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第4夜

 非常灯がくるくる回転して、惨状広がる現場を忙しなく照らし出している。記者達がさかんに焚くフラッシュから匿われると、すぐさま武装した警官達が私の周りを取り囲んだ。無線で、移動手段を手配しているのが聞こえてくる。

 頭から被った毛布を胸の前で摘んで抑えているが、その手が馬鹿みたいに震えていた。ちっとも体が温もらない。

 そうして呆けていた私の前に、彼は現れた。

 刈り込んだ髪の毛の下で、猟犬みたいな引き締まった顔が、今は悲しげだった。

 昔、一度、母が仕事の関係で彼を家に招待したことがあったのを思い出す。名前は思い出せなかったが、その灰色の目は覚えている。

 彼は体を屈め込んで、私と視線を合わせる。彼は私の頭を子供にするように軽く叩いた。

「君を助けたい」

 どう言ったらいいのだろう。

 混乱する頭では気の聞いた言葉は浮かばない。わかっているのは、今のちっぽけな言葉の方が、銃を持って周りを囲む警官達より何万倍も頼もしく感じられたという事だけ。

 優しく頬を撫でられると、二月の気温に凍っていた涙が融けだして、頬をぬらした。

 

  ***


「イズミ、起きるんだ。着いたぞ」

 肩を揺すられて、意識が急浮上する。

 目を瞬かせると、運転手に代金を支払っているクラウディオの姿があった。

 寝ぼけた目をこすりながら、車窓の外を見ると見慣れない街並みが広がっていた。

(ああ、そうだローマに着いたんだっけ)

 ぼんやり思い出した。荷物を受け取って、歩道に降り立つ。

 スペイン広場からタクシーで一時間ほどの、市街地。日本とはちょっと違って、外観のそろった建物が道の左右に並んでいる。このあたりはまだお店がちらほらあるけれど、あと少し歩けば完全な住宅街だ。

 周りをぐるり見回して、

「なんだかこざっぱり……」

 思わずそんな感想が口を突いて出た。路上にゴミと人があまり落ちていないことが衝撃。

「サングエに慣れるとそう感じるだろう? 俺も仕事で出るときに、いつもそう感じるよ」

 スーツケースを抱え上げようとすると、クラウディオがさっと持ち上げてくれる。代わりに小さなバッグを受け取って、歩き出した。

 道を行く女の子たちの華やかなファッション。舗装された綺麗な道。男の子達の洗練された仕草、老人達の一種神聖でゆるやかな時間。そんな、彩りに満ちた街が広がっていた。

 地図を見るのは片手の開いている私の当番だ。ばってん印のついた箇所を目指して、目印を確認しながら歩く。

 十分ほど入り組んだ隘路を進み、目当ての建物を発見した。ちょっと年輪を重ねてそうな、外壁に大理石をあしらったマンションだ。雨どいや窓の格子がアンティーク調で、エントランスのはめ殺しの窓にはステンドグラスで蝶と鹿が描かれている。

(家賃高そう……)

 有名なデザイナーが手を入れたりしたとか、歴史的な価値が有る建物は、古くても関係なく家賃が高い。古い方が高かったりする場合もある。このマンションは絶対それだ。

 一瞬気後れして、隣のクラウディオを見上げてしまう。クラウディオも耳を下げた犬のように困った顔で私を見た。いつまでもそうしてはいられないので、手の開いている私がドアベルを鳴らす。

 すると、ややあって品の良いおばあさんが顔を出した。玄関の格子戸越しにだけど。

「あの、すみません。クラウディオ・ロッシといいます。ダリオ・カヴァッリさんいらっしゃいますか。アポイントメントはとってあるんですが」

 おばあさんは私たちを矯めつ眇めつ、ばたんとドアを閉めた。

 たっぷり十分待って、再度ドアが開いた。

 コーヒー色の肌の男性が、満面の笑みで格子戸も開けてくれる。

 四十歳前後だろう。短い縮れ毛に、縁の太い眼鏡、真っ白なシャツ。彼は両手のふさがったクラウディオに無理矢理ハグをした。

「やあ、待ちくたびれたよ!」

「すみません、もうちょっと早く着く予定だったんですが、渋滞につかまってしまって」

「いいさ、気にしない。さあ、僕の部屋はこっちだよ」

 荷物をひったくるようにして、ダリオは踵を返した。

 高い吹き抜けの廊下の天井に、絵の天使が微笑んでいる。

 階段の手すりは優雅な曲線を描き、どこかのホテルのような様だ。

 急に自分の格好が気になった。絶対このマンションに合っていない。

 せめて、五センチヒールにするのだったと、ペタンコな自分の靴を睨んだ。


 ダリオの部屋は最上階の南の角部屋だった。多分、一番高い部屋だ。

 何したらこんなところに住めるのかしら。

 床一杯に敷き詰められた若草色のカーペットにはマンティコアが踊り、壁には様々な仮面が飾られている。仮面は西洋のものだけに留まらない。アフリカ系の派手で大きなものもあれば、日本の能面——たしか増髪だったかしら——まで勢ぞろいだ。

