RPG編
権威を象徴する荘厳な城内の一室。
荒く力の入った呼吸を定期的に繰り返す。
「失礼します!王がお呼びです!今すぐ謁見の間に参られよとの事です!」
聞き逃す事の無い声量でハキハキと喋る兵の伝令を受け、この城の王子は、「OK。すぐに向かうよ」と答え、両手に握っていた高重量のダンベルを足元に下ろした。
王子はまず浴場に向かって、シャワーで軽く汗を流した後、体を拭いてから黒色のブーメランパンツだけ着用してすぐ謁見の間へと向かった。
「ただいま参りました。父上」
「うむ、くるしゅうない。面を上げよ、我が息子よ」
言葉に従い顔を上げる王子。
「驚かないで聞いてほしい。突然の事で心の準備もできていないだろうが、これはお前にしか頼めぬ事なのだ」
「私でお力添えになれる事であればなんなりと」
「うむ、今日から旅に出るのだ。世界を巡り、力と知恵を身に付け、魔王を倒す旅にでるのだ」
「は……旅…ですか…?」
王子は困惑した。前置きがあったとはいえ、それはあまりに唐突な申し出だった。
「お告げがあったのだ。大神官はお前に神の加護が宿っていると言っていた。お前が唯一、魔王に対抗する事のできる人間なのだ」
「か、神の加護!?私が…ですか…?」
「儂に神の声を聴く事はできぬ。目に見えぬ者を信じて危険な旅に我が子を放り出すのは本望では無い。だが、民を守るのは上に立つ者の義務だ。何も言わず、人々の為に立ち上がってはくれぬか」
驚きこそあったが迷いはなかった。自分が魔王に対抗する唯一の手段と聞かされては、いつまでも城内のトレーニングルームに籠っていて良い筈が無い。それに、ウェイトトレーニングだけでは完璧な筋肉は身に付かない。実用性と美しさを両立させたければ有酸素運動や実戦も取り入れるべきだ。趣味に励んで、ついでに人も救えるのがなんと素晴らしい事か。
「分かりました!全て私にお任せください!」
「おお!お前ならそう言ってくれると思っていた!頼りにしているぞ!これは少ないが餞別だ」
「What!?木の棒と50ゴールドゥ!?たったこれだけデスかー!?」
「お前のプロテイン代でこの城の財政は破綻寸前だ。これ以上の物は出せぬ。分かったらさっさと出発しろ。酒場で仲間を見つけるのも忘れるなよ」
「はぁ…わかりました…それでは行ってきます」
王子は落胆した。50ゴールドではプロテインを買えない。木の棒もチャンバラごっこぐらいしか使い道はないだろう。これで旅に出ろと言うのだから酷い王もいたものだ。
王子は重い足取りで城から出て、酒場の前まで歩いたところで木製のウェスタンドアを開く。
酒場の中を見渡すと、昼間とは言え、店主を除いて店内には3人の人間しかいなかった。
「へいニイちゃん!いい筋肉してんじゃねぇか!どうやって鍛えたんだい!?食事は?トレーニング内容は?趣味は?好きなタイプは?ねっとりと俺に教えてくれねぇかなぁ〜」
さっそく絡んできたのはラグビーのユニフォームと器具を身に付けた男だ。
黒光りするゴリマッチョの王子に劣らぬ体格のラガーマン姿の大男は、自らを武道家と名乗った。
「合理的に考えて旅の仲間を探すのは酒場かと考えていたがどうやら正解だったようだ。合理的に考えて君の筋肉は並大抵のものではないと考えられる。合理的に考えて君と僕は手を組むべきだと僕は考える」
インテリぶった理屈っぽい発言の節々に頭の悪さとボキャブラリの少なさが滲み出ている細身のメガネ男は自らを魔法使いと名乗った。無駄にそれなりに端正な顔と無駄に綺麗に着込んだ純白のスーツになんとなく腹が立つ。
「は、はじめまして!王子の、いえ、勇者様の旅を助けるよう大神官様の命を受けて来た僧侶です!精一杯頑張りますのでよろしくお願いします!」
僧侶を一言で表すなら美人だ。もう一言付け足すならただの美人どころかめちゃくちゃレベルの高い美人だ。サラサラと流れる艶やかな紺碧の髪。色香と可愛らしさの両立した顔。体は出るとこは出て締まるところは締まっている。文句の付けようが無い美人だが、王子が興味を持つ事は無かった。王子の中では筋肉が最優先事項だ。女にうつつを抜かす暇があるなら自分の筋肉を鏡で確かめたい王子であった。
「ってちょっと待て。勇者ってなんだ?人違いだ。私は王子だぞ」
僧侶の言葉に間違いを発見した王子がそれを指摘する。
