第1話[うだつがあがらない]
「だから、オメェは何回言ったら分かるんだよ!!」
昼過ぎのオフィスに課長の怒声が響き渡る。こうやって怒られるのは、今月これで五回目だ。怒られている───千鶴カイ(チヅ カイ)は何度も謝り、頭を下げる。
「謝るのは、誰だって出来るんだよ!!これから、どうするのかを聞いてんだ!!」
どうするも何も今回は、とばっちりで怒られているだけなんだよなぁ…と思いつつも適当に言い訳を繕い、反省点を挙げる。
「そう思ってるんなら、結果だせや。役立たずのオメーに同じミスで次は、無いからな?」
約一時間半に渡る説教が終わり、自分のデスクへ戻る。
誰にも見つからないよう静かに溜め息をついてから、やりかけの仕事を仕上げていく。
後、少しで終われるか。丁度定時には、帰れるかという所で背後から声をかけられた。
「千鶴さーん。私、ここが分からなくて…」
振り向くと、書類を手にした後輩の女子社員が困り顔で立っている。
「え?…あぁ。どの辺りが分からないんですか?」
カイは書類を受け取り、見回していく。
「えっと、この三枚目です。Bの辺りの表計算が…」
「そうなんだ。俺、もう少しで手が空くから。その後、一緒にやってみましょうか?」
カイは顔を見上げ分からないのならば、彼女に教えてあげようと親切心から提案する。しかし、女子社員は申し訳なさそうに、こう答えた。
「実は今日…その、予定が入っていて。定時で上がらないといけないんです」
「そうなんですか。じゃあ、明日の朝一で教えますよ」
予定が入っているなら仕方ないし、自分も今日は定時であがれそうなのだから明日で良いだろうと考えるが。
「いや、その…今日中に提出しなければいけなくて…後はそこだけなんですけど」
そう言って彼女は俯いてしまう。
遠回しに、千鶴さんがやってくださいと言っているような気がするが、カイは予定が入っているなら仕方ないと快く引き受けた。
快く引き受けた仕事であったが女子社員の作成した書類は計算間違いや誤字が多く、それを直すだけでも時間をかなり要した。そのため、中々仕事が終らず気がつけば定時から二時間ほどの時間が経過していた。
何とか、きりをつけ小休憩のためコーヒーを淹れようとカイは給湯室へ向かう。
ポットの水が沸騰するのを待っていると、他のフロアに勤務する男性社員が入って話しかけてきた。彼はカイと同期だが、要領と愛想も良く同期組の中では一番最初に出世し今も出世街道を順調に進んでいる。
「チヅじゃん。お疲れー。今日も残業?」
「あぁ。後輩の仕事をやってたんだ。チェックも含めてやってたら、遅くなっちゃったよ」
言ってカイは、沸騰した湯をコップに注ぐ。
「お前、まーた誰かに良いように使われてんの?嫌なら嫌って言えば良いじゃん」
「分かってはいるんだけど、彼女は今日用事があるみたいで。しかも、今日中に提出しないと駄目なんだってさ」
それを聞いて男性社員は、溜め息をついた。
「全然、分かってねぇよ。お前、この間も同じことで天辺近くまで残ったじゃねぇか」
男性社員は、呆れながらも放っておけないという表情でカイを諭す。
「大丈夫だって。もう終るから、その前にコーヒーを一杯。二杯分お湯あるし、飲むなら注ぐよ?」
そう言ってカイは、これ以上説教されないよう話題を反らした。
「…まったく。しんどかったら言えよ?俺も手伝うし、なんなら部署異動だって上に言ってやるから。…あ、お前さ。『白い部屋』って都市伝説、知ってるか?」
唐突に振られる話題に首を傾げるカイ。詳しい内容は知らないが、『白い部屋』という単語は他の社員が話しているのを聞いたことがあった。
「自分の家のポストや郵便受けに、宛名の書かれた白い封筒が届くんだと。中には白い鍵が入っててさ、その鍵で自分の家を開けると別の白い部屋に繋がるんだ。んで、部屋の中にいる美女がお帰りなさい、って言うんだけど。そこで部屋に入ってしまったら閉じ込められて、二度と現実に帰ってこれないらしい。今、流行ってる都市伝説なんだけどよ。」
「知らなかったよ。でも、鍵を使わなければいい気がするけど?」
当然の疑問をカイはぶつける。
「鍵を使わないと、電話が掛かってくるらしいぜ?私の鍵を返して…返さないなら、7日以内に取りに行く…って。んで、7日経過したら、部屋にいるって言った美女が殺しにくるんだと」
おどろおどろしく男性社員は語るもカイは、はぁと息を吐くだけだった。
「まぁ、お前も気を付けろよ?こういう恐い話をした夜に、大体そういう目に遭うんだよ」
「まぁ、お約束だよね。」