 どっしりした黒檀の机上には、左右の端にバリケードのような本の山が出来ている。

 背表紙の文字を読むと「仮面」「祭」「異界」「交信」などなどの単語がぼちぼち。

 それらを横目で見ながら、手にじゃれ付くマラミュートの子犬をあやす。彼が、ダリオの唯一の同居人らしい。

 隣の部屋から、不明瞭な人の声が聞こえてくる。

 クラウディオたちが話しているのだ。あの日のことを。私はまた過呼吸を起こすといけないと、同席を許されなかった。

 ダリオは民俗学の研究者だ。クラウディオが、奴ら——狭間の者たちのことを独力で調べているときに、彼の論文を読んで興味を引かれ、事情を話してアポイントをとった。

 彼には殆ど正直に、私たちの状態を伝えている。ダリオは笑い飛ばすどころか、むしろ真剣に話しを聞いてくれた。そのことに驚きを感じもした。

 はじめにクラウディオからダリオのことを聞いたとき、私は正直なところ、彼を信用していいのか迷った。

 だって、私たちが言っている『狭間の者』だとか、化け物の話だとか、自分の体の異変だとかは、到底、普通の人なら理解できないような特殊な話なのだ。頭を打ったのかと気味悪がられるか馬鹿にされるかどちらかだと思っていた。

 それが、私たちの状態に興味関心があり、なおかつ外部に公表しないで研究の資料にする代わり、自分の持つ情報も提供してくれるだなんて、そんな対等な話をしてくれるという。

 いささか調子が良すぎるように感じもした。けれど、会ってみると、彼は実に気さくで誠実だった。最初に、不安がっていた私に、彼は、その条件をきちんと確認した上でクラウディオとの対話に入ったのだ。誠実な対応だったと思う。彼は信用できる。

 同じ研究者とはいえ、アレッシオのような自称研究者のちゃらんぽらんで強引な人を相手にするより、何倍も頼もしい。アレッシオの場合、強制的に記憶を読まれなかったら、きちんと話をしたかどうかもわからない。信用できるわけがないし。

 ただ、同じ境遇にあるということだけが、彼と私を繋ぐ紐帯だ。


 子犬が腹を仰向けにして寝息を立て始めた。対話が始まって二時間。私も流石に待つのにも飽いてきた。

 それを見計らったようにドアが開いた。クラウディオが顔を出し手招きする。

 革張りの立派なソファに座っていると、ダリオがエスプレッソを運んできてくれた。とても香りが良い。ダリオがにっと白い歯を見せた。

「話は大体わかった。正直、学者としてそんな体験が出来るのはうらやましいけれど……、君たちがかなり辛い状況にあるのは確かみたいだな。オーケイ、役に立てるかわからないけれど、僕なりに仮説を立ててみようか」

 ダリオが膝に飛び乗った子犬を撫でてやる。子犬は甘えて彼の指を舐めた。

「クラウディオ君は知っているだろうけれど、僕は世界中の祭りと仮面、それによってもたらされるトランス状態を研究している。アフリカには、動物や精霊の仮面を被って祭事を行う事で、それに同化しようとする民族がいる。自分を人間ではない超自然的なものに変えるのさ。ヨーロッパの仮面といえば、素顔を隠すものだ。舞踏会なんかで正体を隠すんだ。お互いに素性に気付いても、他言はしない。気付いた素振りも駄目だ。自分ではない誰かになる。それも結局、自分ではない何者かになるための小道具だろう? 日本でもある。能面なんかがそれだ。他にもあって、夏のお祭りなんかで円を描いて踊るやつ……、ええと」

「盆踊り?」

 日本文化も調べているみたい。あの増髪の面はその証拠かしら。

「そうそう、ヴォンオドリ! そのときにお面を被るのは、亡者をあらわしているとか。ヴォンオドリの場は、地獄と繋がっているという。イズミ、君の場合これにあてはまるんじゃないかな」

「私?」

 話しの矛先を向けられ、カップを運ぶ手を止めた。

「君の話を聞いたとき……、ああ、聞きたくなかったらすぐに言って、止めるから。そう、君の話をクラウディオ君に聞かされたときにそう感じたんだ。Carnevale(カーニバル)の喧騒とたくさんの仮面。人々の熱狂というのは、独特のパワーがあるだろう? 戦争に赴く兵士達の映像を、学校で見たことはないかい。あるいは魔女狩りの話を聞いたことは? 民衆が皆、同一の方向を向いたとき、それは奇妙な磁場になる。集団ヒステリーしかり、抗い難い引力を備えるだろう。それは、ヴォンオドリの非日常と似ていると僕は思う」

 ——物質界では本来存在し得ないものを作り出そうとするときエネルギーに濃度が生じ、その部分が限りなく存在する状態に近くなる。

「そこに仮面だ。この世の誰でもない存在を作り上げる祭器の登場だよ。一人くらい、人間でないものが混じっていても気付かない」

 ——条件が偶然に揃ってしまったために作り上げられ、名も与えられずに徘徊しているモノたち。

 そう記していたのは、アレッシオのレポートじゃなかったか。

 二つの条件が符合しているのは、偶然?

