 見つけた。あれが侵略者だ。


「いた! 北東の方、屋根の上だ!」

 亘はイヤホンとつながっているマイクに向かって叫ぶ。

 また、サワの叫び声が耳に響く。


「全員飛べ! かかるぞ!」


 亘はまだそれを、超能力を、完全に自分のものにしていない。だから、一抹の不安が残るが、こんな事態だ、やるしかない、大丈夫だ、死にはしない、きっと――。と腹を括って意識の腕を足元に広げた。それで体を持ち上げるのだ。


 ふわりと浮き上がり亘は傍の屋根の上に着地する。トタン屋根がガタンガタンと鳴り、抜けるのでは、滑るのでは、と不安になってしまう。登ってみるとずいぶん高い。滑り落ちても超能力を働かせられれば死なないはずだ。恐らくは。


 亘はそのまま、また倉庫の屋根をバンバンカンカン鳴らしながら駆けて、屋根伝いに飛び越え飛び越え、侵略者を追いかける。


 少しずつ黒い点が近づいてくる。だんだんと疲労が蓄積されていく。早く終わってくれないものか。

 そんな願いが通じたのか、あるところで侵略者は足を止めたのか、ぐんと距離が近くなる。すぐに前方に誰かが立ちふさがっているのだろうと理解する。


 よしよし、すぐに終わらせるんだ! と亘は意気込んで侵略者を追いかけた。侵略者と倉庫ひとつ分挟んで対峙していたのはオカであった。オカが、ちらと視線だけを亘に向けてくる。彼はまだだと目でいっていた。


 オカと挟み込む形になったその侵略者は、まるでエイリアンであった。背の方に長い後頭部、虫を思わせる折りたたまれた細い足、あの俊足はこれによって生まれているのだ。腕も細く、節がゴツゴツ目立つ。なお、頭部には人をぐちゃぐちゃと噛み千切ることができるようなグロテスクな口などは何もなく、磨かれたような金属の曲面がつるんとしているのみである。目も鼻もない。


 亘はギリギリまで近づいてから、意識の腕を体からもたげた。それであの侵略者を捕縛するのだ。超能力がもたらす亘の意識の腕では恐らく完全に侵略者を封じ込めることはできないだろう。


 しかし、それで良い。間と隙を持たせることが目的なのだからそれでも問題はない。


 イヤホンから言葉が発せられる。


「亘、聞こえるな? さんにのいちだ。いいな」


 と落ち着いたオカの声、そしてさんにのいちときた。亘は一気に意識を向ける。体の中が、波立つような漣ざわつく感覚。


 亘の意識の腕で侵略者を取り巻く。


 すぐに違和感に気づいた侵略者も暴れて応戦し、意識の腕が解けそうになる。だんだんと力が入らなくなってくるのだ。今、全力でいっぱいいっぱい侵略者を封じ込めようとしているのだから。


 しかし、それでも十分な隙を作ることができた。


 だから、オカが体を動かすよりも早く意識の腕を意思のあるツタのように中空を這わせ、侵略者を絡みとったところで、駆け出して、まるで暴風のような平手打ちを侵略者に叩き込むことも容易そうにできたのだ。倉庫の屋根が軋みひしゃげ、破裂音が響く。


「よし!」

「かかれ!」


 拘束解いた亘はもうヘトヘトであったが、今はその勢いに乗って意識の腕を鋭く細いものにする。それで貫くように侵略者に向ける。


 が、亘の作った拙い意識の刃を侵略者の防御した片腕の甲側の装甲に阻まれる。しかし、さらにその隙にサワが素早く細い鋭利な意識の刃を持って侵略者の脇あたりに差し込んだ。


 それはぐさりと突き刺さる。


 金属のような装甲は貫かれた。


 その瞬間に、ぐらりと揺れ侵略者は、やがて動かなくなる。そしてゆっくりと消えていく。跡形もなく、消えていく。


「よし、よしよしよし! 倒したぞ!」

 オカが自身に事実を伝えるようにそう何度か呟く。


「やりましたね」

「やっとか、全く」


「あー。疲れた」

 亘も含め皆思い思いの言葉を述べていく。皆安堵の色が浮かんでいる。そして疲労だ。


「さて、帰るか……」

 オカが言う。


「取り敢えず帰ろう」

 サワが言う。


「そうですね」

 聖が同意する。


「……やったっ!」

 亘は力なく喜んだ。

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