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この世の外で  作者: 伊田 千早
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星は散り風は涼し1

   星は散り風は涼し


 見上げれば陽気は春のよく晴れた空、その下、様々にとりどりに色めき立った高層ビルひしめく街のあるビルの一階の瀟洒な喫茶店。大通りに面していて窓から差し込む陽気は、ぼんやりと暖かでコーヒーをこまめに飲まなければ、晴天に漂う雲のように、ふと眠気がまとわってしまう。


 しかし、寝てなどいられない。心持ちもそれどころではない。辺りが気になって仕方ない。なぜなら、今は大事な待ち合わせ中なのだ。


 とはいうものの待ち合わせの時間はまだ先で、亘は窓の外を行き交う人々をじっと眺めて暇をつぶしていた。街を行き交う様々な年代と様々な服装と様々な喜怒哀楽をもった人たちが思い思いに行き交っているのだ。車をはじめとした様々な音で大変にぎわっていた。


 (こう)は緊張した面もちながらそれらをぼうっと眺めていたのだ。どきどきしながら眺めていたのだ。

 もうしばしで待ち合わせ時間かと店内の時計を見上げたときに女性が一人入店してきたのが見えた。


 その女性は亘より年下で可愛らしい出で立ちであり、思わず目を惹かれたが、待ち合わせ相手は男性であるはずで、関係ない、気にするなと胸中でつぶやく。今、女の子に見惚れている場合ではないのだ。今は就職先の上司となる人と待ち合わせている亘はそんなことをして気をゆるめている場合ではない。


 けれども、亘はぼんやりとその少女を目で追っていた。アイスコーヒーをカウンターで受け取った彼女は辺りを見渡し、亘の方を見て歩き出す。そして、しかし亘の前で立ち止まる。


「あなたは、亘さんですか?」

 少女は少々緊張した面もちで、なんとそう尋ねてきたのだ。状況が読めず、大変驚いてびっくりしてしまい慌てたのはこちらの方であった。


「リーダーは今、別件が入ってしまって、代わりにわたしが来たんです」

 少女は(ひじり)と名乗った。少女にはもう緊張した様子などなかった。


「亘さん、二十二才なんですか? わたしより三つ上ですね」

 緊張していた亘の前に見知らぬ少女が現れ、馴れ馴れしく話してくる。亘はやや混乱し、とても焦っていた。


「あ、亘さんの名前と顔は特別に履歴書を見せて頂いていたからわかるんです。大卒なんですね。卒業できたとは羨ましい」

 その特別ではないことをさらさらとしたなめらかな言葉で紡ぎそれが少々違和感があることに亘はそのときは気が付かなかった。


「はあ、いや、大したことはないですけど」

 と亘は曖昧な返事をする。亘も先ほどまでの人待ちの緊張は消えていた、が。どうも気の抜けたような空気が辺りに漂っている。


 ちゅーと聖はストローでアイスコーヒーを飲んでから亘に訊ねてくる。

「今日は天気がいいですね。亘さんはいつから何ですか?」


 何がとはじめ問おうとしたが、それが何かはわかっていたので、学生中に、と答えた。

「大学一年の時からです」


「そうなんですか。わたしは中学ですよ。じゃあ、わたしの方が先輩ですね」

「そうみたいですね。そんな時からなんて」


 その想像は難しい。その大変さに始まる数多の苦労と辛労を亘は多くの人から伝え聞いていた。亘自身は大学であり、心身育った中での遭遇であったので、苦労はあったものの、自殺寸前や親に捨てられたなどということはなかった。


「慣れればたいしたことないんですよ。まあ、慣れればですけど」

「そうですね」


 亘は一般論でしか知らないからこの言葉には何の感情もこもっていない乾いた地下道のようなものである。 


「あの、それでこれから僕はどうすれば、いいんですか?」

「こっちで指定したホテルに荷物は預けてあるんですよね?」


「ええ、さっき行ってきました」

 亘は今は手ぶらである。


「じゃあ、これを飲んだら、早速、行きましょうか。OJTです」

「はい?」


 少女は首をかしげる。それからこほんと喉を整える。

「オンザジョブトレーニングです。仕事しながら学びます。わかりますよね? 今から仕事に生きましょう!」


「ああ、それは知っていますよ……」

「何をどう説明するよりも見てもらってやってみるのが一番なんですから」


 そういう説明はよく聞いたことがあるし亘もそう思っている。文字よりも図、言葉よりも実物の方が圧倒的に理解は早い上に楽なのだ。ただ、話急過ぎてついていけていないだけなのだ。今から実践を行う。実践とは実戦であろう。