 ごくりと唾を飲み込む。緊張して、カップを持つ手が汗で滑った。

「それから、クラウディオ君。君の場合は、戦場でそのなんだっけ、狭間の者? に遭遇したというけれど、それも説明できるかもしれない。戦場で時に起こりうるヒステリー状態が場を作り出し、……人の個が無視され数字で数えられる状況だ。仮面を被っているのと変わらないだろう、個の特定が出来ないという分では」

 初めて聞く話だった。ちらりと盗み見るとクラウディオは難しい顔をして、空になったカップを見つめている。

 戦争って言っていた。いつの戦争だろう。イタリア軍が最後に出兵したのはいつかしら。

 クラウディオはフォトグラファーだから、もしかすると軍人としてではなく、写真のために戦地に赴いたのかもしれない。

 そこで私はある可能性に気づいた。クラウディオも、もしや外見どおりの年齢じゃないのではないかということに。いや、そちらの可能性のほうが高い。だって、そんな沢山の兵士が亡くなった戦争なんて、ここ最近ないはずだわ。クラウディオがそれに徴兵されたなんて、どうもおかしい気がする。

 いずれにせよ、今はそれを確かめるときではない。

「それで今この状況をなんとかすることはできないのですか? その呼び出されてしまったものを、元に戻すというのは」

「なんとも言えないな。君たちの場合、『憑りつかれた』という状態だろう。そうなると、エクソシストに払ってもらうとか、あるいは強引に取り込んでしまうか」

 エクソシストとはまた随分な名前が出てきたものだ。これだけ非日常的なものを目にしていていえた義理じゃないが、とてもそういうものを信用する気にはなれない。

 強引に取り込む、と聞くとアレッシオを思い出した。彼の場合、狭間の者を力でねじ伏せてしまいそうだ。事実、数日前の夜、彼はアパートを襲撃した狭間の者をどうやってか撃退していた。

「それから最後に一つ。これはあまり考えたくないんだが、……世の中には生贄というものがあってね。人身御供だ。小さな犠牲を払って、大きな損失を回避する。その狭間の者っていうのが、同化を求めてくるというのなら、何か別のものを取り込ませてしまったらどうだろう。ただ、しつこく君たち個体を狙ってくるとすると、普通のモノや動物じゃ納得はしてくれそうにないね」

 面白くもない冗談だ。だが、気付かされたこともあった。

 何度かアレッシオが口にした『対の者』という言葉。これはつまりこういうことを言っていたんじゃなかろうか。私たち狭間の者には、印をつけた相手が必ず一体いて、彼らはその印を持つものを仕留めない限り目的を果たせない。

 それならなおさら、何か奴らを静める方法を探らねばならない。

 同化してやる気は毛頭ないし、他の犠牲を出すわけにもいかない。

 ところで、何かの弾みに対の者を失った狭間の者はどうなるのかしら。

 永遠にこの世を彷徨うのかしら。それとも新たに波長の合う者を見つけるのかしら。

 小首を傾げても答えは出ない。

「悪いね、あまり力になれなくて」

 申し訳なさそうに、ダリオが頭を掻いた。

「そんなことないです。ありがとうございました、いろいろ頭の中を整理できました」

「そう言ってもらえると嬉しいよ、お嬢ちゃん。もし何か思いついたら、連絡するよ」

「よろしく頼みます。こちらこそ、お手間を取らせてしまって……」

「いや、いいんだ。それより元気を出すんだよ。両親を亡くす辛さは僕もよくわかる。こんな遺産より、本人達が生きていてくれた方がどれだけ嬉しいか」

 苦笑が哀しかった。その言葉一つで、うらやましかった部屋の広さが一変してよそよそしくさびしげに感じられる。

 彼はこの部屋で、子犬とひっそり本に埋もれて暮らすのだろう。

 不意に、ドアベルが鳴った。ダリオが確認しに玄関まで行き、慌しく戻ってくる。友人が来たらしい。

「それじゃあ、今日はこの辺で」

 軽くハグして、ドアを開ける。そして私たちは、口をあんぐり開けてその場に硬直した。

 外にいたダリオの友人はきょとんと目を瞬かせたが、すぐに人の悪い笑みを浮かべた。

「なんだ奇遇だな。こんな場所で出くわすなんて」


 真っ赤なシャツに、白いスラックスのアレッシオがなんでかインペリアルトルテの箱を引っさげて立っていた。




「いやー、ダリオとはかれこれ六年の付き合いになるかな。俺のレポートを私的にウェブに載せていたら、あいつの方からメールくれて。ずっとメールでやりとりしていたんだが、今日、ようやく初対面と相成ったわけだ。レポート? ああ、魔女狩りについて。呪術は当時の政治家と宗教家それぞれからどう捉えられ、庶民に影響していたかってね」

