透明人間とシュークリーム
1、透明人間とシュークリーム
2013年12月18日 PM 12:00
「お前は『何』だ?」
と訊かれたことがある。そのとき自分が返した答えに僕はまだ、満足できていない。
「チラシを貼ってきます」
満足できていない。
「はあい、いってらっしゃい。そのまま大学行く?」
「はい」
「買ってきて、牛乳」
「アップルパイも」
「了解しました」
自転車に乗るつもりだったけれど、風が強くて寒そうだからやめよう。約束の時間まではまだだいぶある。今日は、歩いて行こう。
問、あなたの人生の転機になった出来事を教えてください。
2012年10月、僕は日田ライフサポートオフィスに入社しました。
大学三年生、就職氷河期だとよく聞いていて慌てて就職活動を始めました。
「よし、採用。まずはバイトで。明日からもう来てもらえるかな」
しかしながら僕の就活はこのようにあっさり終わりました。玄関のブザーを鳴らして、扉を開けてくれたジャスミンさんに案内され、所長さんと向かい合ってものの十秒くらいです。履歴書も出す前でした。そして次の日は早速、初出勤でした。
「改めまして、今日からよろしく。所長の日田でぇす。いぇーい」
「よろしくおねがいします」
「こちらが事務担当の看板セクシーガール、ジャスミンちゃんでぇす」
「イぇーい」
「たぶんアジア系だけど確かな国籍は不明でぇす」
「ヨろしク~」
「よろしくおねがいします」
「そしてこちらが君の教育係、看板息子、ワイルドボーイ、千鳥くんでぇす」
「よろしくおねがいします」
「そんなに見てもシューはやんねえぞ」
「あ、すみません……」
「ごめんね、こんな見た目ヤンキーだけどただの甘党のひねくれ者だから。君をと食べはしないから」
「糖尿ヤンキーとかマジうけルンですケど」
「うっせーよ!糖尿じゃねーよ!」
髭を生やして眼鏡をかけて笑みを絶やさない中年の男性。不思議な雰囲気の陽気な外国人女性。大量のシュークリームを独り占めしている金髪で耳がピアスだらけで目つきの悪いの若い男性。みなさん、僕がそれまで出会ったことのないタイプの方々でした。
「以上、三名でお送りしておりました日田ライフサポートオフィス、今日から四人です。よろしくどうぞー」
「よろしくおねがいします」
「玄関、鳴ってっぞ」
「えっと……」
「うちはこっちが出迎えないとお客が入ってこられないんだ。扉、開けてあげて」
「初仕事ヨ、新人」
僕は促されるままドアノブを回して扉を押しました。
「すみません。頭をまたなくしてしまったので、探すのを手伝っていただけますか」
と書かれたスケッチブックを手に抱えている、首から上の無い人がいました。僕はそこで初めて、日田ライフサポートオフィスは幽霊など実体の無い『そういう』人々の生活トラブルを解決する業者であるということを知ったのでした。
「幽霊とは何だ?」
「死んだけど成仏できなかった人の魂、でしょうか」
「なんで成仏できなかったんだ」
「なんででしょうか……」
「訊くなよ、考えろ自分で」
「う~ん……」
「未練、よ!ミケちゃん」
「あ、てめ、言うなよババア」
「ババアとはなんだクソガキ」
「未練、ですか?」
「このババアの未練はなんだと思う」
「つぎババアつったら引っ掻くかんね、クソガキめ」
「甘木さんの未練……」
「見たまんまだぞ」
「ヒントは猫よ、ミケちゃん」
「だから言うなっつってんだろ、ババア!」
「にゃー!!!」
「あ、この、クソ猫ども!やめろ!」
「あ……猫さんたちがいること、ですか?」
「正解よー、ミケちゃーん!」
「猫止めろババア!」
「あんたたち止めなくていいよ!」
オフィスで働くようになってから数日、僕は千鳥さんの仕事についてまわって基本のお仕事をいろいろ教えてもらいました。主にオフィスの広告チラシづくりや英彦くんや甘木さんのような常連さんのケアなどなど。