「いえ、間違いではありません。人は古来より魔王に挑む者の事を勇者と表現します。これは言霊や本人の覚悟を新たにする為の精神的な意味合いがありますが、勇者本人の身分を隠す為の現実的な意味合いもあるのです」
「本人の身分を隠す?それはなぜだ?」
「例えばの話ですけど、勇者の本職が盗賊や遊び人なんかじゃ格好がつきませんよね?本職が王子だとしても、街中で王子と呼んで、素性がタチの悪い輩に知れると金銭を要求する為の人質や頭のキレる権力者に政治的な道具として見られる事もあります。避けれるトラブルを少しでも避けれるよう、勇者は本来の身分に関わらず勇者と呼ばれるようになるのです。ですので、王子はこれから、自分の事を勇者と名乗ってください」
「む、よく分からんが勇者と名乗ればいいんだな」
「よ、よく分からん!?…あの…もう一度はじめから説明しましょうか?」
「いいえ、結構です」
「おういつまでくっちゃべってんだ!さっさと魔王の野郎をぶっ殺しにいこうぜ!」
話し込む勇者と僧侶の2人に武道家が声を掛ける。
「ぶっ殺!?ぶ、武道家さん!もうちょっと綺麗な言葉を使うように心掛けてですねぇ…」
「ああ〜!?グダグダうっせぇよ!てゆーかお前さっきから話しがなげぇよ!ったくこれだから女ってのは」
僧侶が横暴な態度の武道家に説教を始めようとしたところで、それを遮るように魔法使いが勇者に話しかける。
「合理的に考えてそろそろ出発した方がいい。時間は有限なんだ」
「魔法使いの言う通りだ。行くぞみんな!」
勇者が腕を勢いよく突き上げ、出発の号令をかける。
「ってちょっと待って!?なんか自然に旅立つ流れになってるけどこの4人で出発するんですか!?」
「うるせぇよ!!さっさと行くぞおらぁ!!」
明らかに嫌がる様子の僧侶に構わず武道家が怒鳴り声を上げる。
「待つんだ勇者。合理的に考えてまずは旅の品を買い揃えるべきだ。あそこの道具屋に寄って行こう」
魔法使いに連れられ、一行は道具屋まで足を運ぶ。
「まずは食料だな。プロテインを買えるだけ買い込もう。誰か金を持ってないか」
「えっ」
呆気にとられた一行が間の抜けた声を上げる。
「勇者てめぇ頭の中まで筋肉か!?一緒に旅する仲間の面倒を見んのも勇者の仕事だろうが!」
相変わらず品の無い言葉で武道家が叫ぶ。
「な、なに!?そうなのか!?」
「ド◯◯エじゃあ常識だぞ!自分の分も仲間の分もぜーんぶ勇者が払うんだよ!とりあえず酒とピザとチューインガムだ!王子なら金持ってんだろ!買えるだけ買い込もうぜ!」
「いや、金はこれだけしか…」
勇者は手のひらに置いた50ゴールドを3人に見せる。
「えぇ!?なんでこんだけしかないんですか?」
「私のプロテイン代で城の財政は破綻寸前だからだ」
「プロテイン代て…なんでプロテイン代だけで城が財政難になるんですか」
「父上がこれだけしか無いと言ったのだ!私はこれ以上は持ってないぞ!」
「合理的に考えて手持ちの不要な品を売るのが手っ取り早いですね。みんな、何か売れそうな物はないか?」
魔法使いの提案により、勇者は木の棒を、僧侶はハンカチを、魔法使いはコンタクトを店の机に置いて、武道家は噛みかけのガムを机の上に吐き出す。
「ぜんぶで2000ゴールドだ」
武道家を睨みつけながら店のオヤジが話す。
「なに!?合理的に考えて必要の無い物ばかりかと思いきや以外と高値で売れたな!オヤジ!内約を教えてくれ!」
「木の棒が1ゴールド。コンタクトが9ゴールド。ガムはマイナス10ゴールド。ハンカチが2000ゴールドだ」
「あぁ!?なんでガムがマイナス10ゴールドなんだぁ!?やんのかおらぁ!あとなんでハンカチが2000ゴールドなんだ!?男女差別かおらぁ!」
「勇者。武道家を黙らせてくれ」
勇者が武道家にヘッドロックを掛ける。
「まぁハンカチが高額な理由はシンプルだ。そっちの姉ちゃんが俺の好みだからだ」
「は?」店主の言葉に僧侶が訝しげな相槌を返す。
「いやぁ姉ちゃんめちゃくちゃ美人だなぁ!!あんたみたいな美人が身につけた物ならなんでも高額で買い取るぜぇ!!下着なら10000ゴールドだそう!!どうだ!?売るきはねぇか!」
なんと欲に塗れた提案であろうか。仮にも客商売を生業とする人間の態度では無い。この店主は変態だ。まごう事なき変態だったのだ!