 ブラックコーヒーに角砂糖をひとかけら落とし、ティースプーンでくるくるかき混ぜる。それを美味しそうに飲み干して、切り分けたオムレツを口に運ぶ。

 全く気兼ねした様子なく、アレッシオはそれらの行動を順にこなした。

 むしろ、私の方が気ぶっせいだ。アレッシオと向き合って座ったクラウディオの静かな怒りのオーラが怖すぎる。

 ここまでの経緯に、運命というロマンチックな言葉はあまり使いたくない。が、偶然というにはできすぎていた。

 ホテルも一緒、フロアも一緒、部屋は連番。確率の壁はどこへ行ったのか。もちろん、彼にローマに来ることを知らせたことはないし、ましてやホテルや部屋番号まで教えるはずもない。

 偶然に私たちは集合していた。まさか狭間の者は呼び合う性質でもあるのかしら。

 そんなわけで、ダリオの家で別れて四時間後のホテルの廊下で再度鉢合わせし、一つのテーブルを囲むに至ったのだ。

 ああ、他のテーブルの客たちの和やかさが恨めしい。

 グランドピアノの鍵盤を滑るように指で弾く女性奏者が、ワルツに曲を変えた。

 着飾った女性客たちはおいしい食事に舌鼓を打ち、男性客は女性の品定めに余念がない。

 よく仕込まれた給仕たちは、仮面のように澄ました顔を張り付けて、新しい飲み物を勧めて回る。

 長い夜の始まりにふさわしい落ち着いた賑わいが、室内を満たしている。

 それをぶち壊すように、騒音を立てて他のテーブルから椅子を引きずってきた金髪男は、私たちの冷たい視線を無視して相席し、オムレツを注文した。二皿も。

 気まずい空気の中、私たちの料理が運ばれてきた。

 私が頼んだラタトゥイユは、色味もやわらかくとても食欲をそそる。

 一口食べれば、頬が落ちそうなうま味が口の中に広がった。……おいしい!

「オリーブオイルの味が程良くて、後を引かないな。どこのを使っているんだ?」

 カルパッチョをつつくクラウディオが明るい声を出した。少し、機嫌が戻ったかしら。

「レリダ産って書いてあっけど。あんた、料理すんの?」

「……答える必要が?」

「必要はないけど、答えた方が会話は弾むし食事は美味いだろ? ほら、イズミが泣きそうな顔してるし、少しは愛想でも振りまけば? 保護者さん」

 クラウディオの眉間のしわが一本増える。

 あああああ、どうしてアレッシオはこう人をおちょくるのが上手いのかしら。

「料理はする。得意料理はパリアータ・コン・パターテ。それで?」

「マスターが、あんたが一時期〈ルーチェ〉で働いていたっていってたぞ。あんたの作る料理は評判よかったって。なのに急に仕事を変えちまったとか。残念がってたぞ、マスター。なんで仕事変えたんだよ」

 クラウディオの灰色の目に、怒りの炎が燃え盛る。

 私、クラウディオが〈ルーチェ〉に勤めていただなんて知らなかった。マスターと知り合いだったということは聞いていたけれど。マスターもそんなこと言わなかった。

 どうして教えてくれなかったの、という責める気持ちが鎌首をもたげるが、私と彼の間に横たわる不文律を思い出して、心を宥めた。

 きっと、理由があるんだ。

 何かしら。

 とっさに思い浮かんだのは、写真家という彼の職業だった。

 そういえば、お母さんが言っていた。クラウディオは一時期、戦場カメラマンをしていた時期があるって。

 彼は、戦場で狭間の者に遭遇した。もしかして、自分の対の者について調べるために、カメラマンに転向したのかもしれない。今は、普通のカメラマンだけれど、私が知っている彼の作品はせいぜい五年前までのぶんだ。

 というか、まずい。アレッシオは上機嫌に答えを待っているけれど、クラウディオの堪忍袋の緒は今にも切れそう。きっと私に〈ルーチェ〉で働いていたことを知られたくなかったに違いない。