英彦くんというのは入社初日の例の首無しの彼のお名前です。彼は首を切断されて亡くなったそうで(詳しい事情はわかりませんが)頭と首の結合が緩いらしく、よく頭をなくして捜索をオフィスに依頼にやって来ます。頭がある時の彼はさわやかな笑顔が素敵な好青年です。
甘木さんは年配女性の幽霊さんで、生前から飼っておられる数十匹の猫が死なないと成仏できないそうです。猫さん全員が暮らす大きなお屋敷のお掃除や、いつもお屋敷にこもりきりの猫さんたちを街から少し離れた公園などにお散歩に連れていくなどの依頼を受けます。
基本的に依頼の頻度が高い常連さんはこの二人で「仕事自体も難しくないし新人教育にちょうどいいじゃん」と所長さんが言ったのもあって、入社当時は二人についてのお仕事をばかり千鳥さんとやっていたような気がします。
「幽霊だって成仏したい。輪廻に身を任せたい。しかし上手くいかないのもまた現世。だから一人の力では成仏できない、成仏しづらい幽霊のみなさんの成仏をなるべく穏やかにサポートするのが、我ら日田ライフサポートオフィスの務めなのです、はい、リピートアフターミー」
「幽霊とはなにかずばりかれらは」
「声が小さーい」
「後輩いじめてんじゃないよ!」
「いじめじゃねぇ!指導だ!もう猫攻撃やめろ!猫で窒息する!」
「千鳥さんは猫さんたちに人気なんですね」
「どこが!」
「甘木さんそうやって猫さんたちにいっぱいくっつかれているので」
「殺されかけてんだよ!見てねーで助けろ新人!」
「あ、はい、すみません」
「ほっときなさいミケちゃん」
「おい、さっきからそのミケちゃんってなんだよ」
「あだ名よ~かわいいでしょ。新人くん三毛猫っぽいから」
「三毛猫ってメスしかいねぇんじゃねぇの。こいつオスじゃん」
「オスの三毛猫もたまーにいるのよ。『珍しい』って意味でもぴったりでしょ。ミケちゃん『珍しい』子だもの」
「珍しい、ねえ……」
「僕って『珍しい』んですか?」
「さあな」
「にゃあ」
「にゃーおん」
「そろそろ帰るぞ、新人」
「あら、はやいね」
「猫どもが帰れって言うんだよ」
「いつもありがとうね、ミケちゃん」
「おい、ババア」
「千鳥ちゃんのばーか」
「とっととくたばれー」
「またおねがいね」
「おう」
「ミケちゃんまたね」
「はい、また」
「あ、これ、持っていきな」
一日中猫さんと遊んで甘木さんのお宅から帰るときはいつも、すっかり日が暮れています。
「なんだその箱」
「甘木さんからもらいました……幽霊のひとでも買い物できるんですか?」
「供えもんだろ。あのババアにもお供えしてくれるような知り合いいんだな」
「どうぞ」
「食わねーの」
「はい」
「返せつっても返さねーからな俺は」
「はい、どうぞ」
「どーも……なあ、お前さ」
「はい」
「甘木のババアとか英彦のことどう思う?」
「えっと……いいひとたちです」
「所長とジャスミンと俺は?」
「みなさんいいひとたちです」
「家族は、大学のダチは?」
「やさしいです」
「てめーは悪に触ったことがねぇんだな」
「え?」
「パン屋寄ってくぞ」
千鳥さんは甘木さんにもらったシュークリームを食べながら、僕はその千鳥さんを見ながらオフィスに向かって歩きました。途中で寄ったパン屋さんで千鳥さんはまたシュークリームを買って、
「そんなに見てもやんねーぞ」
僕はまた食べませんでした。
「ごめんください」
それからしばらく経った頃です。声と共に壮年のご婦人がお一人で、オフィスにいらっしゃいました。
「千鳥くん」
「ああ」
僕と一緒に手描きチラシを作っていた千鳥さんは、作業をやめてご婦人を奥の応接間に案内しました。ご婦人はソファーにお掛けになって、千鳥さんもその向かいに座りました。僕はジャスミンさんとお茶の用意をしました。
「なくしたものを探しております」
「なくされたのはいつ頃ですか」
「ずっと昔です。それがある場所の見当はついております」
「お一人では手の届かないものですか」
「ええ。わたくし泳げないものですから」
「わかりました。少し準備をさせてください。一週間後にまた来ていただけますか」