「昼間、ビルの陰とか薄暗いところに人ぐらいの大きさの侵略者が浮かび上がるそうなんです」

 聖はそう説明した。そのビルとはアパートのことらしく、待ち合わせ場所であるここから徒歩で移動できる距離にあるという。


 亘と聖は昼前の住宅街の中の緩い坂を歩いていく。そう広くない道にはされど街路樹が並び、人通りはまばらで、木漏れ日と建物の陰と日向が散る中、まだ音は大通りの喧騒を携える。都会は賑やかだな、という感想を亘は得る。亘が住んでいたところでは、このようにはいかない。こんなところに侵略者がいるという。


「侵略者……」

「侵略者、亘さんは見たことあります?」


「何度かは」

 あの金属光沢を亘は思い起こす。この世のものではないまがまがしさと無生命であるのか生命であるのか曖昧なその姿。自身は意識していなくても、体が年甲斐もなく怯えてしまう。


「戦ったことは?」

 それを気軽に聖は訊ねてくる。


「ないですね」

「じゃあ丁度いいかな。今日、相手するのは、弱いから」


 聖は言葉をきり、振り返り、胸の前で両手で拳をつくる。

「亘さんでも大丈夫!」


「いきなり?」

 亘は面食らう。そんなことできるわけがないという言葉がすぐに浮かぶ。


「OJTって言いましたよ」

「そうですけど」


 亘が了解しないでいると、聖は笑みを浮かべてみせる。綺麗で、妖艶であった。が、しかしそれが少し怖いとも感じた。


「やばそうになったら、助けますから、大丈夫ですって」

 亘は心中複雑であった。億劫であった。まず、自身がなかった。超能力の訓練をまずやると思っていたからだ。亘はそう上手な方でないのだ。


 そこはよく風の通る路地。立ち止まれば、涼しげな風がゆらゆらと流れ去っていく。

 アパートとアパートの隙間の陰となる青っぽい空間。遊歩道のように草木と砂利が敷かれた小さな路地で、太陽の直射がなく居心地は良いが妙な静けさのようなものを感じる。


 ここにはにぎやかさというものがない。ここには人気がない。

「このあたりらしいんです」

 聖は手を広げる。


「侵略者が?」

「そうです」


「何も違和感はないですよ」

 そう言うと聖は周囲を見渡す。亘も見渡す。


「侵略者は別に特別なところに出てくるわけじゃありませんからね。あ、そういえば、そろそろお昼ですね。そこにベンチがありますから、ご飯買って食べませんか?」


 前後脈絡がなく、一呼吸、亘は反応に遅れる。

「え、え? ここで?」


 亘は男女で並んでこんな場所で昼食とは奇妙だ、と想像する。デートにしてももっと良い場所があるだろう。ここが似合うのは年端もいかない少女か少年、祖父母かご老人ぐらいではないか。そしてもしくは仕事に息詰まった部下と上司と考えると、いや、この状況もさもありなんと言えるのではないかと感じた。