「ねえ、あのさ、クラウディオ。アレッシオはオムレツが好きなの」

「見れば分かる」

 そりゃ、二皿も並べられちゃね……。

「だ、だからほら、今度作ってあげたらどう? クラウディオの料理の腕を披露してあげたら、こいつだって驚くわきっと」

「するつもりはない。必要もない」

 にべもないね、クラウディオ……。肩を落とすと、アレッシオが苦笑して、

「私の為にケンカしないでって言うには、ちょっとイズミじゃ色気不足だな」

 できるだけ冷たい目で睨んでやるが、のれんに腕押し。苛立っている自分にも腹が立って、乱暴に人参にフォークを突き立てると、ソースがはねた。

 それだけなら問題ないのだけれど、最悪なことに丁度歩いてきた人のサンドベージュのスラックスに小さなシミを作ってしまったのだ。

「あ、あの、ごめんなさい!」

 慌ててハンカチに水を含ませ立ち上がった。保護者のクラウディオも同じ様にする。

 しかし、その人は入れ違いに長い指をテーブルに這わせた。猫のようにしなやかな動きで、食卓にしなだれかかる。

 その人の顔を見て、私はぽかんとしてしまった。

 目を見張るほどの美女だ。赤みの強い茶髪に、抜けるような白い肌。真っ黒なスタンドカラーのシャツからは、引き締まった二の腕が惜しげもなくさらされている。背は百八十センチメートル近くあるだろう。その上に七センチヒールのおまけつき。モデルさんでしょうか、とおもわず聞きたくなる容貌だ。

 造作の自信からか、化粧っ気はゼロ。彼女はその顔を蠱惑的に笑ませ、唇を舐めた。

 細まるアンバーの瞳と、赤い輪。

 ——赤い輪?

「見つけたぞ、アレッシオ・メランドリ!」

 彼女がテーブルを蹴り倒すのと、アレッシオが椅子を蹴ってその場を離脱するのはほぼ同時だった。

 舞い上がる白いテーブルクロスと食器たち。

 色とりどりの料理たちが放り出されて、一瞬の滞空の後、シャワーとなって降ってくる。

 立ちすくんでいた私の頭を抱え込んで、クラウディオが退避する。その背にバラバラとデザートのフルーツが降り注いだ。まだ一口も食べていないのに!

 あたりが騒然となる。食器の砕ける音、椅子やテーブルが倒れる音、悲鳴と罵声。

「無事か、イズミ!」

「クラウディオこそ」

 クラウディオが私の肩を掴んで確認する。お互いの怪我を確認すると、なんとか無傷だった。彼のシャツは食べ物でどろどろのぐしゃぐしゃになってしまっていたけれど。

 ホールでは香港アクション映画さながらの大立ち回りが繰り広げられていた。

 テーブルからテーブルを一足飛びで移動するアレッシオ。彼が着地するたびに、そのテーブル付近で悲鳴が上がる。それを一拍遅れで追いかける美女。

 女の左右の手にはいつの間にか、禍々しく光る刃物が握られていた。刀身が丁度女の前腕くらいの長さだ。彼女の手さばきはとても素人とは思えない冴えがある。

 横にないだ右手、切り上げた左手、えぐり込むように右で突いて、左が返す刀で払いかける。その一連の動きを、私は少し遅れて認識する。それで精一杯だ。

 だが、アレッシオは軽業師のような身のこなしでそれを避けている。偏りなく鍛えられた全身の筋肉が服の上から見て取れるようだった。

 彼は実に楽しそうだ。追いかけっこをする子供のよう。

 騒ぎを聞きつけた警備員が駆けつけてきた。野次馬と客をかき分け、防刃衣を身につけた男たちが、二人を言葉で制止する。

 それで止まる二人ではない。

 蓋を支える柱を叩き折って平らにしたグランドピアノの上で、激しくやり合う二人に完全に無視され、警備員のおじさんたちはおろおろしている。

 ふと、ヘーゼルの瞳が私を見て、出入り口を見た。

 私は思わずクラウディオを押し退けて駆けだしていた。

 一瞬早く、アレッシオは殺陣を投げだし、出入り口へ猛ダッシュしている。その後を甲高いヒールの音が追っていく。

 人垣が割れ、道ができた。私もそこにつっこむが、モーゼのようにはいかず、途中でもみくちゃにされた。なんとか這い出てみれば、すっかり二人の影はない。

 だが、通行人が振り返り、驚きの声が響く方向があるのに気づく。そちらへ全力疾走していた。初めて、今日この日にぺたんこ靴を選んだ自分を誉める気になった。


 二人は、人気のない隘路を三度折れた先にある建物にいた。貸しビル一階の空部屋だ。

 遠巻きに、老いた浮浪者が様子を見ていたが、面倒を嫌ってすぐに去っていった。

 硝子のディスプレイは粉々になっている。

「アレッシオ!」

「おっイズミ。そこで見学してろ。俺の華麗な剣捌き見せてやるよ」

 逃げるのは飽いたか、アレッシオが攻勢に転じていた。ただし得物はそこらの植え込みに刺さっている金属性の支柱だ。

 日本の時代劇で侍が切り結ぶように八相に構えたりはしない。突きを繰り出しては刃を返し、反撃に転じている。

 ムカつくことに、腰に手を当てマタドールのように双刃をいなす仕草は様になっていた。

 美女の顔は瞋意の炎に焦がれている。大迫力である。恋人の浮気現場に遭遇したときの女の顔はこんなんじゃないかしら。

 膝に手をついて息をしていると、私に気づいたアレッシオから投げキスが贈られた。……まさか、本気で痴情のもつれなの?