「早い方がいいのですが」
「申し訳ありません。準備に時間がかかりますので」
「さようですか。それではまた」
お茶を出す前にご婦人は帰ってしまいました。
「あれどこだ、あれ」
千鳥さんは何か白い粉末の入った小瓶を応接間の横の物置から持ってきました。
「新人よ、これを使って部屋を掃除したまえ。部屋がうんと綺麗になる魔法の粉」
使い方がわからなかったのでなんとなく粉を床にまいて、箒でごみと一緒に掃きとりました。
「応接間も全部な。ソファーもふりかけてから拭け」
「はい」
「僕のとこはいいよ!」
所長の机まわりも掃除しようとしたらなぜか断られました。
「うーん、どうしたもんかね」
「どうもこうもねえだろ」
「ソウネ」
「そうだね」
「行ってくる」
「千鳥くんじゃだめでしょ。新人くん」
「はい」
「ちょっとおつかいに行って来てほしいんだけど」
「おい、待て」
「千鳥くんは別の仕事があるから、一人でもいい?」
「おい」
「あるでしょ?仕事」
「……そういうことかよ、くそじじい」
「ハーイ!コレポストにポンしてきテ!」
ジャスミンさんから小さな封筒を受け取りました。
「了解しました」
「お前はなんにもわかってない」
「え?」
「いってこい」
「はい」
「おい」
「はい」
「なんかあったら、迷わず呼べよ」
「……はい」
「いってらっしゃ~い」
僕はオフィスを出て近所ではどこにポストがあったかを思い起こし、駅の前にあるポストにむかうことにしました。封筒をなくさないようにズボンのポケットにしまって、そしてビルの前の道に出たときに誰かに腕をとられました。
先ほどのご婦人でした。
「やはり、今から探していただける?」
「えっと、僕ではちょっと」
「あなたなら大丈夫」
「え?」
「あなたじゃなきゃだめ」
ご婦人が微笑み、地面が歪んで、空を仰いだとき、
「あれはずっとずうっと、下にあるから」
「あ」
僕はもう見覚えのない崖から突き落とされて、冷たく黒い水の中でした。
海はうす暗くて黒くて……まあ、海ってそういうものですよね。なんだかザワザワ、くらい底から、おそろしい気配が近づいてきました。
「つれていこう」
「くってしまおう」
「おれがくう」
「いや、くうのはおれだ」
『外にはよくないものが沢山います。特に海や山には近づいてはいけません。お前は生まれつき、海や山に棲む幽霊や精霊などを引き寄せる体質だから。そういうものたちに喰われてしまうかもしれないから』
幼い頃、誰かがそんなことを言っていなかったか。誰に言われたのかはっきり思い出せないまま、僕の身体は海の底に着いて、とうとう死ぬのだ、と思いました。しかし、
「おい、新人」
声がどこからか聞こえました。上の方から聞こえる声。でも僕はそれにどう応えたらいいのかわからず、そのまま死に向かって目をつむってしまいました。
「お前は『何』だ?」
それを僕に訊いたのは千鳥さんでした。僕は目が覚めると、オフィスのソファーに横たえられていて、毛布にくるまれていて、起き上がると千鳥さんと目が合って。
「僕は」
「ああ」
「わか、りません」
「わかれよ」
千鳥さんは怒っていたのかもしれない。
「わかんねーとだめだ。自覚しろ。俺たちはお前がどういうものだかなんとなくわかってる。でも肝心のお前自身がわかってない。この状況は不安定なんだよ」
「それは」
「『外には出るな』」
「え」
「って言われたことがあるんじゃねーのか」
「どうして」
「お前はいろんなものを好かれる。良いのも悪いのもなんでもかんでもだ。英彦とか甘木のババアに懐かれるのはいい。でもさっきのアレとか海のやつらはだめだ。あいつらがなんだかわかるか?」
「いえ」
「『悪霊』ってやつだ。まあ海のやつはちょっとちげえけど。お前を海につき落としたアレが探してるもんはなんだったと思う」
「わかりません」
「んなもん、ねえよ。あいつはお前を海に突き落せたらなんでもよかった」
「どうして、僕を」