「それも仕事のうちですよ」

しかし、そう言われれば、従わざるおえない。それにかわいらしい笑みで。

 少し歩いたところにパン屋があり、亘と聖はそこで昼食としてサンドイッチを買った。それから先ほどの場所に戻る。


 歩きながら亘は聖に問いかける。

「協会員が見つけたんですよね、あそこに侵略者がいるってこと」

「そうですよ。それを受けてわたしたち調査員が赴くんですから。それで侵略者を倒すか排除して、協会に報告して仕事が一つおしまいです」


 何事も言葉では端的に簡単に表せられるが、実際はそうではないと亘は知っている。

「調査隊って、四人体制だっけ?」


 亘は尋ねる。すると、聖は亘の顔を覗くように眺めてきた。亘は自分の言った言葉を反芻し、あ、と気づく。

「四人体制なんでしたっけ?」


 とあわてて言いなおす。

「別に改めなくてもいいですよ。敬語があるといざという時、困りますから。亘さんは年上ですからね」


 怒らず、むっともしない。

「いや、すみません」


「正直歳が近いので、敬語ない方がいいんですけど」

 その割に聖は敬語をやめない。


「わたしは癖がついていて誰にでもいつも敬語なんです。本当に気にしません」

 どうぞ、どうぞ、と聖が勧めてくる。


「そう……。じゃあ……お言葉に甘えて、敬語は使わないことに、していいかな?」

「だから、そう言っているじゃないですか」


 結局、昼食は遊歩道のベンチに座って食べた。あまり上司と部下という感じではなかったと亘は思う。

「普段は、大学生をしてるんです」


 そう聖は教えてくれる。

「と言っても、ポツポツ調査でいなくなるから、単位全然足りてないんですけどね」

と恥ずかしそうに言って舌を出す。


 だったら、調査員ではなくただの協会員でいればいいのでは、と問おうとして、しかしそこには何らかの事情があるというのは容易にわかっていたので、亘は問うのをやめた。超能力をもった人たちはみ何らかの口外したくない事情をもっている。それぐらいは知っていた。


「亘さんは、大学出たてですよね。工学部でしたよね。工学活かさなくてよかったんですか?」

「工学部だからって、そういった会社に入るわけじゃないんだ。自分の地元で公務員なんてのも多かったから。俺は、協会でこの話を聞いた時、なるほどやってみようかなと……何と無く思っただけなんだ。そういえば超能力をもっていたんだなと思い出して」


「え、超能力の存在忘れたことあるんですか?」

 それは素っ頓狂な声に近いものである。


「協会で一ヶ月教習を受けてから、一人で使うことに踏ん切り付かなくて、だんだん忌避するようになったんだ。それから本当にたまに使うだけそれも自分の部屋でちょっとものを持ち上げたりする程度だった」


「つまり、ペーパードライバーみたいなものってことですか? 運転免許取ってから車を運転していないゴールド免許みたいな。ペーパーサイキック」

 ペーパーサイキックとは実に間抜けな言葉であった。全く誠に格好良くない。


「そういうこと。俺はペーパーサイキック」

「でも、それでも調査員になれるってことは、それほど強い超能力者ってことですね。強い力を持つ人は引く手数多ですから」

 聖は笑う。


 亘は視線を少し先の街路樹に向ける。ゆっくりと自身の体の大きさを意識する。それが今、どんな風な形をしているか、どこを曲げているか、どこに力が入っているか。その体の感覚を自身の体のない空気という空間に移動させる。今は腕を、腕の外側へ動かす意識だ。意識の腕が体から伸びていく感覚。それを延ばし、街路樹の葉々にそっと触れて撫でた。


 何も不思議なことはない。亘が意識の腕で葉に触れているだけなのだ。今、葉のついた枝が小さく揺れている。

「普段使わないから、あまりうまく動かせないな」

「それはおいおい慣れていきましょう。今は、それで十分です」


 先ほどの街路樹から、葉っぱが一様はらりと落ちる。それはゆらゆらたゆたってしかしあるところで、波に乗ったサーフボードのように空中を滑り、波を上がって亘の目の前に降りてきた。

「やっぱり専門家は上手だ」

「すぐにできるようになれますよ」


 昼職を食べて、陽気の最中、少し日が移動した時、空腹が満たされて生まれた微睡みの中、亘はぼんやりとしていた。アパートの壁に変化はない。ただの少しのひび割れと色あせ、水垢の跡、基礎付近には草が生えている。


 しかし、手が現れた。


 変化が起きるのは、突然である。代わり映えのないアパートの壁というところに、突然、そこから、現れた。手であった。


 手とわかるのは、五本の指と手のひら、肘の関節が見えたからで、それが異質だと気付いたのは、その手が銀の光沢を持つ、節に角張った金属パーツが見えたから。機械仕掛けだったから。指は、しかし、なめらかに、ぐにゃぐにゃと動き、何かを求めているようで、そこから、胴体、頭が壁からスルスルと現れた。少し背丈のある肩幅の広い体躯の機械である。