「今夜こそ、貴様を地獄に突き落としてやる!」

 美女が吼えた。

「何万回聞いただろうな、その言葉。いい加減に俺のことは忘れろよ。相手見つけて子供でもこさえて、ハルマゲドンまで静かにしていろ。せっかくの美人だ」

 美女が怒気を乗せた大振りの一閃を放った。さらに下段の死角から切り上げて追い打ちをかける。アレッシオの足が八の字にステップを踏んだ。次の瞬間には女の鳩尾に鉄の支柱が突き立てられていた。

 小鳥の飾りの根本まで凶器を腹に飲み込むと、美女はごぼりと血の固まりを吐き出した。体をくの字にし、双刃を取り落とす。からんからんという軽い音が路地に響いた。

 顔を苦悶に歪めてなお、彼女はアレッシオをねめつけていた。

「よう、レオ。えらい美人になったが、まだ馴染んじゃいないみたいだな、ええ? それとも脚を一本減らしたらふんばりがきかなくなったか」

「あうッ」

 聞きようによっては艶めかしい喘ぎ声を上げ、女が仰け反った。腹をアレッシオの腕が貫通している。アレッシオは舌なめずりして、ゆっくり手指を開閉した。その愉悦の表情。恍惚としている。腕と腹の境が淡く発光していて、彼らが今共有状態にあることが知れた。

 遠くから、パトカーのサイレンが聞こえてきた。人の声や足音も近づいてきている。

 舌打ちして美女の体を投げ捨てると、アレッシオは「Ciao!」と私に片手を上げて壁の奥に消えた。燐光だけを残して。

「ちょっと待ってよ!」

(この始末、どうするのよ!)

 立ち尽くしていると、不意に聞こえた水音が注意を引いた。

 膝をついた美女——レオが何度か吐血を繰り返し、鳩尾を手で押さえて立ち上がっていた。口元を乱雑に拭うが、足下はふらついている。

 彼女は私をきっと睨んだ。

「お前、あいつとはどういう関係だ」

「えっと、別に特には……。同じ街の住人です」

「あの背信者に関わると地の底へ引きずり込まれるぞ」

 言うだけ言って、双刃を拾い上げるとアレッシオと同じように壁に消えていった。

「イズミ、無事かっ?」

 砕けた硝子を踏みしだいて、クラウディオが私の肩をつかんだ。あちこちを探したのか、汗をかいている。

 彼は辺りを見回した。惨状が広がっている。

 集まってきた野次馬たちが私たちを珍しそうに眺めている。

 パトカーが到着して、宵の口の乱闘事件は一応の終幕を迎えた。



「ホテルで偶然部屋が隣になって」

「レストランでも偶然顔を合わせたので同席し」

「偶然、女性が彼に切りかかるところに居合わせました」

「名前? アレックスと名乗っていましたけれど。宿泊名簿と違っている? 偽名でチェックインしているなんて、妙な人ですね」

「何故後を追ったかですか。偶然居合わせたとは言っても、相席した人ですもの心配になって」

「ええ、駆けつけたときには二人とも既にいませんでした」

 三十回以上同じ言葉を繰り返しただろう。

 ぐったりバスタブに浸かって深々と息をつく。薔薇の香りのシャボンがふわふわ動いた。

 時刻は深夜一時過ぎ。一時間前に警察から解放され、ようやく部屋に戻ってきたのだ。

 ちなみにレストランは封鎖されていた。件の二人はまだ捕まっていないらしい。

(捕まってしまえ、いっそのこと)