「なっ!なぁっ!?ふざ、ふざけないでください!!最低です!!皆さん!!こんな店早く出ましょう!!」
声を荒げて外に出るよう促す僧侶だが
「布切れ一枚で10000ゴールドか。合理的に考えてかなりの儲けだな」
「ちょっ!?魔法使いさん!?」
「10000ゴールドあればプロテインが100個は買えるな」
「勇者様までなに言ってんですか!!」
「いやいや僧侶。合理的に考えてみろ。旅にはどうしても金が掛かる。ましてやただの観光旅行じゃない。魔王を倒す為の旅だ。嫌な事があっても少しぐらいは我慢すべきじゃないのか」
「無理無理絶対無理!!絶対に嫌ですからね私は!!」
「ぬぅ、それもそうか。確かにこんな美人の下着を10000ゴールドで手に入れようだなんてのは虫が良すぎたか。よし、まどろっこしい腹の探り合いはナシにしよう!5万だ!5万ゴールドで買い取ろう」
「金額の問題じゃないですよぉ!!」
「5万ゴールド!?5万ゴールドあればプロテインが100、200、300……い、いかん…感極まるあまり興奮して数えきれん…プロテインプロテインプロテインプロテインプロテインプロテインプロテインプロテインプロテインプロテインプロテインプロテインプロテインプロテインプロテインプロテインプロテイン」
「勇者様ぁ!!プロテインなんかより仲間の私を気遣ってくださいよ!!」
「おいこら僧侶ぉ!!てめぇの布切れ一枚と魔王を倒す事のどっちが重要なんだぁ!!てめぇのしょうもねぇプライドで自分を含む全員が飢え死にしてもいいのかぁ!!」
「武道家さんは黙ってください!!」
「売るなら今しかねぇぞぉ!!早く売らねぇと俺は姉ちゃんでオ◯って賢者モードに入るぞぉ!!そうなったらもう纏まった旅の資金を稼ぐチャンスを失うぞぉ!!グダグダグダグダ不満を漏らし続けるような奴に魔王が倒せると思ってんのかぁ!!それでも世界を救う気あんのか!!あ〜!?」
「こっの…クソエロ店主…」
「ほら店主もああ言ってるぞ!!合理的に考えて今の内に売っとくのが世界を救う為に選択できる現状での一番の近道だ!!早く売れ僧侶!!感情論は捨てるんだ!!合理的に物事を考えるんだ!!」
「僧侶ぉ!!」「姉ちゃん!!」「僧侶!!」「プロテイン!!」「僧侶ぉ!!」「姉ちゃん!!」「僧侶!!」「プロテイン!!」「僧侶ぉ!!」「姉ちゃん!!」「僧侶!!」「プロテイン!!」「僧侶ぉ!!」「姉ちゃん!!」「僧侶!!」「プロテイン!!」「僧侶ぉ!!」「姉ちゃん!!」「僧侶!!」「プロテイン!!」
「ああもう分かったわよ!!売ればいいんでしょチクショオオオオオォォォォォォォォ!!!」
かくして勇者一行は旅の資金を調達した。
幼い頃より厳しい修行を積んで心身を鍛えた僧侶は旅に出てものの数十分で『もう帰りたい』と思った。