「理由なんかない。誰でもよかった。誰かを殺すのに理由なんかない。殺したがる霊を俺たちは『悪霊』と呼ぶ。そんで、そこのクソ所長は悪霊も安らかに成仏させろと言う」
「聞こえてるよー」
「だまれ狸」
「ショチョウ。千鳥のジャマ、邪魔シナイの」
「はーい」
「悪霊は目的達成できれば成仏する。俺は破魔の気が強すぎるから悪霊が目的を達成する前に強制的に消滅させちまう。とかなんとかいろいろあっけどいいんだよそれは。とにかくお前は囮にされたんだ、その心霊ホイホイ体質を利用されて、だ」
「ぼく、は」
「お前はこうやって利用されるんだ。だから、自覚しろ。自分で自分を守れるようになれ、自分を知って、自分を見つめて、自分から目を逸らすな」
「じぶんから?」
「お前は『何』だ、言え。自分の口から、声に出してみろ。忘れたなら思い出せ。それができないなら」
おもいだしてはいけない。
「辞めてしまえ。こんな仕事」
おもいだせない。
「ぼくは、」
おもいだせ、
「ぼくは、とうめいにんげんです」
「お前の母様は、人間以外のものに愛される魂だった。お前とおなじだね」
じいさま、
「あなた」
「ああ、見つかってしまった」
「やめてくださいと何度言ったら」
「いいじゃないかこれくらい」
「いけません。この子は透明でないとならない」
「そのかわりこの子は不安定になって、普通の人の目に映らなくなってしまった」
「そのかわりこの子は守られています。来なさい。さっきの記憶を消します」
ばあさま、
「…すまない。お前は、私たちのことを許さなくていいからね」
謝らないでじいさま、そんなかなしそうな顔をしないでばあさま。
僕には記憶がありません。自分の名前も、誕生日も、年齢も知らない。気づいたら僕は祖父母と一緒に暮らしていました。両親はいませんでした。僕の記憶を消したのは祖母で、祖母は僕の両親についての記憶を特に念入りに消していました。
「あなたを守るのに必要なことです」
僕はその理由を深く追究しませんでした。祖父と祖母と暮らして、外に出て誰かと新しい繋がりを持つことも許されず、見えるのは広い屋敷とその庭だけで生きて、生きて、十数年。
人間の存在感は過去の経験や他の人間とのかかわりの中で生まれるものなのかもしれません。記憶もつながりも無い僕は不安定な存在で、だから僕は見えなくなった。僕が記憶を失う以前に出会った人や、千鳥さんたちのような霊能力などが強く『そういうもの』に敏感な人、幽霊や精霊などの『そういうもの』たち以外には。
「学校に行きたくないか?」
ある日、伯父さんが言ってくれた、それがきっかけでした。伯父さんは家を出て独立しているのですが、たまに僕らが住む屋敷に顔を出しては、僕をかまってくれていました。
「俺がいま教員として勤めている大学なら、いろいろと融通してやれる。母さんも俺の庇護の下なら許してくれるだろう。どうだ?お前は、どうしたい?」
「……行きたいです、学校」
僕はすぐに、自分でも驚くほど速く、選択しました。人生は選択の連続、というようなことを言いますが、僕にとってはこれが人生初の選択でした。
そして、三年後、僕は二度目の選択します。
「いらっしゃい」
「用件はナンダ」
「……すみません、こちらで働かせていただきたいのですが」
「おーそれじゃあ、面接しなきゃね」
誰にも、家族にも相談せず、自分で勝手に選んで決めたことでした。
「やめたく、ないです」
「あ?」
「あーあ」
「チドリがー」
「新人くん、泣ーかしたー」
「うっせこんくらいで泣くなばか!」
「せっかく彼が一生懸命いろいろ話してくれたのにー」
「チドリのいジめっ子ー」
「元はといえばてめーのせいだぞ、狸ジジイ!ちょっと待ってろ!」
僕は自分が泣いていることにも気づいていませんでした。泣くのも人生初めてで自分でうまくコントロールできませんでした。
「ごめんね、君のこと利用しちゃった」
「アンタがイッチバン悪イ」
「反省してます。でもさ、君、いいの?このままここで働き続けたらまた君のこと、利用しちゃうかもよ、俺」