 程良く体が解れたところでローブをはおり、バスルームを出る。髪を乾かしたら、すぐにでも寝たい。

 化粧水を取り出すためにバッグを手に取り、硬直した。

「ななななななんでここにいるの! オートロックよ!」

「うーん、やっぱりエポワスは臭いな。でもこれがいい。神様の足を舐めているようだ」

 ソファを独占してグラス片手にくつろいでいるのは、アレッシオだった。どこから調達したのか、ワインとチーズで一人盛り上がっている。

 そうだ、こいつに壁なんて意味ないんだった。共有を駆使すればオートロックもセキュリティカメラもおもちゃ同然。

「さすがに今日は疲れたわ。シャワー借りるぞ」

「嫌よ! あなたのせいでこっちがどれだけ大変だったかわかっているの?」

「まあまあ。人助けだと思って。俺の部屋は警察に張り込まれて戻れないし、いいだろ」

 アレッシオは立ち上がり汚れたシャツを脱ぎ捨てた。私の不満なんてお構いなしだ。

 彼のしなやかな筋肉を纏った肢体が露わになる。彼の手がベルトに掛かったところで、私はバスルームを指さして、

「……脱ぐなら中でして!」

 怒鳴った。


 休眠を訴える目蓋を懸命に持ち上げて、眼前の金髪男を睨んだ。アレッシオはシャワーを浴びて満足したようで、今はソファに寝そべって爪を切っている。

「それで」

「それで?」

「説明もしないつもり? あの女の人はいったい何なの、いきなり刃物振り回すなんて。正気の沙汰じゃないわ」

「ああ、あいつ。俺のストーカー。もう九百年も俺のケツを追い回している」

 私は冷たい視線を彼に送った。アレッシオが非難の声を上げる。

「おい嘘じゃないぞ!」

「だってあんな美女がストーカーって。あなた彼女に何したの?」

「彼女? ……ああそういうこと。あいつ男だぜ」

「……元男性? 心が女性だったの?」

「大事なイチモツは無くしちまったようだが男だ。精神はな。あいつは今までああして、何度も他人の体を乗っ取って俺に食らいついてきた。前に散々痛めつけてやったから、器を取り替えたんだろ。総とっかえだと感覚が馴染むのに時間が掛かるからな。今日のぬるい攻め手はそのせいだろ」

「そんなこと出来るの」

 片方の口の端をあげて、アレッシオが肯じた。

 わけがわからなくなってきていた。

「ちょっと待って。頭痛いわ。どういうこと? あの人が狭間の者だってことはわかる。でも、器を取り替えるって?」

「別の人間と同化するんだよ。肉体は自分のを捨てて、相手のを採用し、逆に自我は手放さない。つまり、相手の意識を食っちまうってことだ。狭間の者が対の者にしようとすることを、対象を代えてやるだけだ」

「それって、その人の精神を殺すってことじゃない」

「まさにその通り」

「……信じられない。殺人と同じじゃない。そうまでしてあなたを追う理由って」

「使命感」

「理解できないわ。あなたが今までで会った十三人の同士のうちの生き残りの一人が彼?」

「あいつは神に誓って俺を取り逃すことは出来ないんだよ。そのために何回も器を換えて追いすがる。数少ない同士を消しちまうのも忍びないから、適当に相手してやんだよ」

 狭間の者は肉体的ダメージに強い。部位を失ったり、即死するような怪我でもなければ、いずれは回復していく。もちろん、回復力は普通の人間並みだ。

 だが行動不能になったり致命傷を負うことだってある。そのとき、他者と同化するのだ。動かない自分の体は脱ぎ捨てて。

 アレッシオはそう語った。

 背筋が寒くなった。簡単に、服のように脱ぎ捨てられるのか。自分の体を。同化する相手の心を食らいつくすのはどういう気分なんだろう。

 狭間の者はそういう存在なのか。自分と他者との境目が、そしてそれに対する執着が希薄になっていく。精神的にも境界が曖昧になってしまうもの? そうでなければ、そんなことできはしない。

 それだけじゃない。美女の瞳にあった赤い輪。

 器を換えても印は残るのだろう。永遠について回る呪いの刻印。どうしたらこの印を消せるのだろう。残酷な『狭間の者』という運命から。

「さて、明日はゆっくりローマ観光と行くか。ソファ借りるぞ」

 アレッシオはブランケットを被って頭の後ろで手を組んだ。

「……どした?」

 反応がないのが心配になったか。彼は腹筋の力だけで上半身を起こし、テーブルを挟んで座っている私の顔をのぞき込んできた。

 私の目の前にヘーゼルの瞳があり、中性的な美しい顔があった。

(この顔も別の誰かのものだったの?)

 肯定されるのが怖い。

 首を傾げるアレッシオから目を逸らして、私はベッドにもぐりこんだ。

 腹の立つことに、私が息を殺している間に、ソファのほうから豪快ないびきが聞こえてきた。うるさくて、眠れやしない。

 しかたなく開いたチャンの本は、ちょうど佳境で、これから主人公がオルレアンの乙女の処刑の場に向かうところだった。

 チャンならではの静かなモノローグが哀愁を誘う。

 戦に駆り立てられた、神の声を聞く聖なる乙女を軸に成り立っているお話で、主人公は政治を行う立場にある慎重な男だ。

 乙女の犠牲を政治の駆け引きに利用しなければならない自分を嘆き、そうしていながら十分すぎるほど己の役割を理解している男の話。

 常なら涙を流し、夢中になってつづられた文字を目で追うだろうに、今晩に限ってはそうならなかった。

 指でページをぱらぱらとめくっては、物思いに沈み——そうしているうちにいつの間にか、眠り込んでしまった。

 