「し、侵略者っ!」

 亘はすぐに立ち上がった。


 気づかれる前に退治しなくては、と息巻いて焦りを生んでいたが、隣に座る聖は落ち着いたものでまだ座ったままであり、亘の手を取って、大丈夫ですよ。まだ、観察しましょうと提言した。


 侵略者の頭部は甲冑のようなものを被っており、その本来顔に当たる部分は、暗くどうなっているのか判別できなかった、ただ、その真っ暗の中心部には赤色のライトのようなものが灯っていた。それは非常灯か信号のような赤さで見ていると気味が悪い。


 それはそうとして、亘ほ心臓はひどく高鳴っていた。侵略者をこれほど目の前で見たことは、なかったからだ。

 亘や聖たち超能力者にだけ見ることのできる存在、侵略者。普通の人には、姿も影も感じない触れることもできない別の世界の別の次元にいる彼ら。現代の文明では作り上げることはできない機械の体を持ったものたち。異次元のものたち。


 侵略者は体全体を壁から現して、遊歩道の中で、左右を首を廻らせ観察していた。何を探しているのか、何を見ているのか、判別はできない。


「侵略者の足元に意識の腕を置いてください」

 と聖は呟いた。

「わかった」


 亘はまだ細かい作業はできないが、意識の腕は自分の周囲の特定の場所に配置するくらいなら問題はない。ただそっと置くだけのそれは、超能力の初歩の初歩であるからだ。


 意識の腕は本人にしか認識できない。それは当人の体の一部であり、体のどこに意識を集中させているかは、やはり当人しか分かり得ないからである。

 亘は丸太のような意識の腕を作り上げ、侵略者の足下に配置した。


 次の瞬間。


 人型の侵略者は、つんのめるように背中のあたりをふらつかせた。転んだのではない。意識の腕に触れられた感覚はない。

 それはすぐに聖が行ったのだとわかる。そして体勢を崩した侵略者は、ふらふら前進し、亘の意識の腕に足を触れ、つまづき、前から転んだ。


 侵略者はすぐに這い上がろうとするが、それは、叶わず何かに押さえつけられているように上半身を起き上がらせられないでいた。

「撤退してください」

 聖の声は、今までからは想像できない温度の低さで、淡々としていた。


 地面に伏せられたままの侵略者はもがきながら、這い出ようとするが、できないでいる。力いっぱい動こうとしているようであるため、聖の言葉は届いていないと思われた。そもそも言葉が通じているのか、という疑問があり、そのことについての如何を亘は知らない。


「これ以上やるなら、あなたを壊します」

 聖は、意識の腕による押さえつけをやめない。そう大きな侵略者ではないが、人と比べ物にならない力を持っていよう。それを涼しい顔で押さえつけ続ける彼女の意識の腕は相当強いものだ、と亘は感じた。もし見えたなら、杉の幹のような隆々とした腕がそこにあるかもしれない。


 侵略者がもがき続けてある瞬間、ふっと侵略者が力を抜いたのがわかった。すると昼間の最中、はっきり見えていた金属光沢が薄れ向こう側が見え出してくる。

 やがて侵略者は跡形もなく消えた。それを告げるように涼しげな風が吹き辺りの街路樹をガサガサと揺らした。


「逃げちゃった」

 と亘はつぶやく。


「撤退しましたね」

 と聖は呟いた。圧倒的に有利な中にあって聖は侵略者を執拗に攻撃することはなく、壊そうとはせず、撤退を促した。それは些か奇妙なものであり、亘の戸惑いに気づいてか、聖はこちらを向いて、申し訳なさそうな笑みを浮かべた。


 倒さなかったのだ。

「わたし、あまり強くないんです。殺すとか壊すとかできないから。だから、いつもこうやって逃げて行ってもらってるんです」


「そうなんだ」

 と答えながら違和感があった。聖の超能力はかなり強いもののように思えたからだ。


「そんなんじゃ意味がないって怒られてばっかりなんですけどね。相手は侵略者と呼ばれているんだからって」

 少々聖は恥ずかしそうである。


「いや、俺は少し気が楽になったよ」

 侵略者と戦う仕事、しかし絶対的に倒す必要があるというわけではない。


「だったら亘さんは、私の仲間ですか?」

「きっとそうだと思う」

 すると、聖は笑う。亘も笑む。お互いよくわからない笑みを浮かべあっていた。

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