「辞メるナラいまヨ」
「だいじょうぶです、ぼくは、つよくなります」
千鳥さんが言ったとおりに。
「りようしてください」
いや、千鳥さんが言ったのとはちょっと違う。
「りようされても、死なないように、つよくなります。りようされて、それがだれかのためになるのなら、かまいません」
「ばかな子だね」
「バカだワ」
「すみません……」
「おい、ばか」
「あの」
「ばかは糖食え。頭使って賢くなれ」
目の前に置かれたのは千鳥さんがよく食べている大きなシュークリームでした。
「千鳥くんが甘ものをひとに譲るなんて!」
「天変地異ダヨ!」
「空から飴が降るよ!」
「飴と雨!オヤジギャグ寒イ!」
「うっせ!いいから食え!!!」
「ぐふっ!」
「どうだ!美味いか!」
「ひゃい……」
千鳥さんに無理矢理口にシュークリームをつっこまれてむせて、しょっぱい涙とクリームが混ざりました。変な味でした。でもおいしかった。
これが僕の人生の転機、のちに大好物となるシュークリームとの出会いのすべて、です。
「……え、だめですか?」
2013年12月18日 PM 16:50
「うーん、だめじゃないんだけど、おかしいなあ……なんだかアツくていい話でシまりそうだったのに、最後の一文ですべてが……てか、これなに?」
「玄関で配ってたのもらったんです。だれかの研究ですかね?アンケートに協力をって」
「へぇ~これアンケート書き終わったらどうするの?」
「玄関や食堂に回収ボックスがあってそこに出したらミッション完遂らしいです」
「う~ん、まあ君が書いたものは君を見えないものには同じく見えないかもしれないし……ああ!それに関しての良いデータが採れる絶好のチャンスだね……ふむふむ」
「新田原さん?」
僕の書いたアンケート用紙を横から見てうなっていた新田原さんは、腕時計に目を移して、僕の肩を叩いた。
「わ、もうこんな時間だ。あとの作業は僕がやっておくから、行っていいよ。今日もバイトあるんでしょ?学食でご飯食べてから行くよね?」
「あ……はい。すみません、ありがとうございます」
「いいってことよ~じゃあね、また明日!」
「はい」
僕は新田原さんに残りの仕事を任せて、部屋を出た。
「おはよ」
もう夕方だけど、僕たちの挨拶はいつもこう。吉塚はトレーを持って僕の向かいに座る。吉塚は大学で出会った僕のたった一人の友達で、いつも一緒に学食で昼と夕方にご飯を食べる。
「うん、おはよ。何さ、ぼーっとして。働きすぎじゃない?」
トレーの上にはわかめうどん。吉塚はいつもわかめうどん。おいしそう。
「そんなことないよ、」
僕はいつの間にか自分の生姜焼き定食を食べ終わっていて、手に持っていたシュークリームの袋を破る。丸いそれを噛むと、いつも通りあまくてふわふわしていて安心感がいっぱいに広がった。
「そんなに好きなの、それ」
「まあ……たぶん」
「たぶん、てなんだよ。しあわせそうな顔しちゃって。忙しそうだけどさ、良い職場に恵まれてよかったですね?」
いたずらっぽく笑いながら僕の顔を覗きこんでくる吉塚を見ると、僕の方も自然と弛む。本当によかった。よかったよ。僕もすごく、そう思う。
「また今から、バイト行くん?」
うどんの湯気で、吉塚の赤い縁の眼鏡は少し曇ってる。
「うん。あ、牛乳とアップルパイ買って行かなきゃ」
「いつもんとこ?あそこのって美味しい?」
「黒崎ベーカリー?あそこはなんでも美味しいよ。なんでもある。ねえ、唐辛子かけすぎじゃない?汁、真っ赤だよ」
「こんくらいしないと辛くないもん」
「からだにわるいよ」
「なにを根拠に!でも、ありがとう」
ありがとう、かあ。
最近、人から笑ってそう言ってもらえるようになった気がする。今にも雪が降りそうな12月の窓の外は、さむそうだ。10月の海とどっちがさむいだろう。思い出して背骨が震える。残りのシュークリームを全部口に放りこんで、噛みつぶした。
「うん。やっぱり、おいしい」
ごちそうさまでした。