 翌朝、起きると既にアレッシオの姿はなかった。なにか一言くらい残せばいいのに。

 憮然としたまま、身支度を整えると、隣のクラウディオの部屋を訪れた。私の部屋を挟んで反対の部屋の前には、警官の姿があった。アレッシオを張っているんだろう。

 ノックしてしばらく待ったが、クラウディオは寝ているようで返事がない。彼は低血圧なので、朝に弱い。せっかくの休日なのだし、ゆっくり眠ったほうがいいだろう。

(散歩でもしよう……)

 仕方なく、空きっ腹を抱えて私はホテルを後にした。


 よく晴れて、散歩にはもってこいの天気だった。昨日の騒ぎのせいで警官がうろうろしているのが、視界の端っこにちらちらするけど、気がつかないふりをしてその横を通り過ぎる。

 スペイン広場に出ると、朝だからか、まだほとんどのお店が閉まっていた。

 ちょっと古い外装のショーウィンドウの前を通過して、公園を目指す。

 たどり着いた広場には、私と同じように散歩を楽しむ老人や、ジョギングをしている人、ベンチで眠っている人など思っていたよりにぎわっていた。

 緑鮮やかな木立の下を歩けば、ゆったりとした時間に心が洗われる。

 小さい頃は、よくこんな道を父と歩いたっけ。

 懐かしさと同時に、ちくりと胸を刺すものがある。

 空を仰ぐと、夏の太陽が燦々と光を降り注いでいる。

 私は、同じローマの空の下に、つい数ヶ月前まで住んでいた。それがとても遠い昔のことのように思えるのはどうしてだろう。

「あなた、イズミさんじゃない? イズミ・シライシさん」

 ふいに背にかかったのは、やわらかい女声だった。

 振り返ると女性が立っていた。老齢にさしかかり、短い髪はすっかり白くなっているけれど、声や姿勢はしゃんとしている。眼鏡をかけて、手提げ袋を持っている。どこか近場へ行く途中のようだ。

 女性は目を細くして、私を頭のてっぺんからつま先まで見やる。そして確信したように、大きくうなずくと、私の肩を抱いた。

「ああ、なんて偶然かしら。イズミさん、あたしを覚えていらっしゃる?」

「いえ、あの……」

 口ごもると、彼女は眼鏡をはずして、

「ほら、覚えてないかしら。お父さんと同じ職場にいたアリッサよ」

 右の目元に大きな泣きぼくろがあった。

 涼しげなアイスブルーの瞳。

 その二つが、私の脳内に懐かしい記憶を呼び起こした。

「もしかして、シフォンケーキのおばさまっ?」

「そうよう! ああ、なんて偶然かしら! きれいになって、見違えたわ」

 懐かしそうに目元を拭う彼女を見て、私も口元がほころんでいた。

 彼女は父の職場で事務員をしていた女性で、時折うちにシフォンケーキを持ってきてくれていた。だから、シフォンケーキのおばさま。彼女の紅茶のシフォンケーキは絶品だ。

「あなた、今どうしているの? 一人で暮らしているの?」

 心配げな声音に、遠慮の色が混じっているのは、あの事件があったからだろう。私に気を使ってくれている。

「今は母の知人のところにいます。日本に帰っても、親戚もいないし……」

「学校は? まだマラソンは続けているの?」

 当然の質問に、私は笑顔でうなずいた。学校に行ってないだなんて言えない。ましてや夜中に働いているなんて。安定した生活に背中を向けて、全力疾走している。

「こんなことを言うのはなんだけれど……、お父様もお母様も無念でしょうね。こんなお嬢さんを一人にしなきゃいけないなんて。一日も早く、犯人が捕まることを祈っているわ」

「ありがとうございます」

 手を振る彼女に、手を振り返して、その姿が見えなくなるのを待った。

 そして一人になると、とたんになんとも言い難い喪失感におそわれた。

 彼女に会って、幸せだったころの自分を思いだした。なんの不安もなく、自分の未来はきっと拓けていると思っていたころ。それが当たり前だったころ。

 今は、先の見通しもなく、両親を殺した犯人を捕まえられることもないとわかっている。

 そしてそれが特別不幸だとも思わない。

 あきらめ癖がついたのだろうか。自分の幸せのハードルが低くなっているのだろうか。

 物思いにふけっていると、ポケットで携帯電話が鳴った。クラウディオだった。

 通話ボタンを押しながら、私は緩く首を振った。

 きっと、新しい生活が始まったからだ。新しい道を歩む私に、手をさしのべてくれる人がいるから。

 だから私は前を見ることもできる。

(アレッシオなんかは満面の笑みで背中を蹴飛ばしてくれる感じだけど)

「もしもし、クラウディオ? おはよう」

 朝の澄んだ風が、ざっと木立を揺らした。


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